第23話 御前(おまえ)

「——不動院満仲、只今参上仕りましてございまする」

 御簾みすの前で、満仲みつなか朱鷺ときに平伏した。

「うむ。満仲よ、単刀直入に訊ねる。東雲しののめ黄呂おうろとは、何者ぞ」

 朱鷺の問い立てに、満仲の眉間が動いた。視線を外し、「わたくしめは、彼奴きゃつのことなど、存じ上げませぬ」とこうべを垂れて言った。

「真か? 真に、存ぜぬと?」

「……東雲家の者とは、交流はありませなんだ。互いに互いの家を、かたきと見ておりましたゆえ」

「それでも、二大陰陽大家と称えられておったは、真ぞ。……満仲よ、俺に隠し事が出来ぬことくらい、そなたであらば存じておろう。そなたは俺に何を隠しておる?」

「……っ。わたしくめは、何も隠してなどおりませぬ。東雲黄呂とかいう陰陽師も存じ上げませぬ」

 つんとそっぽを向く満仲が、しらばっくれていることなど、朱鷺にはお見通しだった。

「ならば仕方あるまい。彼奴きゃつの要望通り、を我が瑞獣として迎える他ないのう」

「え……?」

「されど、そなたが申した通り、我が瑞獣に二人も陰陽師はいらぬ。ならば、我が霊亀れいき——不動院満仲を追放し、黄呂を新たな霊亀として迎えるが、それでも良いか?」

「良い訳がありませぬうううう!」

 ぷうううっと頬を膨らませ、反論した満仲に、「ならば、そなたが知っておることを洗いざらい話すが良い」と、朱鷺が笑顔の中に圧迫感を醸し出した。

「うっ……。主上は何でもお見通しですな。はあ……。東雲黄呂とは、その昔、共に最強の陰陽師を目指して、切磋琢磨した仲にございまする」

「やはりか。そなたの言動からして、そうであろうとは思うておったが。そなたは、心を許した者のことを、“御前おまえ”と呼ぶでな」

「なっ! バレておったのですな……」

 満仲が安孫あそん麒麟きりんを“御前”と呼ぶように、黄呂のことも“御前”と呼んでいたことを、朱鷺は見逃さなかった。

「であらば、何故なにゆえ彼奴のことを存ぜぬなどと申したか?」

「それは……」

 満仲が目を伏せ、口を噤んだ。

「……那智山なちざんの天狗討伐に関わっておるのか?」

 うっと反応した満仲に、朱鷺が深く溜息を吐く。

「我が父、夕鶴ゆうかく帝の気まぐれのせいで、何か仄暗いものを背負うたな? 満仲」

 ぐっと拳を握った満仲に、朱鷺が、そっと瞳を閉じる。再び瞼を開け、微笑みを浮かべた。

「そなたと東雲黄呂の過去を、話してくれるな? 満仲」

 決して強要する言い方ではなかったが、朱鷺に促され、ぽつりぽつりと満仲が話し始めた。 

「——あれは、わたくしめが五つの時分。夕鶴帝の勅命が下され、天狗討伐がため、那智山へと向こうておった時のことにございまする……」


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