第24話 那智山の大天狗

「——那智山なちざん天狗討伐てんぐとうばつ云々うんぬん……」

 夕鶴ゆうかく帝による、ほとんど悪ノリに近い勅命ちょくめいが、不動院家の天才陰陽師こと、五歳の満仲みつなか——葛若くずわかに下された。その勅命を要約すると、「お前の息子、天才陰陽師らしいな。おもろいからちょっと那智山の天狗狩りしてこいや、よろ☆」ということで、父、一益かずますの憤りは凄まじいものがあったが、当の葛若は、那智山の大天狗の討伐に、意気揚々と一人で出立したのであった。

「——おーい、葛若~!」

 那智山へと向かっていた葛若の後を追って、一人の少年が走ってやって来た。

「なっ! おまえはっ……!」

「那智山の天狗狩りにいくんだろ? だったら、おれも一緒にいく!」

 一人、葛若の後を追ってきた少年——。それが二大陰陽大家の一つ、東雲しののめ家の末子、八千代やちよであった。葛若が白と赤の狩衣かりぎぬ姿であるのに対し、八千代は黒と白の狩衣姿である。不動院家と東雲家の陰陽家闘争は、『白黒騒動』と呼ばれるほどに、長きに渡って繰り広げられてきた。当然、陰陽師のトップである陰陽頭の地位争いも、歴代当主の優劣によって、互いに譲れぬ争いとなっていた。そのような二つの家に生まれるも、葛若と八千代は、互いに五歳と七歳という年の近さからも、一族の目を掻い潜り、どうにか互いに切磋琢磨し、最強の陰陽師を目指していたのである。

「那智山の天狗討伐は、わしが帝より命じられたものぞ! おまえの出る幕ではない!」

「いいや! おれも行く! おれが那智山の天狗を倒して、最強の陰陽師になるんだ!」

「あほう! 最強の陰陽師になるのは、このわしじゃあ!」

 ぎゃあぎゃあと騒がしくも、二人は相手よりも先に天狗を封ずるため、走って那智山へと向かった。そうして那智山へと出向き、人里で悪さを働いていた大天狗の前でも、どちらが先に天狗を倒すかということで、口論していた。

「——おぬしら、いい加減にせんか!」

 いつまで経っても呪術合戦とならないことに、とうとうキレた大天狗が巨大化し、大足で二人を踏みつけた。

「ぎゃあ!」

「ううっ」

 間一髪、踏みつぶされずに済んだものの、大天狗が団扇うちわを取り出し、たった一振りで強風を巻き起こした。

「ぐううっ!」

「何たる強力な術よ!」

 木々に摑まり、何とか吹き飛ばされるのを防ぐ。

「——皆花ヨリゾ木実トハ生ル。我ガ身ハ即チ六根清浄ナリ」

「なっ、六根清浄ろっこんせいじょうじゃとっ?」

 葛若がその祓詞はらいことばに驚くも、木々から木の実が落ちてきて、二人の頭に次から次へと降り注ぐ。

「いっ……くそう、天狗の分際でっ」

「そうか。もっと木の実が欲しいか。ならば望み通り、たんとくれてやろう。さあ、どっこいしょ!」

 更に神力を高めた大天狗の呪術により、二人の体が木の実に覆われた。

「ぐう……」

「くそうっ」

 そうしてやっと静かになり、大天狗が消沈した様子の二人の前で、腕を組みながら言った。

「おぬしらのような阿呆に、このわしが敗けるはずがなかろう! ガキはさっさとうちに帰れっ」

「なっ! なんじゃと! わしらが阿呆か、その身をもって知るがよい!」

 憤った葛若が両手を出し、ついに式神である四神を召喚した。白煙と共に、玄武、朱雀、青龍、白虎の四神が姿を現した。それに驚いた大天狗。

「なっ……」

「ふん! この天才陰陽師、葛若様にかかれば、四神の召喚など容易い!」

 鼻息荒く、葛若が自惚れるも、さっと大天狗が真顔となり、言った。

「なんじゃ。ガキの召喚じゃ、四神もガキの大きさじゃな」

 召喚した四神は、五歳の葛若と同じミニマムサイズだった。

「ぐうう! それをいうでないわ! 四神を召喚することが、どれほどすごいことか、分かっておらぬようじゃな!」

 一気に赤面した葛若が、がっと強がる。

「それで? そっちのガキは、何を召喚するんじゃ?」

 嘲笑を浮かべる大天狗が、葛若の隣で冷静に天地陰陽の構えをとる八千代に訊ねた。

「おれは不動院のように、式神は召喚しない。東雲しののめの陰陽道は、我が一族に伝わる秘術でもって、最強と為すことを目的としておるからな」

 そう言って、八千代が呪文を唱えた。その直後、大天狗の長く太い鼻先に、ポンっと一輪の黒い花が咲いた。

「なっ、なんじゃ、この花はっ!」

「鼻に花とは、なんともつまらぬのう、八千代」

 しらける葛若に対し、八千代はニッと笑った。

「漆黒の花を見るのは、初めてか? その花は、おまえの寿命を吸い取る花よ。おまえの寿命が長ければ長いほど、その花は巨大なものへと成長してゆくぞ。さあ、どこまで大きく育つか見物だのう?」

 愉悦を浮かる八千代に、大天狗が焦る。

「なっ! 早うこの花を取ってくれ! 花に寿命を吸い取られとうない!」

「残念だが、帝よりの勅命よ。その命、花となって散るが良い」

 どんどん大きくなる漆黒の花に、大天狗が狼狽うろたえる。

「い、いやじゃ……! 死にとうないっ! 今までの悪行ならば詫びる! それゆえ、命だけはっ……!」

 涙を浮かべて懺悔する大天狗にも、八千代は無情な眼差しを向けて、「もう遅い」と呟くだけだ。

「くそうっ! 斯様かようなところでわが命が潰えるとはっ——」

 ぐっと目を瞑り、死を覚悟した大天狗。その鼻先に育つ漆黒の花を、ミニマムサイズの玄武がパクリと食べた。

「なっ! なんの真似だ、葛若っ!」 

 むしゃむしゃむしゃと音を立てて、ごっくんと飲み込んだ玄武を、八千代が糾弾する。その玄武の頭を摩りながら、葛若が愉快そうに言った。

「なにぶん、玄武は食いしん坊なものでな。腹が減っておったのじゃろう。めっ、じゃ。玄武」

 そう言って、葛若が玄武に注意するも、満足そうに玄武がゲップをしたことで、それが白煙となり、大天狗の体へと吸い込まれていった。

「阿呆! せっかく吸い取った寿命を返す陰陽師がおるか!」

「別に、帝も天狗の命まで奪えとは命じておらぬじゃろう? 討伐というても、ただの面白半分じゃろうし。殿上人てんじょうびとの気まぐれじゃ。阿呆な帝の気まぐれで命を奪うなど、それまた阿呆のすることじゃろ?」

 年下である葛若の言葉に、ぐっと八千代が押し黙る。

「ふぁああ。なんだかんだで走って那智山まで来たでな、疲れたのう」

 大きなあくびをした葛若の隙をついて、大天狗が攻撃を仕掛けるも、背後に控えていたミニマムサイズの四神から、鋭い神気を感じ取り、ぐぐっと攻撃の手を止めた。

「……利口じゃのう、天狗よ。よい判断じゃ」

 口角を上げ、鋭い眼光を飛ばす葛若からも、同じ神気を感じた。ミニマムサイズの四神が、大天狗には、本来の巨大なそれに見えてならなかった。

「っく! これほどのものとはっ……!」

 悔しがる大天狗に、葛若の神気も解け、愉快そうに笑った。

「まあ、天才陰陽師ここにあり! じゃのう」

 葛若が八千代を一瞥した。大天狗同様、八千代も悔しがる表情を浮かべている。

「……陰陽師が簡単に命を奪うでないわ。無暗に命を奪わんとするおまえの術は、くそ以下じゃ。東雲が不動院に勝てぬ理由は、そこじゃな。陰陽師ならば、たとえ妖相手でも、共に生きる道を探ることが、最強たる証じゃろう? 最も強い者が示す道でこそ、陰陽道の花は開くでな」

 そう言って、葛若が自身の鼻を指さし、笑った。降参した大天狗であったが、古びた津縄代つなわしろ神社を再建し、この地を天狗信仰の総本山とすることを条件に、那智山一帯の民と地域を守ることを誓った。

 

 那智山の天狗討伐の功績は、不動院家の葛若のものとなった。それが悔しくて堪らない八千代は、葛若よりも先に最強の陰陽師となるべく、那智山は天狗信仰の総本山——津縄代神社で、大天狗に修行を付けてもらうことにした。

「——おまえも物好きじゃのう。じゃが、互いに最強の陰陽師を目指し、精進しようではないか。まあ、天狗に指南されようが、このわしに勝てるはずなかろうがな」

 別れ際、葛若は嫌味を言うも、それはすべて、互いの技術向上のため。そう発破はっぱをかけることで、今よりも更に最強に近づくためであった。

「ぬかせ。次なる陰陽頭は、このおれぞ。東雲家の陰陽道は、このおれが再興させてみせる。おまえは自惚れらしく、胡坐あぐらでもかいて油断しておるがよい」

「ふん! 凡才が天才であるこのわしに、どこまで追いつけるか見物じゃのう」

 互いに譲れない想いはあるものの、次に会った時、どれだけ成長したかを見せることが楽しみでならない。だが、互いの成長を見せ合うその次が、二人の陰陽師に訪れることはなかった——。


「——そうか。彼奴きゃつは、津縄代つなわしろ神社がゆかりの者か。荘厳かつを圧倒する程に美しく再建された津縄代神社。左様な天狗の総本山に、我が叔父、鷲尾わしお院の『美麗狩り』の魔の手が襲うたのであったな……」

 さきの帝——鷲尾帝による、『美麗狩り』。この国から美しいもの、麗しいものといった、価値あるものはすべて排除する——。そのようなみことのりが発せられ、歴史を紡いできた国宝や刀剣、寺院、美男美女と判定された民に至るまで、ことごとく没収、廃棄、そして処刑されていったのである。

 かつての恐怖政治——『美麗狩り』の悲劇を思い出し、朱鷺ときが拳を握り締める。満仲みつなかもまた、その多くが犠牲となった津縄代神社の無念を想い、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「……満仲、我が瑞獣らに伝えよ。ちと早いが、東雲黄呂との勝負を決すると時が訪れた、とな」

「なっ! では偽者がお分かりになられたのですかな?」

 驚く素振りを見せる満仲に、「さてな。だが、此処ここからが勝負よ」と、朱鷺が強気に笑ってみせる。

「全員を清涼殿せいりょうでんに集めよ。必ずや、本物を取り返してみせようぞ」

 朱鷺の号令により、満仲が立ち上がった。瑞獣らを呼びに行くその背中を見据える朱鷺が、「……満仲」と呟く。さっと振り返った満仲に、朱鷺が安堵したように微笑みを浮かべた。


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