第4話 いざ後宮潜入捜査へ

 女官に扮した四人の瑞獣らが、御簾みすの前で平伏する。鎮座した主が「面を上げよ」と、意気揚々と命じた。

「ぶふふっ!」

 臣下が顔を上げた瞬間、帝は堪え切れず、吹いた。

「な、なんじゃ、そなたらの出オチ感はっ……! 我が瑞獣ならば、主の予想を超えて来ぬか! ふふっ、はははは!」

 腹を抱えて笑う朱鷺ときに、満仲みつなかが不服そうに言う。

「ちぃとばかり、目算もくさんがずれたのでございまする。我が十二天将の天后てんこうめが、主に反旗を翻したのですぞ」

 ぷううと頬を膨らまし、不出来な女装姿の自分を哀れむ。

「まあ、大概のことは予想出来ておったがのう。やはり安孫あそんは……ふふ、巨漢に女装は酷であったのう」

「お分かりであらば、すぐにでも元の姿に戻るよう、ご命令くだされ」

「いや、そのままぞ、安孫。それにしても、やはり水影みなかげ麒麟きりんは、最もよのう。そなたら二人は満点ぞ」

「なっ! 主上、わたくしめは?」

「満仲、そなたはそうだのう……八点」

「はちてんっ? それは十点満点にございましょっ?」

「いや、百が満点としたときの、八点ぞ」

「低すぎまするううう!」

 満仲が突っ伏して泣く。それを放置し、朱鷺は水影に目を向けた。

「やはり女人姿も似合うのう、水影」

「は。有難き御言葉にございまする」

 なるべく感情を入れずに、水影が頭を垂れた。嫌な予感しかしない。

「ところで、その女房装束の下は如何どうなっておるのだ? 小袖こそでを着ておるのか? 何とも興をそそられるでな、一枚ずつ脱いで見せてみよ」

 鼻息荒くじりじりと近づいてくる主の姿に、水影は距離を取りながら、「嫌にございまする」と拒絶した。

「なっ! 俺の望みぞ! ちぃとばかし良いではないか!」

「嫌なものは嫌にございまする。そういうことは、主上に惚れておられる女人と愉しまれてくださいませ」

「なんぞ、つまらぬではないか! 折角俺好みの女人と仕上がっておると言うに!」

「それゆえにございまする! 装束を一枚ずつ脱ぐは良うございますが、それだけでは済まぬでありましょう? 女装した臣下に鼻の下を伸ばされては、民に示しが尽きませぬ!」

「つーまーらーぬー!」

「駄々をこねまするな。折角即位一周年を迎えられたのですぞ。主上の権勢にかげりを差されるおつもりか?」

 三つ年下の水影に諫められ、満仲同様、ぷううと朱鷺が頬を膨らませる。

「しゅ、しゅじょう! かわゆいにございまする! わしと御揃いじゃ!」

 満仲が目を煌めかせ、同じように、ぷううっと頬を膨らませた。

「はあ。主上の御戯れには、困ったものぞ」

 安孫が小声で呟いたのを、隣で聞いていた麒麟が頷く。

「帝に進言出来る公達など、鳳凰ほうおう様以外いないでしょうね。まっすぐと言うか、怖いもの知らずというか……。しかし、だからこそ、主上は鳳凰様のお言葉を信じておられるのでしょうが」

 下働きに扮する小袖としびら姿の麒麟が、二人の確かな絆を称えた。安孫が顔を反らし、「それがしには、良う分からぬ」と、再び溜息を漏らした。


「——とまぁ、紆余曲折したが、の中から水影と麒麟の二人に、後宮に潜入してもらうことと相成った」

 主の決定に不服そうな表情を浮かべるも、「まあ、たぬきでは仕方あるまい」と、満仲が面倒事から免れたことに、内心喜んだ。

「とは言え、此の事件の裏に何が隠れておるか未だ分からぬでな。安孫と満仲の二人は、いつ時でも参内出来るようにしておれ。良いな」

「御意」

 安孫が恭しく頭を垂れたのに対し、「やはり、面倒事には巻き込まれるか」と満仲が鼻息を漏らしながらも、「御意にございまする」と承諾した。

「そして、後宮に潜入する二人は、しかと次のことを肝に銘じよ」

 朱鷺が改まって、水影と麒麟に注意事項を伝える。

「まず、後宮は男子禁制ぞ。本来であらば、帝以外の男が立ち入ることは赦されぬ場所。決して男であると露見せぬようにな。万一、男だとバレた際は、後宮に立ち入った罪で、そなたらの首をねねばならぬ」

「なっ! 事件解決のために動いているのにっ?」

 麒麟が絶句した。

「ああ。たとえ帝であっても、その罪を覆すことなど出来ぬでな。ゆめゆめ気を付けよ」

「ぎょ、ぎょい……」

 ごくりと生唾を呑んで、麒麟が覚悟を決めた。

「次に、失踪した四人の女人らの調査ぞ。何のいわれがあるか分からぬが、ある日突然後宮より消えたは事実。そこに隠されておる謎を解くのだ」

「御意」

 水影が力強く頷く。

「次が最後。此度こたびの事件の犯人特定ぞ。今のところ、犯人が男か女か分からぬ。単独犯か、はたまた複数犯か。此れ以上の被害が出る前に犯人を突き止めよ」

「御意!」

 水影と麒麟の二人が、朱鷺に向かい、深く頭を垂れた。

「誰が犯人なのか、誰が犯人と繋がっておるか分からぬでな。二人とも、ゆめゆめ油断すること無きようにな」

「御意。必ずや我らの手で、犯人を捕まえてみせまする」

 決意固く、水影がそう宣言した。

「一つ、宜しゅうございましょうや、主上」

「何だ、安孫」

「消えた後宮の女官らは、今なお、生きておられるのでありましょうや?」

「さてな……」

 朱鷺が考察する目を伏せる。他の瑞獣らも、同じように沈黙した。その沈黙を破ったのは、麒麟だった。

「必ず生きておられます。主上の世に、血生臭い事件は、似合いませんからね」

 朱鷺を含め、水影、安孫、満仲の四人が面喰った。だがすぐに笑うと、「そうだのう」と朱鷺がうんうんと頷く。

「ようやっと、我が世となったのだ。安穏たる国で、誰もが幸せであってもらわねば困るでな。ゆえに、何があっても必ず、消えた女官らを救い出せ。誰一人、命絶えることなど赦さぬ」

「犯人を含め、必ず生きて連れ帰りまする」

 水影が微笑みを浮かべ、頷いた。

それがしも、犯人捕縛がため、いつでも出陣致す所存にございまする」

「わたくしめはー……、犯人の動機が胸糞であった際に、主上が望まれる仕置きを致しまする。それはもう、えげつない仕置きをしてやりましょうぞ」

 安孫と満仲も、いっそう事件解決のため、尽力することを誓った。

「ああ。では各々、役目を全うせよ」

 帝の命により、四人の瑞獣らが、それぞれの役目に就いた。


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