第9話  神の助力 前編

「今日仕入れたばかりの商品だ、見てってくれ!」

「お嬢さん、この髪飾りを見ておくれ。あんたによくお似合いだよ!」


 客引きの声を笑顔で断りながら、街娘に扮したティアリーゼは慣れた様子で街を歩いていた。

 ドレスは神殿長に頼み今着ている服と小金に変えてもらった。

 冤罪を晴らすため暗躍するにはドレスで動き回るのは目立ちすぎる。


 また、神官の衣も別の意味で目立つ。

 聖霊力が多い神官は、時に人々の代わりに祈りを捧げることもある。

 神官姿で街をうろつこうものなら、代わりに祈りを! と群がられてしまうのだ。


 だからお忍びと同じように街娘の姿で歩いていた。


(最後にお忍びの街歩きをしたのはかなり前だけれど、問題はなさそうね)


 お妃教育に明け暮れていたとはいえ、気晴らしもなく続けるのはいくらティアリーゼでも無理だった。

 たまにしか出来なかったが、お忍びで街に出ては人々の活気に元気をもらっていたのだ。

 久々に見る民の様子にまた元気をもらえているような気がする。


 今は助力を願うためグリードの屋敷に向かうところだった。

 昨日は王太子の護衛騎士の立場があるため強くは出てくれなかったが、あの場で声を上げてくれたのだ。

 幼馴染みとしての親しさもある。助力を願い出たとしても無碍にはされないだろう。


 それに屋敷へは公爵令嬢としてではなく神官として訪ねる予定だ。

 貴族でも神に祈りを捧げるのが自然なこの世界では、神とをつなぐ神官を蔑ろにするのは神への冒涜でもある。

 まして他の目を気にする必要のある貴族が、神官を門前払いするということはほぼないだろう。


 屋敷に近づいたら神官の衣を着る必要はあるが、羽織って前を留めるだけなので問題は無い。

 それよりも問題があるとしたら……。


「姉ちゃん、えれぇべっぴんさんだなぁ。あんたみたいな子を募集してる仕事があるんだ。ちょっと話を聞いてかねぇか?」

「え? いえ、私は……」


 一人で歩いていた所為だろうか。

 少し乱暴そうな男に絡まれてしまった。


 お忍びの場合は誰かが近くにいて護衛の役割をしてくれていた。

 だが、完全に一人となるとこのように絡まれてしまうのだとも話だけは聞いていたのだが……。

 まさか早速絡まれてしまうとは。


「ほら、こっちだ」


 やんわり断ろうとするが、強引な男はティアリーゼの手首を掴み人気のない方へと連れて行く。

 抵抗を試みようとも思うが、無理に留まっても掴まれている手首が痛むことにしかならないと思い渋々ついて行った。


(困ったわ。あまり大きな騒ぎは立てたくないのだけれど……)


 ティアリーゼには魔術と神術どちらも使える力がある。

 その力を使えば不届き者から逃れるのは簡単だ。

 だが、普通の街娘はそよ風を起こす程度の術しか使えないため目立ってしまうだろう。

 最悪術を使うにしても、人目の多い場所は避けたいと思ったのも男について行った理由だった。


 だが、ティアリーゼの危機と見たのか肩に止まっていたピューラが男に纏わりつくように飛びはじめる。


「ピピピ!」

「わっ、なんだこの鳥? 邪魔くせぇ!」


 男は鬱陶しそうに太い腕を振り回す。その様子にティアリーゼの方が慌てた。

 こんな太い腕に当たったら、ピューラのような小さく可愛い小鳥はひとたまりもない。


「ピューラ! 大丈夫よ。大丈夫だからこっちにおいで」


 呼ぶと、「ピュー」と不満そうに鳴きながらピューラはティアリーゼの肩に止まる。


(大丈夫。人気のないところに行けば術を使っても目立たないわ)


 自身の考えを伝えるように肩に止まったピューラのくちばしを指先で撫でると、男から逃れるための準備をする。

 魔力を集中させ、頃合いを見て魔術を行使出来るように。

 だが――。


「すまないが、私の連れをどこに連れて行くつもりだ?」

「え?」


 突然掛けられた良く通る男の声。

 聞き覚えのある、耳に心地よい低音にティアリーゼはその姿を見ることなく相手が誰か分かった。


「っ!」

(ストラ様っ!?)


 ずっと推してきた方の生の声だ。

 ましてや聞いたのはつい昨日の事。忘れるわけがない。

 聞いたのはほんの僅かな時間とはいえ、しっかりと鼓膜に刻み付けていた。


「ああん? 何だてめぇ……は……?」


 先に振り返った男がストラを見て言葉を止めた。

 突然の神の出現に驚いているのだろうか?


(でも、姿だけでストラ様だと分かるのは私くらいなのではないかしら?)


 不思議に思いながらティアリーゼも振り返り、固まった。


 そこにいたストラは、真っ直ぐな黒い髪はそのままに、目の色は赤茶、服装も黒を基調にはしていたが平民の男性の服を着ていた。

 神力も抑えているのか神の持つ独特の雰囲気もない。

 ただ、美貌はそのままなので普通に圧倒されてしまう。


「私の連れをどこに連れて行く? と聞いたんだが?」


 僅かに眉を寄せ、不機嫌そうに彼は近付いてくる。

 その洗練された美しさに圧倒されたのだろう。

 男はティアリーゼの手首を離し後退りした。


「あ……な、なんだよ。連れがいたのか。……その、だったら他当たるわ。じゃあな!」


 言うが早いか、男は走り去って行く。

 何とも切り替えが早い。


「あの……ストラ様?」

「ん? なんだ?」


 一応確認のため名を呼ぶと、先ほどより幾分柔らかくなった声が返ってくる。

 人間の平民に扮してはいるが、やはり紛れもなくストラだったらしい。


「えっと……どうしてここに?」


 何から聞くべきかと数秒悩み、まずは一番気になることを質問した。

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