帝と四人の瑞獣たち―偽世者(にせもの)―

ノエルアリ

第一幕「後宮女人失踪事件」

第1話 帝と瑞獣と即位一周年記念

注意:この物語は、「ヘイアン公達月交換視察~帝が王妃を妃に迎えるまで~」のスピンオフ作品です。

https://kakuyomu.jp/works/16817330669288037369/episodes/16818093076342846890


 

 鷲尾わしお帝の臣籍に下り、冷遇され続けてきた時宮ときのみや——朱鷺ときが帝に即位し、一年が経った。記念すべき即位一周年の記念式典には、彼の側近である四人の瑞獣ずいじゅう(帝の守護者)らの姿もある。

 

 優れた知恵でもって帝を導く鳳凰ほうおう——三条さんじょう水影みなかげ(幼名:相槌丸あいづちまる)。名門貴族、三条家の次男として生まれ、六位蔵人ろくいくろうど式部少丞しきぶしょうじょうとして、文官衆きっての知識を持つ。冷静沈着であるものの、好奇心旺盛であり、舞や歌にも精通した、涼しげで綺麗な顔立ちの若者である。

 

 帝の守護神であるも、主に徳なきと判断すれば、牙をむく九尾の狐——春日かすが安孫あそん(幼名:小松しょうまつ)。日の本一の武人である、太政大臣、春日道久の嫡男である。自身もまた、従五位下じゅうごいのげ兵部少輔ひょうぶのしょうゆうとして武勇の誉れ高く、筋骨隆々とした色男である。

 

 仁ある王の前に現れるとされる麒麟きりん——生まれついての名はなく、都の浮浪児から帝の影となった男。時の帝相手に、臆することなくものを言った、聡明で愛嬌に溢れる若者である。水影を師と仰ぎ、帝の影となるべく、目下勉強中である。

 

 未来が吉兆を占えてこその霊亀れいき——不動院ふどういん満仲みつなか(幼名:葛若くずわか)。自らを天才陰陽師と称するも、陰陽寮と禁中の闇を一掃すべく、その機会を虎視眈々と狙っている若者。安孫とは生まれついての幼馴染であり、瑞獣きっての自惚れであるが、可愛いの座は誰にも譲らない。

 

 そんな個性豊かな四人を従えている、若き帝(幼名:時宮ときのみや)——自らを都造みやこのつくりこ朱鷺ときと名乗り、眉目秀麗、武芸十八般を体得した、歴代最高峰の帝。美女らとの色恋沙汰を好むも、確かなカリスマ性を持ち、多くの臣下らから支持されている。隠岐おきに幽閉された叔父であり、幼子である鷲尾わしお院とは、未だ確執が埋まることはないが、自らの世を安穏へと導くため、民の幸せを一番に願っている。


 即位一周年の式典も無事に終わり、朱鷺は臣下らと共に、一息ついた。

「無事に式典を迎えましたること、我ら一同、謹んでおよろこび申し上げまする」

 水影が朱鷺の前で平伏し、それに安孫や麒麟、満仲が続いた。

「ぐっ! 何故なにゆえ三条のが仕切るのじゃ! 真、あの男だけは嫌いじゃ!」

 水影に並々ならぬ対抗心を持つ満仲が、腹の底からの苛立ちを安孫にぶつける。

「まあ、の中では、水影殿が一等先に、主上しゅじょうの臣下となられたでな。そう苛立つでない、まんちゅう。それに今日は、主上が帝即位一周年の記念すべき日ぞ。共に、素晴らしき主上が世を祝おうではないか」

「そうですよ、霊亀様。そうカリカリされていては、主上から可愛く思ってもらえませんよ」

 平伏した状態で安孫と麒麟に言われ、「分かっておるわい!」と、満仲が不満げに顔を上げる。

如何どうした、満仲。やけに苛立っておるのう」

 目の前で秀麗な朱鷺に笑われ、「ううっ」と満仲が涙をためる。

「しゅじょ~、瑞獣が中で、わたくしめが一等可愛いでありましょ~?」

「っふ。毎度毎度、満仲殿は、自らの御姿を鏡でご覧になられたことはないのですかな? ご案じ召されるな。貴殿は、美しい公達ですぞ」

 涼しい顔で満仲を褒める水影に、

「気色悪いことを申すでない、三条のっ! 貴殿がわしを褒めるなど、何を企んでおるか!」

「んー? 別に何も企んではおりませぬが。されど、これだけは言わせて頂きまする。主上が一等可愛く思われておいでなのは、の私にございますれば」

「ななっ! うそぶくでない、三条の! 主上が一等愛らしく思われておいでなのは、紛れもなく此のわし、不動院満仲ぞ!」

「おや? 主上がいつ左様なことを仰せになられたか?」

「ぐぐっ! 主上は我ら瑞獣がことを、“賢明で、勇猛で、聡明で、愛らしい”と称されたのじゃ! それが瑞獣になった順であるならば、賢明は鳳凰、勇猛は九尾の狐、聡明は麒麟、そうして愛らしいこそ、我が霊亀がことぞ! ゆえに、わしこそ一等愛らしい存在なのじゃ!」

「だからそれは、聡明と愛らしいは、麒麟がことと申したはずですぞ?」

「何故麒麟だけ二つも称されるのじゃ! 不公平じゃろう! 左様にございまするよね、主上!」

「ははは。満仲、そなたはちと黙れ」

「またそれー!」

 毎度毎度のお約束に、安孫と麒麟が「はああ」と溜息を吐く。一通りのやり取りが済んだところで、朱鷺が杯を片手に、見事な満月を見上げた。

「ああ。月は真、美しいのう」

 我が世の春に、朱鷺が月を見て、酔いしれる。

「あまり月を直接見るものにはございませぬぞ、主上」

 背後に控える安孫が、朱鷺に忠告した。

「何だ、安孫。そなたも月を、不吉なものと捉えておるのか?」

「……それが、いにしえよりの伝承にございますれば」

「なぁに。大昔に起きた月との大戦がことなど、たかが創作に過ぎぬであろう? それこそ、神代の逸話を書き記した記紀ききと同じぞ。のう、水影」

「左様にございまする」

「なっ、水影殿! 貴殿が三条家は、代々記紀を研究されてきた御家柄。それを創作などと無下むげにされ、御怒りにならぬのか?」

「別に、私は記紀が研究など、どうでも良いのです。それよりも、大昔の月との大戦の方が、探求心をそそられまする。それが真でないにせよ、何故左様な創作が生まれたのか、その謎を紐解く方が、よっぽど情熱を注ぐことが出来まするでな」

「よう申した、水影! それでこそ、我が鳳凰ぞ。いつか共に、あの月へと昇ろうぞ。さすれば、その謎も解けよう」

 朱鷺が思いを馳せて、満月を見上げる。二人の夢物語に、やれやれと安孫が吐息を漏らした。そんな安孫に、酔っぱらった満仲が絡む。

「我が真友しんゆう、安孫のすけは何処いずこじゃ~! 此処ここにおったか~!」

 安孫の背中に抱き着いた満仲が、しれっと水影に羨ましかろうと、上から目線で示す。それにイラっとした水影が、「ほーう?」と、その顔に影を落とした。

「まんちゅう! 御前おまえはまた、左様に酔っぱらって! 都をあやかしから守る天才陰陽師が酔っぱらっておっては、いつ最強の妖が都に入って来るとも分からぬぞ! 最強の陰陽師らしく、しっかりせんか!」

「うるさいのう、安孫のすけは~! のう麒麟。九尾は、口うるさい男じゃろう?」

「え? いやぁ、おれはそう思ったことは……」

うそぶくでない、麒麟よ。日頃の武芸指南の折、安孫のすけから、こっ酷くやられておるじゃろうが」

「やられてるって、言い方がもう……」

「安孫のすけは、手加減と言うものを分かっておらぬでな。まったく、日の本一の武人は、これだから困るのじゃ」

「なっ……! それがしは麒麟が一日でも早う、主上が影となるべく鍛えておるだけでっ……! そういうまんちゅうこそ、所作しょさ全般の指南の折、上手く事が進まず、式神を乱発させておるではないか!」

「ああ、確かに。宮中行事の所作を教えんとするも、麒麟に上手く伝わらず、勝手にキレて、勝手に式神を召喚させておるのをよう見るのう。すべては、満仲が指南下手というだけだろうに」

 麒麟を不憫に思う朱鷺の指摘に、「ぶふ!」と水影が吹いた。

「なんじゃあ、三条の! 何が可笑しいか!」

「別に、わろうてなどおりませぬ。ただ、満仲殿が指南下手っ……ふふ、そこで式神を召喚しても、何の意味もなかろうにっ、ふふっ……」

「おもっくそ笑うておるではないかああ!」

 満仲が指南時同様、ぶちギレた。

「まあまあ、霊亀様。落ち着いてください。おれは霊亀様が指南してくださるおかげで、色々と学べているんですよ。式神の召喚方法とか、手懐け方とか」

「ぶふっ!」

 水影と安孫が同時に吹いた。

「貴殿は何を麒麟に指南されておいでかっ……! 麒麟は、陰陽師になるのではありませぬぞ!」

「分かっておるわい! まったく、嫌味なやつじゃ! 何を今も笑うておる、安孫のすけ! 御前はわしの真友じゃろう! 三条のと仲良くするでないわ!」

 ぎゃあぎゃあ喚く満仲に、「嫉妬はよくありませぬぞ、満仲殿」と、今度は水影が安孫の腕を掴み、その体に寄り添う。

「ぎゃあああ! 今すぐ安孫のすけから離れよ、三条の! わしの真友を取るでないわあああ!」

 騒々しい声が宮中に響き渡る。そこに、ずんずんと近づいてくる、一人の公達。

「いつまで騒いでおる! ガキはさっさと床に入らぬか!」

「ぎゃふん!」

 公達——春日道久は、満仲にだけ拳骨を落とし、スタスタと仕事に戻っていった。その一連の動作を黙って見ていた、他の面々。

「相も変わらず、貴殿の御父上の迫力は凄まじいですな、安孫殿」

「あの拳骨で黙らぬ者はおりませぬゆえ……」

「霊亀様、かわいそう……」

彼奴きゃつの場合、自業自得だな」

 水影、安孫、麒麟、朱鷺が順番に言葉を発する中、満仲だけは沈黙した。そうして一人隅に座り、ずーんと落ち込む。

「なにゆえじゃ、なにゆえわしがいつも、斯様かような役回りをせねばならぬのじゃ……」

「れ、れいき様、ほら、今日は主上の即位一周年の記念日なのですから、皆で楽しく過ごしましょう!」

 見かねて、麒麟が満仲を元気づける。

「わーん! 麒麟だけじゃ、わしの真友はー!」

 麒麟の膝に抱き着いた満仲に、「え? 違いますけど」と、きっぱりと麒麟が否定した。

「……」

 再び隅に戻った満仲を見て、「れは駄目だ」と、安孫と水影が麒麟の肩に手を乗せ、「めっ!」と首を横に振る。


「——とまぁ、一悶着ありはしたが、こうして皆と即位一周年の記念を迎えられたことを、喜ばしく思うておる。これからも頼むぞ、水影」

「御意にございます」

「安孫」

「御意」

「麒麟」

「麒麟は主上と共にありまする」

「満仲」

 つーんとそっぽを向く満仲に、やれやれと、朱鷺がその性分を逆手に取る。

「俺の一等愛らしい霊亀よ、頼むぞ」

「ぎょいいいい!」

 目を煌めかせ、満仲が返事をした。それでも朱鷺は、力強く頷いた。水影は疲労の吐息を漏らし、安孫は調子が戻った真友に安堵し、麒麟も何だかんだで微笑ましく思った。

 その場がお開きとなり、朱鷺が自室へと戻っていく中で、おもむろに満仲が訊ねた。

「主上は近頃、しかと眠れておられますかな?」

「何だ、満仲。急に如何どうした?」

「少々、気になったもので……」

 それまでひょうきんな役回りをしていた満仲に、朱鷺が本来の性根を見る。

「……真、我が瑞獣は、愛らしいのう」

 そう小声で呟くも、「大事ない。俺は何処いずこであろうとも、眠れる性分なのでな。案ずるな、満仲」と、その憂いを取り除いた。



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