第14話 女人らの正体
目覚めた
「もし、女人方、私の声が聞こえておられる方は、お返事くだされ」
何処に犯人が忍んでいるかも分からない為、水影は慎重に声を掛けた。すると、「……ん?」と、目覚めたような声が上がった。
「良かった、生きておられたか」
何かしら反応があったことに、水影は安堵した。そのまま小声で訊ね、状況を把握していく。
「
「……ええ。私は
縄で縛られ、壁に体を傾けた状態で、蔓式部が訊ねた。
「私も後宮に仕えておる女官にございます。皆様同様、昨晩、
「そう、なら貴方も……」
「蔓式部殿、
「伊角納言様が……。そうね、執筆中の物語もあるし、生きて帰らなくては。でも、他の者達は……」
そこで、俄かに蔓式部の声が震えた。その身もガクガクと震え、何かに怯えている。
「蔓式部殿?
急変した様子の蔓式部。彼女の周りに項垂れる女人らから、水影は鋭い殺気を感じ取った。
「あなた……あなたもまた、この女人達と同じ……」
他、四人の女人らが目を覚ました。その鋭い眼光が様々な色の瞳を宿し、水影に向けられる。
「やはり、女人らの正体は……」
固唾を呑んで、水影が言う。
「貴殿ら、後宮にて失踪した女人らは、——大江山の鬼」
「ふっ」
赤い瞳で嘲笑を浮かべた
「まさか鬼が後宮に入り込んでおったとは。まったく、最強を
「ええ。後宮であれば、簡単に帝とお近づきになれるでしょう? 女中に歌人に女房、身分を変えて忍び込んだと言うのに、今代の帝は後宮に入ろうともしない。軟派な女好きだと聞いていたのに。まったく、男に鞍替えしたのなら、先に言いなさいよね」
ぶつくさと文句を言う風に、水影は冷静に状況を分析する。蓮に春馬小町、
「……蔓式部殿、貴殿は鬼ではないのか?」
完全に男の声で、水影が蔓式部に問う。
「だから私は人だと言っているでしょう! なんで私が鬼と間違えられるのよっ……!」
完全に取り乱した様子で、蔓式部が言い放つ。しくしくと泣き始めた。
「やはりか。貴殿の私物からは、
「吉祥文様?」
顔を上げた蔓式部が、「確かあの男も、そんなことを言っていたような……」と、呆けたように呟く。
「あの男? あの男とは一体……」
そこまで言ったところで、俄かに小屋の戸が開いた。朝日が差し込み、中にいた女人らが眩しそうに顔を反らす。朝日を背に現れた、フードを被った何者か。
「……後宮の女人らを誘拐しておった犯人は、貴殿であったか、——
ふっと浅比女官が笑う。
「あさひ女官……って、だれ?」
蔓式部があんぐりと訊ねた。
「ん? 浅比女官は、伊角納言殿の取り巻きの一人。貴殿とも顔見知りでは?」
「いえ? 確かにこの者に連れ去られたけれど、初めて見る顔だったわ? 伊角納言様の取り巻きには、いなかったと思うけれど……」
その言葉に、水影は眉を
「ふっ。ふふ」
浅比女官が女の仕草で笑ったかと思うと、次の瞬間には、黒と白の
「この男よ! この男が散々私を鬼だ何だと言って、早く正体を晒せと言ってくるの! 私は人だと何度も言っているのに聞かないのよ!」
ヒステリックに蔓式部が叫ぶ。
「……うるさい。
「だからっ……!」
「ふふ」
風が笑った。
「可哀想に。ねえ、そこの陰陽師。この女は正真正銘、人の子よ。いい加減、自分の過ちを認めたらどうなの?」
「そうよ。鬼が吉祥文様を好むことに気づいたのは、褒めてあげる。でも、いくら名前が蔓だからといって、それを吉祥文様として見たのは間違い。意気揚々と一番に捕まえたこの女を、人の子と認めたくないのは、分からないでもないけれど」
青い瞳で
「うるさいっ、黙らぬか!」
男が天地陰陽の構えで、戸鞠女房の腕に傷を与えた。「いっ……」と苦悶の表情を浮かべた戸鞠女房の装束が避け、そこから血がしたたり落ちる。
「ふん。後宮に潜む鬼を捕まえたのは良いけれど、私達を滅することが出来ない以上、あんたは二流の陰陽師。いくら私達を
「ぐっ……! その名を呼ぶな!」
挑発した緑色の瞳の蓮に、男がいきり立つ。戸鞠女房同様、蓮の体にも傷を与えた。蓮の腕や足は男に付けられた生傷が痛々しく、その首には、牡丹の首飾りが掛けられている。ただ一人、歌人として後宮に潜入した、黄色の瞳の春馬小町は、沈黙したままだ。そこに、静観していた水影が事件の真相を語った。
「……
水影がじっと男を見上げ、憤怒の表情で訊ねる。
「
「真に左様に思うておいでか?」
「なに?」
男が水影を睨むも、水影もまた、生々しい傷を負った鬼らに対する理不尽を、黙って見過ごすことなど出来なかった。
「いくら相手が鬼であろうとも、
「……ふん。流石は主上が瑞獣、三条水影か」
いつの間にか正体がバレていたことに、水影——藍式部が押し黙る。
「ああ、やっぱりアンタ男だったのね。ということは、りんも男かしら」
風が牙を覗かせて、笑う。
「三条、水影……?」
その時初めて、春馬小町が言葉を発した。黄色の冷めた瞳が、一気に情熱を帯びた。
「三条水影さまぁ! あの有名な“後宮の文官サマ”の原型となった御方っ……!」
憧憬の眼差しで、春馬小町が水影を見つめる。
「……ん? 私が“後宮の文官サマ”の原型? 真ですかな?
ヘイアンのベストセラー作家、蔓式部に、自身の作品である『後宮物語』の主人公——“後宮の文官サマ”のモデルが自分なのかと訊ねた。明らかな動揺を見せつつも、もごもごと蔓式部が言葉を発する。
「ま、まあ……、名門貴族の生まれで、歌や舞にも秀でた、冷静沈着な文官。帝からの信頼も厚く、美形。すべてを兼ね備えた三条水影様を、参考にはさせていただいたけれど……」
「まんま“後宮の文官サマ”ね。あなたも気づかなかったの?」
「うわああ! 目の前に今、“後宮の文官サマ”がいらっしゃるなんて、信じられなーい!」
キラキラの瞳で、縄で縛られた春馬小町が水影に近寄っていく。その体もまた、男に傷つけられ、痛々しい。
「春は、『後宮物語』の熱狂的な読者だから」
やれやれと、蓮が説明した。
「人の世の物語なんて、何が面白いのかしら」
風もまた、その情熱に冷めた瞳を向けている。
「まさか、読者の中に鬼もいたとは。帰ったら、伊角納言様にもお伝えしなくては」
それでも嬉しそうに、蔓式部が言った。
「作者不詳だったから分からなかったけれど、まさか『後宮物語』の作者様が蔓式部様だったなんて! 感動~!」
「ふふ。ありがとう。まあ、『後宮物語』は、伊角納言様との共同作品なのだけれどね」
「まあ! あのいつも不機嫌でいらした伊角納言様も! 納得ですわ~!」
盛り上がる二人を
「それにしても、見事な女装ね。とても男とは気づかないわ?」
「ほんと。人のくせに綺麗な顔をしているわね。ねえ、アンタ本当は鬼なんじゃない?」
「
自嘲気味に、水影が笑う。
「ふふ。人の子にも面白いのがいるのね。りんも本当にいい子だし。もっと一緒にいたかったけれど……」
風が儚く笑い、俯く。
「……もう良いか?」
完全に蚊帳の外状態であった男が、苛立つ表情で言った。やれやれと、水影が深く溜息を吐く。
「貴殿の目的は何ぞ? 貴殿としては、鬼退治の英雄気取りであろうが、此度の件、私個人としては、許す気になどなれぬ」
「っふ。貴殿に許しを
「認めて……? 何を申されておいでか? 貴殿は——」
その時、小屋の外から不穏な視線を感じた。それは一つ、また一つと増え、辺りを幾つもの不気味な何かが取り囲んでいる。
「これはっ……」
急に男が焦りだしたのを、水影が怪訝な表情で静観する。
「まさか……」
ごくりと息を呑んだ男に、「っふ。ふふふ」と、三人の鬼が一斉に笑い出した。
「あーあ。可哀想に。私達を
春馬小町が見下した黄色い瞳で言った。
「なっ……! 酒吞童子だとっ……! まさか鬼の頭領が、貴様ら下級の鬼風情を助けに来たと言うのかっ……」
「ふふ。二流の陰陽師風情が、鬼に手を出したばかりに。酒吞童子様は、決して私達を見捨てたりはされないわ? 一体私達に何十発と折檻したかしらね。きっと、その百倍の仕返しをされるはずだわ?」
蓮も愉快そうに言った。
「
三人の鬼が不気味に笑う中、リーダー格であった風だけは、この状況に悲痛な面持ちを浮かべている。
「これは窮地にございまするな。『後宮物語』でも、
水影が“後宮の文官サマ”よろしく訊ねた。
「もういやよ! 早く
作家としての血より、一人の人間としての血が勝った。水影が「っふ」と笑う。
「
そう力強く励ました水影を、風が縋るように見つめた。
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