第7話 冤罪 中編

「よく来た、ティアリーゼ」


 案内された城に隣接するテシュール湖近くの庭園にて、フリッツは怒りを隠すことなくティアリーゼを睨んでいた。

 その隣の席には当然のようにメラニーが座っている。


 雪が降らぬ土地とはいえ、湖から吹き込む風は凍えそうなほど冷たい。

 そんな場所でお茶会などあり得ないだろうと、案内されながら不審を抱いていたが……案の定だった。


 一応テーブルセットは準備されており、ティアリーゼを待っていた面々が身体を温めるためお茶を嗜んでいた。

 だが、そのテーブルセットにティアリーゼの席はない。


 ティアリーゼについてきてくれた公爵家のメイドも、お茶会の場には来ないようにと王宮内の一室に案内され遠ざけられた。

 その時点でもおかしいと思ったが、これで決定だろう。

 このお茶会は話し合いとは名ばかりで、いつものようにティアリーゼにありもしない罪を着せて責め立てるだけのものなのだ。


「ごきげんよう、王太子殿下。本日はお招きいただき光栄にございます……ですが」


 状況を把握しながらも、洗練された所作で挨拶の言葉を告げる。

 だが、彼らが何かを言う前にティアリーゼは先手を打った。


「最近急に冷え込んで来てしまったせいで、少々風邪気味なのです。このような場所でのお茶会ですと悪化してご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。申し訳ありませんが、お話し合いはまた後日とさせてくださいませ」


 片手を頬に添えながら、申し訳なさそうな笑みを浮かべてお断りの言葉を発する。

 相手に話し合いをするつもりが無いのは明白なのに、自分がいる意味など無い。


(これはお父様たちにも協力してもらわなければ解決出来ないわ……)


 できれば自分たちの間だけで解決出来るようにと思っていたが、ここまでこちらの意見を聞こうとしないのであれば上の立場の人間から言葉が必要だと感じた。

 父と国王夫妻は外交で城を空けているためすぐに対応は望めない。だからこそ、この不毛なお茶会は早々に退出すべきだろう。


 ティアリーゼはすぐに『失礼いたします』と退出の挨拶を告げて踵を返す。

 だが、当然ながらすぐには帰してくれそうになかった。


「待て、ティアリーゼ! 私は退出を許してはいないぞ!」


 立ち上がったフリッツに強く叫ばれ足を止めざるを得なくなる。

 仕方なく振り返ると、フリッツはメラニーの手を取り彼女を立ち上がらせていたところだった。


 他の令息たちは座ったままティアリーゼを睨み上げているし、グリードは表情を引き締めてはいるがやはり困り果てているのかその水色の目に戸惑いが現れている。

 どう見ても長居したくはない状況だ。

 どうにか早くこの場を去る方法はないかと思考を巡らせているうちに、立ち上がったメラニーが顔を上げた。


 はじめは悲しげだった彼女の表情は、ティアリーゼと目が合った瞬間怒りの眼差しに変わる。

 そのままメラニーは挨拶もせず叫ぶように語り出した。


「ティアリーゼ様……あなたがこんなことまでするとは思いませんでした!」

「は?」


 いきなりの非難の言葉に頭の中には疑問符しか湧かない。

 こんなこと、とはなんのことだろうか?

 ティアリーゼの方からメラニーにしたことといえば、マナーを無視した行動を窘めたり言動を注意したことくらいだ。

 こんなこと、などと言わるようなことをした記憶はない。


 意味がわからず眉を寄せるだけだったティアリーゼに、メラニーは赤みを帯びた茶色の目に涙を溜めて話し出した。


「私に毒の入ったお茶を飲ませようとするだなんてっ!」

「なにを言っているの?」


 【毒】という言葉に表情が引き締まる。

 どうやら、いつものように勝手な解釈で投げつけてくる言いがかりとは様子が違うようだ。


「お前がメラニーへ贈った茶葉に毒が混入していたのだ」


 ティアリーゼの疑問に、フリッツがメラニーの言葉を継ぐように話した。

 なんでも、念のためと毒見したメラニーの側仕えがいきなり倒れ、そのまま死んだように眠りずっと目覚めないのだとか。


「かわいそうなエリー……私がティアリーゼ様から頂いた茶葉を飲もうなんて言わなければ……ううぅっ」

「泣くなメラニー、お前のせいなどではない。毒を盛る者が悪いのだ」


 顔を伏せて泣き出すメラニーをなぐさめたフリッツは、横目でティアリーゼを睨んでいた。

 ティアリーゼは複数の刺すような視線にさらされながら考える。


(私が茶葉に毒を? いいえ、それ以前にメラニー様へ茶葉なんて贈ったかしら?)


 もちろん毒など盛ったことはない。まして、決して仲が良いとは言えないメラニーへ茶葉を贈るなどあり得ない。

 思い当たることがまったく無く、それも言いがかりかと思ったときメラニーが顔を上げた。


「でも、私嬉しかったんですよ? ティアリーゼ様がいらないからという理由で手放したものだとしても、私にくださったということが……とても、嬉しかったのです!」


 嘆くメラニーはまた「わっ」と声を上げて泣きはじめてしまう。

 すると座っていた他の令息たちも立ち上がり、みんなでメラニーを囲み慰めの言葉を掛け始めた。


 ティアリーゼはそれを冷めた目で見つめる。

 いつもの光景ではあるが、勝手に悪者にされる身としては茶番としか思えない。


 それに、メラニーの『いらないから』という言葉で自分がメラニーへ茶葉を渡したことを思い出した。


 だが、あれは元々ティアリーゼの持っていたものではない。城に届いたものだ。

 城で使うものだというのに、ランクの低い茶葉が届いたと困っていたメイドたちがいたので助言していたのだ。


『仕方ないわ。城で使うわけにはいかないのだし……使用人たちでわけなさい』


 そうして軽く指示を出していたところにメラニーが現れたのだ。

 何故茶葉を配っているのか聞かれ、話せない理由もないので経緯を説明すると自分も欲しいと言い出した。


『いらないのでしたら、私にもください!』


 そう何度もしつこく言うので、仕方なくメイドたちに分けるよう指示して渡したのだ。


(……まさか、あのときのことを言っているというの?)


 あれを贈ったなどと言うには無理があるだろう。

 だが、どんなに思い返してみてもそれ以外にメラニーへ茶葉を渡したことなどない。

 あのときの茶葉だとすると、自分が毒を混入させる隙など無かったのだからこれは確実に冤罪である。

 ちゃんと話を聞けばすぐにわかることだというのに、この場にいる者達は泣いているメラニーの言葉しか信じていないようだった。


「かわいそうなメラニー」

「君はあんな悪女でも仲良くしようとしていたんだね」

「そんな優しいメラニーの思いを踏みにじるなんて……」


 再び、フリッツや令息たちの視線が刺さる。

 射殺しそうなほどの視線に、流石のティアリーゼもたじろいだ。

 すると正面に向き直ったフリッツが低い声で周囲を守る数人の騎士に指示を出す。


「ティアリーゼを拘束せよ」

「っ!? なにを!」


 驚くティアリーゼのことなどお構いなしに、騎士たちは無礼にもティアリーゼの腕を拘束し動けないようにしていく。

 ティアリーゼはまさかこのような乱暴なことまでされるとは思わず、狼狽した。


「離しなさい! 無礼にもほどがありますよ!?」


 だが、ティアリーゼの叫びを聞き届ける者は一人しかいない。


「フリッツ様!」


 耐えきれない、といった風に声を上げたのはグリードだ。

 彼はフリッツの側へ行き跪くと「お待ちください」と進言し始める。


「ティアリーゼ様がメラニー嬢を毒殺しようとしたというのは本当に事実でしょうか? 現在、その証拠となるのはメラニー嬢の証言だけだと思うのですが」


 一人でも今の状況のおかしさを理解している人物がいたことにホッとする。

 彼の言葉で、メラニーの証言だけでティアリーゼを罪人のように扱うことの異常さに周囲も気づいてくれれば良いが……。


 だが、そんな期待も淡いまますぐに消え去る。

 跪くグリードを冷たく見下ろしたフリッツは、淡々と耳を疑うような言葉を口にした。


「メラニーが言うならばそれが真実だ。彼女を害そうとしたティアリーゼをこれ以上生かしておくことは出来ない。……処刑する」

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