第7話 行方知れずの四人

 宵の刻限となり、水影みなかげ麒麟きりんの二人が、「疲れたぁ~」と布団に雪崩れ込んだ。

「ああ、今日もつっかれたぁー! 激務すぎー!」

 麒麟が足をバタバタとさせながら、今日一日の労働から解放された喜びに浸る。

此方こちらも疲れた。女人の恐ろしさを再確認したゆえな。はあ。ゆうに会いたい……」

 ぼそっと水影が呟いたのを、麒麟は聞き逃さなかった。

「良いなぁ。おれも恋したいなぁ」

「そなたにはまだ早い」

 またもや兄気取りで諭す水影に、麒麟の頬が膨らむ。

「そんなことありませんよー! ……って、あ、そうだ。今日、朔良式部様の御墓の掃除をしました」

「朔良式部の……」

「ええ。何でも、主上とは恋仲だったとか。鳳凰様はご存じでしたか?」

 麒麟に訊ねられ、水影は仰向けになり、天井を見上げた。

「ああ。御二方とも、それはそれは初々しかったでな。そうか、朔良式部の墓を。後宮にあるとは、知らなんだ」

「主上は何も仰いませんもんね。浮浪児だったおれからすれば、帝は何でも手に入る御方だと思っていましたが、そうじゃないんですね」

 儚く、麒麟が目を細める。

「今なお後宮に后や中宮がおられぬのは、朔良式部の件を引きずっておられるのだろう。鷲尾わしお院がおるの国では、女人を侍らせることが出来ぬ。ゆえに、月への羨望が尽きぬことがないのであろうが……」

「本当に、月へと行かれるおつもりなんでしょうか?」

「主上はその御積りで、月の国に対し、交渉奉られておいでゆえな。我らはただ、主上の瑞獣として、その決定に従うまでよ」

 そこまで話して、二人がまた、ウトウトとし始めた。

「あした、こそ……てがかりを……」

 二人は寝息をかいて、深い眠りに落ちた。その晩、二人の部屋の襖が、ほんの少し開いた。二人の寝顔に、月明かりが差し込む。月を背に現れた、一人の男。それは二人の身を案じて後宮に入った、帝であった。そのまま朔良式部の墓へと向かい、愛する故人を一人、偲んだ。


「——え? 厨番くりやばんの女中も、姿を消した一人なんですか?」

 朝餉の支度中、麒麟は下働きの女中の一人から、有力な情報を聞き出した。彼女の名前はももで、麒麟はふうの他にも、さまざまな女中らとの親交を深めていた。この短期間でそれが実現出来たのも、ひとえに麒麟が、取っつきやすい性格のおかげであった。

「それで、その人はいつ、いなくなってしまったんですか?」

「そうですねぇ、確か四、五日くらい前だったでしょうか。その子も新入りで、れんちゃんっていう子なんですけど、昨日まで普通に仕事をしていたのに、朝目覚めたら、いなくなっていて……」

「朝目覚めたら? なら、夜の内に消えたんですか?」

「恐らくは。他にも女官様方が何人かいなくなってしまわれたけど、どなたも朝気が付いたら、いなくなっていたらしいです」

「なら犯行は、夜の内か……」

 麒麟が推理の構えで呟く。

「犯行?」

「あ、ええっと、独り言です! あの、その人のお部屋って、まだありますか?」

「え? 蓮ちゃんの部屋ですか? はい。どこにいなくなってしまったか分からないけど、もしかしたら戻って来るかもしれないからと、行方知らずになられた御方の部屋は、そのままにしてあるはずですよ」

「そうなんですね! あの、もう少し話を聞いても良いですか?」

「え? はい。私で分かることであれば」

 桃の微笑みに、改まって麒麟が訊ねる。

「一連の失踪事件、四人の女人がある日突然、いなくなってしまわれたとのこと。一人が蓮さんなら、その他の三人とは一体、何方どなたなんですか?」

「えっと、確か……最初にいなくなったのは、女官のつる式部様。次に女房の戸鞠とまり様、その次が春馬小町はるまこまちという後宮歌人で、最後が蓮ちゃんです」

「蔓式部、戸鞠女房、春馬小町、蓮……。この四人に、共通点はありますか?」

「さあ? どなたも身分が異なりますし……。あ、でも、割かし後宮に入られたのが、最近であるというのが、共通点と言えば共通点かもですね」

「なるほど……」

「蓮ちゃん、美人でいい子だったんですがね。牡丹の首飾りが良く似合っていたのに……」

 桃が失踪した蓮を想い、その目を伏せた。

「大丈夫ですよ! みんな、必ず生きて帰ってきます」

 その為に今、自分たちは後宮にいる——。それを口にすることは出来ないが、そう強く、桃を励ました。その後、麒麟は桃から得た情報を、すぐに水影に伝えに行った。


「——成程、直近で後宮に入った女人らが、姿を消しておると」

 考察の構えで、水影が扇を眉間に寄せる。

「はい。どれも夜中の犯行とのこと。しかし、四人の共通点はそのくらいですね」

「うむ……。その身分も立場も異なる女人らが、何故なにゆえ失踪などしたか。一先ひとまず、その女人らの部屋へと参ろうぞ」

 立ち上がった水影——あい式部を、麒麟がじっと見上げる。

「どうした、麒麟。参るぞ」

 振り返った麗しい女官が、涼しい顔で笑っている。

「あの、鳳凰様。おれ、今回のこの事件、すごく嫌な予感がするんですが」

「何故そう思う?」

「分かりません。でも、大切な人がいなくなってしまいそうで……」

 俯く麒麟が、自分の膝を掴んだ。麒麟にとっての大切な人——それは今目の前にいる水影や、朱鷺とき安孫あそん満仲みつなかのことである。帝と瑞獣の仲であろうとも、その絆は確かなもので、物心ついた頃には親を知らなかった麒麟にとって、家族のような存在がいなくなってしまうことが恐ろしかった。

「大事ない、麒麟。私も主上も他の瑞獣らも、みな、やわではあらぬでな。たとえ千本の矢が降ってこようが、その窮地を脱せずして、何が瑞獣か。何が帝か。我ら誰一人欠けることなく、何十年先も、共に在ろう」

 息を呑むような美人から、男気溢れる言葉が紡がれた。心穏やかになる自分に気づき、麒麟もまた、立ち上がる。

「よし。では参るぞ……と、違ったな。参るわよ、りん」

「ふふ。ええ、どこまでもお供いたしますわ、藍式部様」

 女人の声で、二人はまず、最後にいなくなった女中——蓮の部屋へと向かった。


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