第二幕「瑞獣偽者取替騒動」

第18話 瑞獣と偽者

「——此度こたびの後宮での女人失踪事件にて、消えた女官ら全員の命は救えませなんだ。主上の期待された結果とならず、すべては、私の責任にございまする。ゆえに、如何いかなる仕置きをも受ける所存にございまする」

 水影みなかげ御簾みすの前で平伏し、朱鷺ときの言葉を待った。

「なっ! 鳳凰ほうおう様だけの責任ではありません! おれにも責任はあります! だからどうか、おれにも罰をお与えくださいませ!」

 麒麟きりんもまた、朱鷺に願い出る。

「水影殿、麒麟……。いな、鬼の攻撃を防げなかったは、それがしの責任にございまする。ゆえに主上、某こそ、仕置きを受けねばなりませぬ」

 安孫あそんが一歩近寄り、平伏した。

「そうだのう……」

 朱鷺が御簾の中から、一人つんとした表情を浮かべる満仲みつなかに目を向けた。それに気づき、満仲が鼻息を漏らす。仕方なく平伏し、

「わたくしめこそ、鬼を滅することが出来なんだ糞以下の陰陽師にございますれば、どうかわたしくめに罰をおあたえくださいませ、しゅじょう」

 完全なる棒読みで、満仲が願い出た。

「うむ。では罰を言い渡す。そなたら全員……」

 帝の裁断を、瑞獣らが固唾を呑んで待つ。

 グー、すぴー、と寝息をかいてその場で眠りに就いた朱鷺に、

(いや、寝るんかーい!)と、瑞獣らが内心でツッコむ。

「はっ! 渾身のボケを考えておったら、眠っておったわ。危ない危ない」

 珍しい帝のボケに、安孫だけが「ぶふっ」と吹いた。

「ウウン! それはそうと主上、此度こたびの後宮での女人失踪事件にて、結果として鬼であった女人らを誘拐していた犯人——確か名は……」

 安孫が、自らを陰陽師と名乗る男に目を向けた。あの日以来、男は牢に入れられていたが、今この時、申し開きのため、後ろ手に縄で繋がれ、帝の御前ごぜんにて平伏している。

「我が名は、東雲しののめ黄呂おうろと申しまする。陰陽大家おんみょうたいか——東雲家の遺児いじにございます」

「不動院家と二分する、陰陽大家、東雲家の遺児? はて、貴殿の御名おなを窺ったことなど、ありませぬが」

 うーんと眉を顰めて、安孫の周りにクエスチョンマークが飛び交う。

霊亀れいき様なら、ご存じなのでは?」

「そうじゃのう? どうじゃったか……」

 まるで相手にしていないように、満仲が視線を逸らす。

鳳凰ほうおう様はどうです?」

「私も存じ上げませぬなぁ。そもそも東雲家は、陰陽頭の地位を不動院家と争い、敗れた御家。其の権勢も、遠い昔のように思われまするが」

 冷淡に話す水影に、「ぐっ……」と黄呂が奥歯を噛み締める。

「されど、風殿を救えたは、黄呂殿の御力あってのことにございましょう? 流石は陰陽師。人智を超えた存在にございまするな」

 素直に安孫に褒められ、黄呂は目を見開いた。その後伏せられた顔に、そっと微笑みが浮かぶ。

「……して、東雲よ。此度の後宮での女人失踪事件、の動機は何ぞ? 単なる鬼退治ではなかろう?」

 実質、朝裁ちょうさいという体で、朱鷺が尋問を行う。ごくりと唾を飲み込み、恐れ多くも、黄呂は口を開いた。

「……私の目的は、後宮に潜んでおった鬼どもの殲滅せんめつ。主上の御命おいのちを狙うなど、言語道断。とても見逃すことなど出来ず、事に及んだ次第にございまする。されど、捕らえた女人の中に、人がおったことは、私の過ちにございまする。瑞獣——三条水影殿がいたは、少々驚きましたが……」

 鬼だと思って捕らえたあい式部の懐に、瑞獣である証——鳳凰紋の短刀が入っていたことで、その存在に初めて気が付いた。

「まったく。陰陽師が人と鬼の見分けもつかぬとは、情けない。左様な者が東雲家の陰陽師を名乗るなど、家の名に泥を塗るだけじゃ。今後二度と名乗らぬことじゃな」

 ぶっきらぼうに満仲が言う。

「私とて、主上がためをと思い、逸っておったのだ! 私の真の目的、それは、主上が瑞獣の一人として、加えていただきたく存じ上げまする」

 ぐっと黄呂が朱鷺を見上げ、口を噤む。

「なんじゃとっ? 主上が瑞獣に、二人も陰陽師などいらぬ! 御前おまえは罪を償うため、即刻主上の御前ごぜんより失せるが良い!」

 いきり立つ満仲を、「まあまあ」と麒麟が宥める。一層強く、黄呂が願い出る。

の東雲黄呂、必ずや主上の御役に立ってみせまする! 鬼の娘を生き返らせたは、私の力を主上にご覧頂きたくっ……! 死者蘇生——。それこそが、我が東雲家に伝わる秘術にございますれば!」

「なんとっ、死者蘇生とな? 左様な秘術があるのか……!」

 少年心が擽られるのか、安孫の瞳が輝いた。

「馬鹿馬鹿しい。死者蘇生など、有り得ませぬ。あの時、ふうの脈は触れませなんだが、まだ微かに息はありましたでな。傷を塞ぎ、出血を止めれば、鬼であらば回復も致しましょう。死者蘇生などと大仰な嘘をつくと、うそぶく一族として、再度汚名を着せられますぞ? 東雲殿」

「なっ! 我が東雲家は、嘯いてなどおらぬっ」

 事実を語った水影に、黄呂が憤怒の表情を向ける。

「……死者蘇生のう」

 その言葉を、朱鷺が呟いた。

「主上! 私が主上の愛する朔良式部殿を蘇らせてご覧にいれまする!」

 自信気に放った黄呂の言葉に、麒麟が唖然とした。

「朔良式部様を蘇らせる……? そんなこと、許されるはずがない。主上はそんなことを望まれてはいないっ……」

「麒麟……」

 朱鷺の想いを知る水影が、それを代弁した麒麟に、そっと目を細めた。

「何を申すか! 浮浪児上がりが、帝の何が分かると言う! 薄汚い浮浪児が主上の影を務めるなど、烏滸おこがましいにも程があろうっ」

「おれはっ……」

 すっと水影が立ち上がった。そのままずんずんと黄呂の下へと向かい、扇でその頬を叩いた。

「っ……」

「ヒュウ~。やるのう、三条の」

 静観していた満仲であったが、その勇姿を称える口笛を吹いた。

「鳳凰さま……」

「み、みなかげ殿、落ち着かれよ。暴力など、貴殿らしゅうないですぞ!」

 どうにか安孫が水影を落ち着かせ、主の言葉を待つ。

「もう良い。折角だがな、東雲よ。俺は麒麟が申した通り、朔良式部を蘇らせてほしいなどとは思っておらぬ。ついでを言えば、そなたを瑞獣にするつもりもない」

「なっ……! 主上、私はっ——」

「帝に二度同じことを言わせるな。此れにて申し開きはしまいぞ。処罰はおって沙汰する。それまで、牢に入って待つが良い」

 立ち上がった朱鷺に、ぐっと黄呂は膝を掴んだ。

「……またしても、主上は、私を見ては下さらぬのかっ……」

「黄呂殿? 如何いかがされたのか?」

 安孫が黄呂の顔を覗くと、そこには、憎悪の表情が浮かんでいた。

「……分かりました。私を瑞獣にしてくださらぬと仰せならば、此の中より一人、偽者と入れ替えまする」

「何を申しておる。左様なこと、此の俺がさせると思うておるのか?」

 珍しく怒気を放つ朱鷺に、瑞獣らは固唾を呑んで沈黙している。対峙する朱鷺と黄呂。本気の様相で、黄呂が立ち上がった。術により、その両手を縛る縄が解けた。天地陰陽の構えで、呪文を唱える。

「——万物ノ霊ト同躰ナルガ故ニ、為ス所ノ願ヒトシテ成就セズトイフコトナシ」

「なっ、の呪文はっ……」

 急き立つ満仲が黄呂を止めようとするも、時すでに遅し——。ボンっと白煙が辺りを包み、その場にいる全員が咳き込んだ。

「くそうっ、どうなっておる!」

 周囲の状況を把握しようと、朱鷺が咳き込みながらも、白煙を流すため戸を開けた。やがて煙が消え、四人の瑞獣の姿が見えた。

「……ん? 特に変わった様子はありませぬが」

 自身の掌に目を落とし、水影が首をかしげる。安孫もまた、「それがしも、大事ありませぬ」と告げた。

「おれもおれのままです」

「わしもじゃ。どうやら術は失敗したようじゃのう。おい東雲の、御前の術は糞以下じゃ」

 嘲笑を浮かべる満仲に、「それは如何どうだろうの」と涼しい顔で黄呂が言う。見たところ、瑞獣らに目立った変化はないが、この中の一人が偽者と入れ替わっていることは、黄呂の様子からして明白だった。それを見抜いた朱鷺が、ぐっと目を据える。

「さて、主上。勝負にございまする。七日の内に此の中におる偽者を見つけ出さねば、本物は一生帰って来ませぬ。の者は、の世との世の狭間で、自らが生きておるか死んでおるかも分からず、永遠に夢心地のまま、彷徨い続けることにございましょう。偽者を見つければ、主上の勝ち。見つけられねば、私の勝ち。その際は、私を主上の瑞獣に加えてくださりますよう」

 そう両手を仰ぎながら言った黄呂が、そっと口角を上げ、笑った。


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