第8話 手がかり
「後宮入りして未だ日が浅いとは言え、
水影が考察の構えで部屋の中を探るも、私物と思われるものは、何一つ残されていなかった。
「誰かが片付けたのでしょうか?」
「……否。後宮は、失踪した女人らの遺体が見つかるまでは、戻るのを待つ姿勢でおる。となれば、元より物数の少ない女人であったか、
「いなくなるのを見越していたか……」
麒麟の推察に、水影が高みから笑う。
「流石は我が弟子ぞ。見事な推察よ。私もその線が濃いと思うておる。それが正しいか、失踪した他の女人らの部屋を確かめようぞ」
二人が次に向かったのは、三番目に失踪した後宮歌人——
「……ふむ。
頭の中を巡らせて、水影が推理していく。歌人としても名高い水影。宮中で行われた歌会の中で、春馬小町という女流歌人など、今まで一度たりとも会ったことがない。扇で眉間を押さえながら、「此れは、何かがあるのう……」と、事件の裏に潜む闇に、息を呑んだ。
「残るは、
「女房と式部か。
水影が心配する横で、麒麟は、春馬小町の部屋の片隅に落ちていた物を見つけた。
「これは……」
陽の光に照らされていたそれは、黄金色に輝く鈴であった。そこには、五つの花びらを持つ植物が、精巧に彫られていた。
「鳳凰様、これは一体、何の模様ですか?」
拾った鈴を、水影に見せる。
「此れは……
ますます謎に満ちた事件に、水影が頭を抱える。
「とりあえず、残る女人の部屋へと参りましょう」
「ああ……」
麒麟に促され、水影は難しい顔を浮かべたまま、二人の部屋へと向かった。
戸鞠女房の部屋の前で、水影と麒麟は辺りを見渡した。女官や女中がいないことを探ると、さっとその部屋へと入った。やはり、蓮や春馬小町同様、部屋の中は綺麗に片付けられている。しかし女房という立場だけあって、着物や髪飾りといった装飾品は、多く残されていた。その一つを手に取った麒麟が、またもや
「鳳凰様、これにも鈴と同じような模様がありますよ」
「どれ。……ああ、これは
「橘文様?」
柑橘系の文様が刻まれた髪飾り。
「不老不死や長寿、子孫繁栄といった意味が込められておる文様ぞ」
「なるほど。……って、あれ? そういえば、蓮さんも……」
「ん? 蓮の部屋には、何も残ってはいなかったであろう?」
「いえ、女中の桃さんが言っていたんです。蓮さんは、牡丹の首飾りを付けていたと。もしかして、牡丹も……」
「ああ。牡丹も文様の一つだが……。牡丹、橘、宝相華……成程、
三人の共通点に閃いた水影が、顔を上げた。
「吉祥文様?」
「ああ。となると、残る蔓式部もまた……!」
そこまで話して、突如として、部屋の襖が開いた。
「なっ……!」
焦る二人の前に現れたのは、下働きの女中——桃であった。
「桃、さん……?」
「あ……。りんさん、こんな所で、何をされているんですか?」
「え? あ、ああ、実は……」
そこまで言うも、言い訳が浮かばず、水影に助けを求める。「はあ」と溜息を吐いた水影——
「貴方こそ、女中の身分で戸鞠女房様の御部屋に、何の御用かしら?」
(うわぁ、すり替えたよ。鳳凰様も、良い返しが見つからなかったんだ)
麒麟が内心そんなことを思っているとは露知らず、藍式部が上から目線で訊ねる。
「あ、すみませんっ……! 行方知らずとなられている方々の御部屋を、掃除しようと思いまして。いつ帰って来られても良いようにと……」
健気に話す桃に、良心の呵責から麒麟の表情が、きゅっとなる。
「そう……」
「でも、出直します! 御邪魔のようですし……」
そう言うと桃は襖を閉めて、厨へと戻っていった。
「なんか、可哀想なことをした気がします」
「そうか? なら、そなたが慰めてやれば良い。そろそろ持ち場へと戻らぬと、りんも上役から叱られるであろう?」
どこかつっけんどんな物言いに、「あれ? 鳳凰様、怒ってます?」と、麒麟が水影の顔を覗く。
「別に怒ってなどおらぬ。だが、ほんのちぃとばかり、謎の一つが解けそうであるがのう」
「えっ? 本当ですか? 何の謎が解けそうなんです?」
「良いから、そなたは厨へと急ぐが良い。また夜にな」
「ちぇー。分かりましたよ、行けばいいんでしょ、行けばぁ」
ふてくされたように、麒麟が桃を追って厨へと戻って行った。
「さてと、残るは
事件解決の糸口が見え始めた水影が、最初の失踪者——蔓式部の部屋へと向かった。
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