第28話 陰陽師対決

 清涼殿せいりょうでんの庭にて、二人の陰陽師が対峙している。かつての二大陰陽大家、不動院家の満仲みつなかと、今では没落した東雲しののめ家の遺児、黄呂おうろである。互いに呪力を高め、呪文を唱える。

「——我が名に於いて、の地に召喚せん! 西方より出で、その咆哮を上げよ、白虎!」

無上霊宝むじょうれいほう神道加持しんとうかじあまねく地より我を守護せよ、那智なち天狗!」

 それぞれが式神を召喚し、白虎と那智天狗が対峙した。主の代わりに、虎と天狗の熾烈な戦いが始まった。火を噴く白虎に対し、空中から疾風にて攻撃する那智天狗。

御前おまえは四神ばかりを召喚するな。成程、未だ他の十二神将は使いこなせておらぬと見た」

「ふん。なに、斯様かような低級な争いの場に、十二神将は相応しゅうないだけのことじゃ。御前など、白虎のひと噛みで十分ぞ」

 満仲が手で白虎に指示を出す。迅速に白虎が那智天狗に噛みつこうとするも、さっと避けられ、悔しさから一つの咆哮を上げた。

「疾風迅雷の那智天狗には、白虎の攻撃など止まって見えるぞ?」

 余裕の表情で黄呂が十字を切り、那智天狗に指示を出す。火を噴く攻撃に対し、疾風が白虎を襲う。その風迅は刃となって、白虎の四肢を斬り付けた。

「——白虎の火と天狗の風では、東雲殿の方が優勢にございまするな」

 朱鷺ときの隣から、水影みなかげがこの式神対決を冷静に分析する。

「ふむ……」

 朱鷺もまた、二人の陰陽師対決の行く末を、冷静に見極めんとしていた。

「——まだけるな、白虎」

 まだまだ余裕の表情で、満仲が白虎を鼓舞する。咆哮を上げた金瞳の白虎が、那智天狗の正面から火を噴くも、またもやその攻撃が当たることはない。どこまでも俊敏に空を駆ける那智天狗が、今度はいかづちにて攻撃した。

 落雷が白虎を直撃し、その場に崩れ落ちた。

「っち! 雷をも操るかっ……」

「っふ。勝負ありだのう、葛若くずわか

 冷笑を浮かべる黄呂に、満仲がおもむろに訊ねる。

「……その式神は、あの大天狗を象ったものか?」

「ああ。本物は偽世にせよにおるがな」

「偽世じゃと? なんじゃ、それは」

「ふん。おれに勝つことが出来れば、教えてやろう」

「っち! どこまでも小賢しいのう、東雲はっ……!」

 怒りから、満仲が天地陰陽の構えで、白虎に最大限の力を注ぎこむ。パチッと瞼を開けた白虎の金瞳が青く染まり、天翔あまかける獣として那智天狗の喉に食らいついた。その姿は先程までの神獣ではなく、猛獣としての血が騒いでいるように見える。

「くそっ!」

 致命傷となる前に、黄呂は那智天狗の式神召喚を解いた。ポンっと白煙と共に消えた那智天狗により、この勝負、見事白虎が勝利を収めた。

「——やった! 霊亀れいき様の勝ちですね!」

 麒麟の喜ぶ声が届き、満仲がしたり顔で笑う。

「ふん。口ほどにもないのう、八千代やちよ

御前おまえが四神を使役する理由はれか、葛若! 神獣を野獣化させるなど、それでも貴様、天地開闢てんちかいびゃく以来続く陰陽師の末裔か!」

「左様。わしこそが呪術師が最高峰——天才陰陽師、不動院満仲よ」

 声高らかに笑った満仲に、黄呂が悔しがる。ぎりっと奥歯を嚙み締めるも、ふっと笑った。

「何とも愉しそうだのう、葛若」

 その言葉に、先程まで笑っていた満仲が真顔となる。

「……愉しそう、じゃと?」

「ああ。御前はいつも、愉しそうだ……」

 黄呂が下向き加減に笑った。ぐっと拳を握った満仲が、ずんずんと黄呂に近づいていく。

「わしが愉しいじゃと? 御前のまなこは何を見ておる? 御前の耳は何を聞いておる? わしはなぁ、ずっと、ずっと御前に腹を立てておるのじゃぞ!」

 満仲が黄呂の襟元を掴み、ぐぐっと自分の方に引き寄せた。

何故なにゆえあの時、逃げなんだ! 大天狗は最期、御前に何を託した!」

 いつになく感情剥き出しに、満仲が黄呂に怒りをぶつける。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「葛若……?」

 目を丸める黄呂の脳裏に、大天狗の最期の言葉が蘇った。

『……何度も言わせるでない、黄呂。逃げよ。おぬしは、生きるのだ』

 パチパチと黄呂が瞬きをする。襟元を掴んでいた満仲の頬に、一筋の涙が流れた。

「……葛若?」

「——東雲殿……」

 満仲の真意が分かるからこそ、水影は、そっと瞼を閉じた。

「自らの手で、因縁を断ち切るか、満仲」

 ようやく真相が見えてきた朱鷺ときが、満仲に終局を託す。

「普段はおちゃらけておりまするが、真は、誰よりも死生観の強い男にございまするからな、満仲は」

 微笑む安孫あそんに、水影の冷淡な視線が向けられる。安孫の隣に立つ朱鷺が、こちらの真相も突き止めた。

「……安孫、そなたが偽者だな。本物の春日安孫は、満仲がことは、まんちゅうと呼ぶでな」

「なっ、なにを仰せにございまするか! それがしは正真正銘、春日安——」

 その影から、麒麟が短刀で安孫に斬りかかる。思わず手の甲で受けた斬り傷から、つうーっと血が流れた。安孫の狼狽ろうばいぶりに、麒麟もまた冷静に言う。

「本物の九尾様なら、おれの攻撃にいち早く気づかれるはず。本物なら、こうも簡単に血を流したりはされない方ですよ、九尾様は!」

「左様。その阿呆面をお改めあれ、偽者殿。本物の春日安孫は、もっと頓馬面とんまづらにございまするぞ」

 水影に上から嘲笑され、ぐっと安孫の顔に悔しさが滲む。

如何どうやら、水影も麒麟も、そなたが偽者であると気づいておったようだのう」

 意味深く朱鷺に笑みを向けられ、「当然にございまする」と水影が言う。

「おれたち、何となくですけど、お互いにお互いのことが分かるんです。それが絆とかいう大それたものかは分かりませんが、今回も、何となくそうかなって」

「流石は我が麒麟。やはりそなたは聡明だな。されど、さすれば早う教えてくれれば良かったものを」

「っふ。それでは、主上がつまらぬでございましょう?」

 水影もまた、意味深く朱鷺に笑みを向けた。やれやれと朱鷺が両手を上げる。

「何とも、我が瑞獣は愉快な連中ぞ」

 そう笑みを浮かべた朱鷺であったが、ゆっくりと偽者に目を向けた。

「それで、本物の春日安孫は、返してくれるのであろうのう?」

 真顔となった朱鷺が凄む。偽者と見抜かれた安孫が、黄呂の下へと走っていった。

「——ああ、見抜かれてしもうたか。流石は主上。我が愛しい君よ」

 満仲と対峙していた黄呂が、儚げに笑う。

斯様かような馬鹿げたことはしまいじゃ、八千代。我が真友しんゆう、安孫のすけを返せ」

「ふん。真友か。おれのことは、一度たりともそう呼んだことなどないくせに」

「なっ! 御前と真友など、真っ平御免じゃ!」

「そうか。ならばもう良い。おれは偽世にせよにて、おれの理想の世を作るのみぞ」

 黄呂が清涼殿の縁側に立つ朱鷺に目を向けた。その隣に立つ水影のこともまた、偽世から呼ぶ声がした。偽者の安孫がドロンと消えた。

「なっ! 安孫のすけ!」

「偽世にて、懐かしき方々と愉しく暮らしましょうぞ」

 その言葉を最後に、黄呂が朱鷺と水影を道ずれに、同じく姿を消したのである。


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