第12話 パシられ武官と貢物

 ふうが他の女人ら同様、失踪した。

「恐らくは昨晩、何者かによってさらわれたのであろう」と推測する水影みなかげに、「風までもが……」と、呆然とする麒麟きりんが口にする。

の者とは、親しかったのであろう?」

 二人きりの部屋の中で、水影が男の声で訊ねる。

「はい。女中の筆頭で、色々と面倒を見て頂きました」

「そうか。それはそなたも辛いのう」

 麒麟がそっと目を伏せる。苦悶の表情を浮かべる麒麟に、水影も頭を抱えた。

満仲みつなか殿が申された通りとなったな。我らがちんたらとしておったせいで、被害者が一人、増えてしもうた。すべては我が責任よ」

「いえ、鳳凰ほうおう様だけの責任ではありません。おれも、風を守ってあげられなかったから」

「麒麟……」

 水影が鼻息を漏らす。

「今までの被害者と同様と考えるならば、風も何かしら、吉祥文様きっしょうもんようが刻まれし物を持っておらなんだか?」

「吉祥文様……。どうでしょう? 首飾りや指輪みたいなものは、身に付けてはいなかったので」

 麒麟が必死に思い出すも、そもそも、吉祥文様自体がどういったものなのか分からない。

「吉祥文様とは、たとえば、どういうものがありますか?」

「そうだのう。たとえば縁起物である扇や波型、動植物などが描かれておる」

「縁起物、動植物……。あ、そういえば……」

 麒麟が昨日見た、風の腕の刺青を思い出した。

「そうだ、竹の刺青……」

「竹? 竹笹文様たけささもんようか」

「じゃあ、竹も吉祥文様なんですか?」

「ああ。やはり被害者の共通点は、吉祥文様か」

 考察の構えで、水影が確証を得る。

「ならば、いつまでもちんたらしておる訳にはいかぬな。よし、彼奴きゃつに文を送るとするか」

 あっという間に策を練った水影は、とある男に文を送った。


「——で、ご依頼の品は、こちらでうておりますでしょうや?」

 禁中と後宮の狭間で、どこか不機嫌な安孫あそんが、麻袋に入った品々を渡した。その中の一つ、麻袋から扇を取り出し、その絵柄を見た水影——あい式部が、「まあ! これは一級品ですわね! 流石安孫サマ」と美しく微笑む。反して、冷めた表情で、安孫が言った。

「いきなり文が届き、れをうて来いと書かれておったので、驚きましたぞ」

「ふふ。麗しき女官からのおねだりです。男の誉れにございましょう?」

「御自分で言われて、恥ずかしゅうございませぬか、水影殿」

「はて? 水影とは?」

 どこまでも見目麗しい藍式部として、安孫を揶揄からかう。

「もう良い……。で、事が真相は、掴めそうにございまするか?」

「あと一歩にございますれば、貴殿らは、我らが合図を待たれよ」

 いきなり水影に戻り、「ん、んん」と安孫の調子が狂うも、「……承知」と答えた。

「それで、こちらがお代にございまするが」

「ああ、素晴らしき贈り物の数々、有難く頂戴致しますわ。流石は、日の本一の武人と名高き、春日安孫サマにございますわね!」

 女人の声色で、藍式部が高らかに言う。その背後には、藍式部の取り巻きである女官らが、色男——春日安孫の面通しに、きゃっきゃと胸をときめかせていた。

「まあ! 流石安孫様ですわ! 藍式部様に贈り物とは、美男美女同士、お似合いですわね!」

 女官らは、安孫と藍式部の恋模様に憧憬の眼差しを向けている。それに気づき、「う、ううむ。お代は結構にございますれば……。藍式部殿への贈り物にございまする」と安孫が自腹を切り、パシられたことに折れた。

「きゃあ! やっぱりお二人は恋仲同士なのね!」

 女中であるりん——麒麟が、ときめく女官らの傍で、遠い目を浮かべる。

「まあ、これで藍式部サマとりんの恋仲説が払拭されるのであれば、いいか。それにしても九尾様、あんなにも高い買い物に自腹を切らされるとは、お可哀想に……」

 麻袋の中には、他にも水影が依頼した物の数々が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る