第19話 水影の証明
翌朝——。
まずは、
「——さて、水影。今日は何をして遊ぼうか」
突如、式部省に足を運んできた
「……左様なことなどせずとも、私は本物にございますれば」
冷静沈着な水影が、唐突に来省してきた朱鷺に言う。
「まあ、そうつれぬことを申すでない、水影。俺とそなたの仲であろう? さて、何をして遊ぶか」
愉快そうに話す朱鷺に、「私は今、勤めの最中にございますれば」と、水影がつれない態度で仕事に戻る。
「そうだ。今日一日、式部省勤めのそなたに密着していよう」
「分かりました。今日は有給をとりまする。外で遊びましょう」
職場で一日中ウザ絡みされることを恐れ、水影が、さっと有給申請を式部卿に提出した。
「うむ。それでこそ、我が瑞獣ぞ」
嬉しそうに笑う朱鷺に、やれやれと水影が溜息を吐く。朱鷺に誘われるまま、
「——随分と都の様子も変わったな」
二人で市井を歩きながら、朱鷺が活気づく都の様子に笑みを浮かべる。
「主上が帝に即位されてから、盛んに公共工事が行われましたでな。都に不足する橋やら養護院やらの建設で、民の暮らしも向上したことにございましょう。まあ、財政面では、春日様が、えらく胃がきりきりとされておられましたが……」
「道久には感謝しておる。何だかんだで、俺の我儘を叶えてくれておるでな」
「まあ、三日で橋を架け、一日で養護院を建設するは、太政大臣、春日道久様以外、出来ぬ荒業にございますれば、あまり無茶を仰られてはなりませぬぞ」
「はは。肝に銘じよう」
「まったく……」
小言を言う水影に、「晴政が生きておれば、今のそなたと同じことを申すであろうのう」と感慨深く朱鷺が言った。
「左様にございましょうか? 父上は、あまり口数の多い方ではありませなんだ。私が“視えざる者”らの身代わりとなって以降、極端に私とは会話をせぬようになりましたでな」
「されど、そなたが父、晴政は、確かな正義感を持つ男であったぞ。そなたのことも、兄、
「さあ、それは
「ふむ。かげながらのう……」
「それよりも、今は、瑞獣の中に潜む偽者を見つけ出さねばなりますまい。幾度も申し上げた通り、私は本物の三条水影にございますれば、残る三人の内より、偽者を選定せねばなりませぬ」
「そうだのう。されど、そなたが本物であるという証拠もなかろう?」
「なっ、何を仰せになられまする! 私が本物だということくらい、主上であらば見抜いておられることにございましょう?」
思わず声を荒げた水影に、「ふむ、おかしいのう。本物の三条水影であらば、これくらいのことで、声を荒げることもなかろうに」と朱鷺がジト目で疑う。
「くっ……! 私が本物たる証拠は……」
「
挑発するように、朱鷺が言う。立ち止まった水影が、徐に言った。
「……俺は、何者にもあらず。そこらに転がっておる石ころと同じぞ」
「ん?」
突然、朱鷺の声色そっくりに、水影がその物真似をした。
「すまぬっ。臣籍の俺が、三条家の公達の名を馴れ馴れしく呼んでしもうた」
「んん? 水影、その
「もう一度名を呼んでも良いか? みな——」
「分かった! そなたは本物の三条水影ぞ!」
気恥ずかしさから、慌てて朱鷺が制止した。
「信じて頂き、光栄至極にございまする」
本物の水影が、ぱああ!と偽物の笑顔で言った。
「暗黒期の俺の物真似をしてみせるとは、心の傷を抉らんとする
強制的に仕事を休まされた腹いせも相まって、水影は、二人しか知らない会話でもって、自らが本物であると証明してみせた。
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