第6話 冤罪 前編
ギィ、と音を立てて朝日が射し込む木製の窓を開く。
早朝の爽やかな空気を吸い込み、ティアリーゼは僅かに残る微睡みを吹き飛ばした。
「さあ、次は冤罪を晴らさなくてはね」
「ピピピ!」
同じく目を覚ましていたピューラにこれからやるべきことを告げる。
昨日無事に洗礼を受けたあと、落ち着きを取り戻した神殿長から神官としての衣を受け取った。
そのまま神殿内に泊まれる部屋を用意してもらい、一晩を過ごしたのだ。
貴族の令嬢が一人で洗礼を受けに来た上に、そのまま神殿に泊まるなどおかしな話。
だが、神殿長は何か訳ありと見て深くは追及してこなかった。
側仕えがいないのは不便ではあったが、基本的なことは自力で出来る。
魔術も使えるし、神官となったことで自由に神術も使えるようになった。
そんなティアリーゼにとっては手間がかかるという以上の不便はない。
質素で申し訳ないが、と用意してくれた朝食を部屋で食しながら、ティアリーゼは整理するために今までのことを思い出していた。
***
神々と人が近しい世界・ハイリヒテル。
そんな世界で大きくも小さくもない無難な中立国・アインツの公爵令嬢として生を受けたのがティアリーゼだ。
地位も魔力も申し分なかったため、次期国母として王太子の婚約者とされてしまった。
とはいえ、王太子であるフリッツは責任感も強く「共に国を支えて行こう」とお互いを尊重しあっていた。
ティアリーゼもフリッツに対して恋情は抱かなかったが、国を支える同士として信頼関係を築けていると思っていた。
なのに、一人の子爵令嬢がフリッツと親しくし始めたことにより二人の絆は崩れてしまう。
フリッツは王太子。
いずれ王となるからには側妃の一人や二人はいてもおかしくはない。
むしろ王というプレッシャーに耐えるため、彼の心を癒やす存在も必要だとティアリーゼは考えていた。
他の者より少々推し神に向ける思いが強い自分は、フリッツの同士にはなれても彼を心から愛し癒やすことは出来ないだろうから、と。
だからティアリーゼも口をはさむつもりはなかったのだ。
……なかったの、だが。
問題は、その子爵令嬢――メラニー・ムバイエにあった。
自分よりも高位の貴族に気安く接し、下位の者には高慢に振る舞う。
しかもフリッツ以外にも婚約者のいる男性に近付いたりと評判が悪い。
フリッツの側妃になりたいのであれば態度を改めるようにと注意せざるを得なかった。
だが、注意した途端彼女は泣いたのだ。
「態度を改めろだなんて……酷いです、私は皆様と親しくなりたいという思いでお話しているだけですのに……」
突然泣かれて驚いたが、続いた言葉に唖然とする。
「ティアリーゼ様は私に嫉妬されているのですね? 私がフリッツ様と親しくしているから……ですが信じてください! 私はフリッツ様のことを友人としか思っておりません!」
一気にまくし立てたメラニーは、大きなそぶりでその場に
それを驚きの眼差しで見つめながら、ティアリーゼはどこから突っ込めば良いのだろうかと悩んだ。
メラニーとフリッツがいい仲なのは明白なのだ。
一応隠れてはいるようだが、二人が口づけを交わしていたという話を聞いたことがある。
ティアリーゼ自身も、明らかに親密な雰囲気で抱き合っている姿を実際に目にしたことがあった。
あれで友人と言い張るには無理があるだろう。
二人が抱き合っている姿を見たとき、寂しいと思ったのは確かだ。
だが、それは大事な仲間や家族が離れて行ってしまったような感覚で、嫉妬という感情ではなかった。
あのとき、やはり自分はフリッツのことは同士としか思っていないのだなと再確認したのだ。
だからこそ、メラニーにはフリッツの側室として彼を愛し癒やす存在になって欲しい。そのために周囲から祝福されるように、少々傲慢とも取れる態度を改めて欲しいと願ったつもりだったのだが……。
フリッツを友人だと言い張る彼女に、どこからどう説明するべきかと悩む。
そうして軽く途方に暮れているうちに、フリッツがメラニーと親しくしている貴族の令息達を連れて現れ、ティアリーゼを非難しはじめたのだ。
「ティアリーゼ、メラニーになにを言ったのだ!?」
「こんなに泣いて……よほど酷いことを言われたのでは?」
「時期国母となられる方が、このような……」
詳しい事情も聞かず一方的に告げる男達に、ティアリーゼはなんの茶番を見せられているのかと思った。
「ちがっ、違うんです! 私が悪いのです! 私が必要以上にフリッツ様のお側にいるから……」
しかも彼らを止めようとしているメラニーの言葉も的外れだった。
ティアリーゼはフリッツの側にいるな、などとは一切口にしていない。
悪い噂が立ちかねないので人目を気にしろと言っただけ。それと、フリッツと共にありたければ下位の者にも優しく接するようにと忠告しただけだ。
なのにこの言動……彼女はなにを聞いていたのだろうか?
「私の側にいるからなんだというのだ? ティアリーゼ、そなたが嫉妬に狂う女だとは思わなかったぞ?」
メラニーの話を聞き、フリッツはティアリーゼをにらみ上げた。
その若葉のような緑色の目に宿るのは本気の怒り。
滅多に感情を荒げない彼の本気さに、ティアリーゼはさらに戸惑った。
フリッツは優しく優秀で、今までも様々な諍いを収めてきた。
しっかりと双方の意見を聞いて、共に妥協点を模索したり、理路整然と説明を加え正したり。国を治める上で必要な能力をしっかり身につけていたはずだった。
なのに今一方的にティアリーゼを責める彼はなんなのだろう?
共に国を治める同士として認めた相手とは思えず、困惑する。
恋は盲目というが、そのせいだろうか?
だとしても、今までのフリッツと違い過ぎる気がした。
「嫉妬でメラニー嬢を攻撃するなど、恥ずかしいとは思わないのか!?」
「あなたのような方がフリッツ様の婚約者など……嘆かわしい」
一方的で的外れな苦言が次々と投げかけられる。
ティアリーゼを非難していないのは、フリッツの護衛騎士でありティアリーゼの幼馴染みでもあるグリードくらいなものだ。
そのグリードすらも、戸惑いなのか困ったように見守るだけでティアリーゼを罵る令息たちを止めることが出来ていない。
そんな騒ぎを聞きつけて、周囲に人が集まってきた。
人目が多くなってしまったこともあり、この件は後ほど落ち着いてから話し合った方が良いだろうとティアリーゼは判断する。
そうして彼らのおかしさをその場で追求することなく、後回しにしてしまったのが悪かったのか……。
話し合いの場を整える前に似たような騒ぎを何度も起こされた。
やっとの事で場を
なかなか話し合いの場に来てもらえず、今度は説得の日々が続くことになった。
それがフリッツ主催のお茶会への招待状が届いたことで一転した。
【こちらで場を整えた。話を聞こう】
招待状には、思いやりの欠片もない淡々とした文面。
日々の状況を思うと不安しかなかったが、話し合いはせねばならぬだろう。
そう覚悟を決めて出向いたというのに……。
話し合いという名目のお茶会は、一方的な断罪の場だった。
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