第21話 麒麟の証明

 翌朝——。

 次は、帝の影——麒麟きりん

「——さあ、麒麟。今日はそなたと遊ぶぞ」

 朱鷺ときに参内を命じられた麒麟が、御簾みすの前で俯いた。

「おれは……自分が本物であると、どうやって証明すればよいのでしょうか」

 いつになく不安な表情を浮かべる麒麟に、「そうさなぁ」と朱鷺が言う。

「麒麟よ、今よりわらべ遊びをしようぞ」

「童遊び、と仰られますと?」

「なあに。そなたもしたことがあろう。隠れ鬼よ。俺が鬼となるゆえ、そなたは俺に見つからぬよう、都中を隠れて逃げるがよい」

「都中を、ですか?」

「ああ。何処いずこでも、そなたの好きな所に隠れるが良い」

「流石に広すぎるような……」

 うーんと考える麒麟に、

「大事ない。必ず見つけ出してみせよう。では、俺が百を数えておる内に、逃げるが良い。万一、鬼に捕まることがあらば……そなたならば、その先は言わずとも分かるな?」

 つい先日、大江山の鬼と一悶着あったのだ。その先は、聞かずとも分かっていた。

「では数えるぞ。一つ、二つ、三つ——」

 目を瞑り、数を数え始めた朱鷺に、麒麟が慌てて逃げていく。御所を出て都中を走り回るも、どこに隠れるべきか、またもや「うーん」と悩む。

「隠れ鬼か。ということは、万一鬼に見つかったとしても、逃げ切れば、おれの勝ちだけど。うーん、一体どこに隠れるか……」

 市井しせいを歩きながら、麒麟が辺りをきょろきょろと見る。

「都もだいぶ変わったよなぁ」

 活気づく民らと、童らの笑い声が聞こえてくる。つい一年程前までは、そこら中に浮浪児が溜まっていたというのに、今では朱鷺が建てた養護院で、彼らが飢えや寒さに苦しむこともない。生きるために盗みを働くこともなく、理不尽な暴言や暴力にさらされることもなくなった。

「全部、主上のおかげだな。本当に良かった……」

 改めて、麒麟は朱鷺の偉大さを知った。

「よし。隠れるなら、あそこしかないよな。みんな、元気にしてるかな?」

 隠れ場所を閃いた麒麟は、一目散にそこへと走っていった。そこは朱鷺が建てた養護院で、かつて寝食を共にしていた、浮浪児仲間らが暮らしている場所だ。

「——みんな、ただいま!」

 突然の麒麟の登場に、養護院の童らが一斉に集まった。

「わあ! あんちゃんだ! 今までどこに行ってたんだよ!」

 童らの先頭に立って、少年が麒麟に突撃した。

「おわっと! ごめんごめん。ちょっとやらなければならないことがあってな。今は、いろいろな勉強をしているんだ」

「べんきょ? なんだそれ!」

 童らが一斉に笑った。麒麟が朱鷺に拾われて、一年が経つ。たった一年の内に、童らはすくすくと育ち、身なりもそれなりだ。麒麟はというと、今や帝の影となるべく、三条家の公達の下で、さまざまな手習い事に明け暮れている。それぞれが、それぞれの人生を歩んでいる——。麒麟はそう実感した。

「ねえあんちゃん、またいっしょに暮らせる?」

 少女に訊かれ、麒麟は腰を落とした。少女と同じ目線で、そっと微笑みを浮かべた。

「まだもうちょっと先になるかもしれないけど、また一緒に暮らせるよう、おれも頑張るから」

「ええ~? 今がいいよぉ!」

「……ごめん。今はまだ、一緒に暮らせないんだ。でも必ず、また一緒に暮らせるようになるよ。だから待っていてほしい」

「……うん。わかった」

 しぶしぶ頷いた少女に、麒麟がにっこりと笑った。

「——れほどまで童らに慕われておるとは、それでこそ我が瑞獣ぞ」

 いつの間にか、背後に朱鷺が立っていた。

「なっ! 主上っ?」

「しゅじょ? だれこいつ?」

「こ、こらっ! この御方はっ——」

「良いのだ、麒麟。童よ、俺は帝だ」

「みかど? なんだそれ?」

「こ、こら!」

「良いと言うたであろう、麒麟。童にとってみれば、俺はそこらの大人と変わらぬ男よ」

「ですがっ」

「童よ、俺はのう、この国の民らの幸せを一等願うておる男よ。無論そなたらのことも、大切に思うておるぞ。子は国の宝だからのう」

「へえ~。変なやつだな」

「はは。確かに変わっておるとは、良う言われるでな」

 朱鷺が少年の頭を撫でて、にっこりと笑った。

「さて、此処ここからが本題ぞ。童らに問う。此処におる男は、そなたらが良く知る男か?」

 唐突に童らに訊ねた朱鷺に、麒麟が「え?」と目を丸める。童らもきょとんとしたが、その顔に笑みを浮かべると、「あったりまえじゃん!」と大声で答えた。

「そうか。ならばこの男をちと借りるぞ」

 そう言って、朱鷺が麒麟の肩に手をまわした。麒麟に向かい、「捕まえたぞ、麒麟」と意味深く笑う。麒麟もまた、その意味を理解して笑った。

「ああ。捕まってしまいました。おれの負けですね」

 観念したように、麒麟が両手を上げた。それから童らも含め、みんなで隠れ鬼をして遊んだ。

「——じゃあ、またな」

 童らに別れの挨拶を済ませると、麒麟は朱鷺と共に市井を歩いた。

「よくおれが養護院にいると分かりましたね?」

「なあに。そなたは我が影ぞ。ならば、我らは一心同体。そなたが隠れそうな所くらい、大凡の見当はつく」

「主上……」

ずるい真似をして悪かったな。童ら程、純粋な心を持つ者らもおらぬ。ならば、そなたを良く知る童らに、そなたの真偽を問うが確かと思うてな。童らが証言したのだ。そなたは、真の麒麟ぞ」

 どうすれば自分が本物だと証明出来るのか——。それが分からなかった麒麟だが、かつての仲間に助けられ、自らが本物であると証明してみせた。


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