蓮とアネモネ

天ノ音 クロナ

ヤバい人なのかもしれない

ピピピッ…ピピピッ…


聞き慣れたアラームの音で僕、宮野蓮は三度目の目覚めを迎える。


今日の日付は4月9日、高校の入学式当日

本来ならば今頃は、新しい仲間たちを顔を合わせて、華々しい高校生活デビューをしている頃なのだけど…

やっぱり、この体に染みついた不登校という生活が高校生になったというだけの事でいきなり変わるという事もなかった。


一度目の目覚めの時はきちんと登校時間前だった、だけど…いざ制服を手に取ると一気に行く気が失せるというか、登校という行動に対して体が拒否反応を示してしまい…結局そのまま二度寝を決行してしまった。


結果、新しい担任の白川先生からの鬼電により二度目の目覚めを迎え、『無理をしなくても自分のペースでいい、だが早いうちにクラスメイトと顔を合わせるぐらいはしておけ』と、ありきたりな発言を聞かされて通話後にどっと疲れを感じ、一応昼過ぎにアラームをかけてから再び深い眠りについた…


そして今に至るわけだが、流石の僕も少しぐらい外に出なくてはという気に駆られている…

このままだとせっかくの高校生活も最初から最後まで不登校で終わってしまうのが目に見えていたから

せめてこの新しい制服を着てこれから使う通学路を歩くことにだけは慣れておきたいよね


僕は重い体を無理やり起こして、自分の中の葛藤と闘いながら時間をかけて制服に着替え、とりあえず鏡の前に立ってみる。


「なんっか落ち着かないんだよなぁ…って言うか、こんなに可愛らしい服…僕には全然似合ってないし」


当たり前のことだけど、僕は生まれた時から女の子。

でも…こういう女の子らしい格好は昔から苦手、初登校を諦めた理由もこのあまりにも可愛らしい服を着ることに強い抵抗感を感じていたことが大きい

でも、変わるためには行動しなきゃだよね…正直この格好で外出るのは、ほんっと嫌だけど…

そう思いながら僕は数秒間の沈黙を挟んでから、覚悟を決めて玄関の扉を開く。


「うっ…眩しい…」


今日の天気は快晴、雲ひとつない無垢な青空から照りつける穏やかな春の日差しが、長い引きこもり生活で弱った僕の目と肌にクリティカルなダメージをあたえてくる。


この時点ですでに部屋の中に引き返したいと強く思ったけど、そんなことでは登校なんて夢のまた夢

これは試練なんだと自分に言い聞かせて足を前に動かす。


「でもなぁ、今から通学路を歩いてみる気力ないしなぁ…無難にゲーセンでも行って遊ぼうかなぁ…」


まぁ、今回の主目的はこの服装で外に出ることに慣れることにあるし、それでも問題はないかなと思って道を変えようとしたんだけど…


「あら、学校はそっちの方向じゃありませんわよ?」


「えっ…?」


不意に声をかけられたその方向に目をやると、そこにいたのはいかにもお嬢様という雰囲気をその身に纏ったブロンドの美少女だった。


「待ってましたわよ宮野さん、貴女が自らの意思で家を出てくるその瞬間をね♪」


その美少女はそう言うといきなり僕の頭を撫で始める。


「ちょっ、いきなり何を…って言うか誰!?」


「あらごめんなさい、聞いていた話よりも可愛らしいお姿をしておられたのでつい…ね?」


「そ…そんなお世辞はいいんだよ!君は誰かって質問の方に答えて欲しいんだけどっ!?」


「あら…?私の事は白川先生から電話で聞いていらっしゃるはずなのですけど…忘れてしまったのですか?」


「先生から…?あ、え…えっと、ちょっと待ってね今思い出すから」


僕は二度目の起床の時に半分ぐらい寝ぼけて聞いた白川先生との通話を必死に思い出す

そういえば…不登校の僕がいきなり学校に通うのも難しいだろうという事で、ボクの学校生活全般をサポートしてくれる子を用意しておくとか言ってたような気がする…

確か名前は…


「えっと…姉崎さん、であってる?」


「えぇあってますわよ♪思い出せて偉いですわねぇ〜♪」


そう言って再び僕の頭を撫で始める彼女は姉崎萌音さん、先生の話によれば僕と同じクラスの生徒で、これから毎日僕を迎えに来て一緒に登下校してくれるサポート役らしい


「っていうか、入学式終わったのついさっきとかだよね?こんな時間になんで僕の家の前で待機してるのさ?」


「あら、私は朝からいましたわよ?何度かインターホンも鳴らしましたし、それでも返事すらないので仕方なくここで待機していたというわけです」


「朝からって…流石に返事なかったら諦めなよ!僕ぐっすり寝てたよ!っていうか姉崎さんもここにいたなら初日からサボりってこと!?」


「えぇ、結果的にそうなりましたわね」


「なりましたわね、じゃないんだよ!もうお昼過ぎてるんだよ?姉崎さんずっとそこに立ってたってわけ!?」


「はい、6時間と少しの間こうして棒立ちしておりましたわ♪」


「なっ…もしかして、姉崎さんってヤバい人なの?」


「そうですねぇ、自分でもびっくりです、私はヤバい人なのかもしれません♪」


まだ顔も見たことがなかった僕のことを、先生に頼まれたからと言う理由だけで6時間以上も待ってくれていた…そしてそれを苦にも感じず楽しそうに話す姉崎さん

本当にヤバい人なのだなと感じつつも、不思議と彼女に嫌悪感を抱く事はなく、むしろ…そんな彼女に対して興味を惹かれているほどだった。


「………もしかして、明日も僕が家から出てこなかったらずっと待ってるとか?」


「いえ、休むと連絡をくれれば私も諦めて学校に向かいますよ?」


「つまりは何も言わなかったら待ってるって事だね…」


「はい♪ですので、休む時は電話でもメールでもチャットでもなんでもよろしいのでお早めに連絡をしてくださいね?」


そう言って彼女は電話番号とチャットアプリのコードの書かれた名刺のような紙を差し出してきたので、それをきちんと両手で受け取って無くさないように財布にしまう


「………えっと、それじゃあ…話も終わったみたいだし、僕はこの辺で…」


「あら、今から学校に向かってもとっくに入学式は終わっていますわよ?」


「いや、それはわかってるけど…その…僕は別に学校に行くわけじゃなくて…他の予定が…」


「わざわざ制服に着替えておいて学校以外の予定…妙ですね?」


「なっ…これはこの服に慣れるために着てるんだよ!そ、その…別に変なことをしに行くわけじゃないから安心してよ」


「怪しいですわねぇ…そのご予定、念の為に私もご一緒しましょう」


「まぁ…いいけど、ぶっちゃけゲーセン行くだけだし…」


「ゲーセン…?」


そうして僕は本来の目的…ではないけど、行こうと思ってた学校と真逆の方向にあるゲーセンに向かう。

やっぱり、楽しい場所に向かうと思うと自然に足取りが軽くなるよね

そんな僕の後ろで姉崎さんはゲーセンという単語がよくわかっていないのか、不思議な顔で考え事をしながらついてくる。


「ほら、ついたよ?」


「ここがゲーセン…なるほど、ゲームセンターの略称でゲーセンということでしたのねっ♪」


「……さっきから思ってたけどさ、ゲーセンがピンと来てないその感じ…、姉崎さんってまさか世間知らず系お嬢様だったりする?」


「まぁ…そういうことになりますかね?」


「なるほどね、じゃあ…せっかくだし今日は僕がゲーセンの楽しみを姉崎さんに教えてあげるよっ♪」


店内に入ってまず初めにやるのはいつも決まってクレーンゲーム、特に可愛いぬいぐるみが景品になってるやつ。

僕はいつも通りに筐体に100円を何枚か投入して400円をかけてぬいぐるみを手に入れたんだけど…


「むぅ、これはなかなかに難しいですねぇ」


「いい加減諦めたら?そんなに欲しいんなら僕が代わりに取ってあげるよ?」


「いえ、ここまできたら私はこの景品を自らの手で獲得しなければ気がすみませんわ!」


結局、姉崎さんは3千円ほどを費やしてやっとの思いでぬいぐるみを手に入れてた

あれ絶対買った方が安いやつだけど…彼女、とっても満足そうな目をしてたからまぁいいのかな?


そして次にプレイしたのは、お金を入れてカード購入してそのカードを使って戦うタイプのゲーム。

僕は昔からこのタイプのゲームにものすごいお金を費やしてて、お年玉とかお小遣いは大体レアカードのために消えていく。


「ふふっ、このカードとってもキラキラしていて綺麗ですわね♪」


「なっ、それシークレットレアじゃん!しかも唯一情報公開されてなかったやつ!」


「あら、そんなに珍しいカードなのですか?」


「珍しいなんてレベルじゃないよ!僕一回もシークレットレア地引きしたことないのに…!」


そしてその次はメダルゲーム。


「ジャックポット…ですわねっ♪」


「なっ、早くない!?」


そして格ゲー。


「今のは反則ですわ!あれがなければ私が勝っていたはずで…」


「はいはい、言い訳は見苦しいよ?」


パズルゲーム。


「ざっとこんなものですわ♪」


「に、20連鎖!?」


そんな風にいろんなゲームを楽しんだ。

普段は1人で遊びに来てるゲーセンも、姉崎さんと2人で来るとなんだか新鮮で

気づけば時間はあっという間に夕方になっていた。


「ふふっ、今日はとても楽しい1日でしたわ♪」


「それは良かった…でも、確かに2人でゲーセンっていうのも案外楽しいものだね」


「ゲーセンに限らず、お友達と一緒ならどんな事だって楽しいはずですわよ?」


「友達と一緒なら…か、長いこと友達なんていなかったからなぁ…すっかり忘れてたよ」


「ふふっ、少しは学校に行って友達を作ってみたいと思えましたか?」


「それはちょっと…まぁ、ちょっとだけね…だからその…!」


「これからも私に一緒に遊んで欲しい…そう言いたいのですわよね?」


「うん、だめ…かな?」


「私たちはもうお友達、わざわざそんなお約束をする必要もないのではないですか?」


「友達…そっか、じゃあ明日も一緒にゲーセンに!」


「あら、それはダメですわよ?明日は学校ですもの、とりあえず…一度登校だけでもしてみるところから始めてみましょうね♪」


「うっ…そ、それは…」


「大丈夫ですよ、私がついていますからっ♪」


「何が大丈夫なのかはちょっと理解できないけど…まぁ、そこまで自信持って言うなら頑張ってみようかな」


「まぁ、明日が無理でも私は毎日迎えに行きますし、登校しなかったからといってどこかに行ったりはしませんから少しづつ、ゆっくりと頑張っていきましょうね♪」


「うん、ありがとう…じゃあまた明日ね?」


「ええ、また明日ですわね♪」


そんな感じで、僕は高校生活初めての友達を手に入れた。

姉崎さん、なんかとっても変わってて危ない雰囲気のする人だけど…あの人と一緒なら学校に通うという僕にとってはとても高いハードルを乗り越えられる気がしてきた。


これから先のことは不安だらけで、正直何一つ上手く行く気はしていないんだけど…でも、姉崎さんと一緒なら、こんな僕でも少しは変わっていける…のかな?

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蓮とアネモネ 天ノ音 クロナ @kuro_amane

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