第20話 安孫の証明

 翌朝——。

 次は、九尾の狐。春日かすが安孫あそん

「——さて、安孫。今日はそなたと遊ぶぞ」

 春日家の屋敷の庭で、元気いっぱいの朱鷺ときが言う。

「主上……。まだ朝餉あさげも食べておらぬ時刻にございまするが……」

 朝日と共に訪問してきた朱鷺に、眠気眼の安孫が言う。

「いやな、そなたと何をして遊ぶか考えておったら、居ても立ってもおられぬようになってな。こうして明け方に春日家を訪ねてしもうた。さあ、安孫。俺と遊ぼうぞ」

「遊ぶと仰せになられても、一体何をして遊びましょうや?」

 目をこすりながら、安孫が訊く。

「そうさなぁ。……のう安孫、そなたは日の本一の武人と名高き、春日道久の嫡男ぞ。そなたもまた、武勇の誉れ高き武人。父の跡を継ぎ、日の本一の武人と称されておろう? ならば、俺と一戦交えようぞ」

「一戦交えるとは……?」

「決まっておろう、安孫。剣術仕合けんじゅつしあいぞ。さあ、木刀を構えよ、安孫」

 そう言って、朱鷺が岩陰に隠していた二本の木刀を手に取った。一本を安孫の方へと放り投げる。

「なっ! 剣術仕合など、危のうございますればっ……!」

「なぁに。死ぬわけでもなかろう。我らの得手とする剣術ぞ。それとも何か? そなたは日の本一の武人、春日安孫の偽者か?」

 じっと見据える朱鷺に、安孫が拳を握る。そうして足元に転がっていた木刀を手に取ると、「それがしは、忠告致しましたぞ」と主相手に対峙した。

「何とも愉快だのう」

 嬉々として、朱鷺もまた木刀を構える。

「さあ、何時いつでも来るが良い、安孫」

「ならば、御免っ……!」

 安孫が斬りかかり、それを朱鷺が受け止める。巨漢の重たい攻撃にも、朱鷺は笑って鍔迫つばぜり合いを行った。

「……のう安孫、そなたら武家は、何のためにある?」

「我ら武家は、主上のためにありまする!」

「そうだのう。そなたであらば、そう答えるであろう。だがな、俺は、武家は我が民のためにあって欲しいとねごうておるぞっ……!」

 力いっぱいに安孫の木刀をいなし、その首筋に己が刀を突きつけた。ぎょっとした安孫に、朱鷺がふっと笑う。

「俺の勝ちぞ、安孫」

 敗北した安孫であったが、それでもそっと笑みを浮かべ、言った。

「流石は主上。御強うございまするな」

「うむ。されど、物足りぬなぁ。さあ、安孫。もう一戦交えようぞ」

「えっ? 二度にたびにございまするか?」

「ああ。そなたが本物の春日安孫であらば、幾戦であっても、交えることが出来よう?」

「うむむ……」

如何どうした、安孫。よもや、そなたが偽者か?」

 挑発的な主の言動に、安孫の武人としての血が騒いだ。再び木刀を構え、「我が武勇にて、我が身が本物であると、証明してみせまする」と力強く笑った。

「それでこそ、我が瑞獣ぞ」

 そうして朝から晩まで仕合を行った結果、朱鷺の方が先に体力が尽きた。上がる息で言う。

「流石は、日の本一の武人と名高き、我が九尾の狐ぞ。その武勇、真の春日安孫に、相違ない」

「はは……。信じて頂き、恐悦至極にございまする。されど、……疲れましたな」

 安孫も上がる息であるものの、主に武勇の誉れを認められ、自らが本物であると証明してみせた。


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