第5話 神に仕える者 後編

「さぁ、こちらへ」


 神殿についたティアリーゼは穏やかな笑みを浮かべる神殿長に奥の祭壇へと案内された。

 こぢんまりとした神殿はすぐに祭壇にたどり着く。

 祭壇には五柱の大神を光の神・リヒテルの神像を中心に横並びに祭られている。

 どの神殿もこのような形状の祭壇なのだ。


「でも本当によろしいのですか? そのお年まで聖霊力を調べていないということは魔力が多いのでしょう?」


 洗礼の準備をしながら神殿長は確認するように聞いてくる。

 貴族で、魔力が低く神官になるつもりならもっと幼い頃に調べているはずなのだ。

 神殿長が確認したくなる気持ちはわかる。


「少々事情が変わりまして……それに神官となるのは私の夢でもあるのです。後悔などいたしませんから、大丈夫ですよ」


 ニッコリと、暗にこれ以上追求しないで欲しいという意味をこめて微笑みながら答えた。

 そんなティアリーゼを見た神殿長は、柔和に微笑み「そうですか」と口にする。


「神殿は信徒を拒むことは致しません。あなた自身が納得し、神に仕えることを苦としないのであれば問題ありませんよ」

「ありがとうございます」


 優しい言葉と、事情を突っ込まれずに済んだことで安堵する。

 あまり深く聞かれて、家に問い合わせられても困る。

 貴族と分かる出立ちで、共一人ついていない状態は明らかにあやしいというのに。家よりも個人の事情を優先させてくれた神殿長に素直に感謝した。


「ですが、神官になるには一定以上の聖霊力が必要ですよ?」


 準備を終えてティアリーゼに向き直った神殿長が心配そうに聞いて来る。

 望む地位が得らず、無理に神官の地位を寄越せと言われるのを恐れているのだろうか?

 実際にそういう者がいると耳にしたことがあるので、ティアリーゼは困り笑顔で「大丈夫です」と答えた。


「毎日推しの神様への祈りは欠かしていません。それで聖霊力が足りなくなるということはないですから、そこそこの量はあると思います」


 聞いた話だが、聖霊力が少ない者は毎日の祈りすら出来ないのだとか。

 一般的には三日に一度。本当に少ない者は一週間に一度くらいしか祈ることが出来ない。


 神官となれば毎日の祈りは必須なので、毎日祈り神に捧げられるくらいの聖霊力は必要だということだろう。


「そうですか……では、祭壇に祈りを」


 促され、祭壇の前へと進む。

 内陣に入ると、膝を折り手を組んで軽く目を伏せる。

 神殿独特の澄んだ空気を軽く吸い込み、祈りを捧げた。


「ハイリヒテルの偉大なる神々に祈りを捧げます」


 宣言をし、祈りに聖霊力を乗せる。

 いつもであれば自分の推し神であるストラに捧げるが、今は洗礼の儀式。

 五柱の大神に聖霊力を捧げ、神官となるに相応しい聖霊力があることを示さなくてはならない。


 もし聖霊力が足りなくても聖職には就けるが、神事に直接関わることの出来ない修道士や修道女となる。


 ティアリーゼは一柱ひとり一柱ひとり御名みなを心の中で唱えながら、今までストラにばかり捧げていた聖霊力を祈りに乗せた。


 祭壇にある五柱の神々の神像がほのかに光を放つ。

 光の神・リヒテル、火の神・フォイエル、水の神・ヴァッシャー、風の神・ヴィントス、土の神・グルシュ。

 順番に光り出す神像を視界の端にとらえながら、問題はなさそうだと安堵する。


 そのまま全ての神像が聖霊力を受け光を放つと、一度カッと強い光を放ち天井のステンドグラスを突き抜け天へと立ち昇っていった。

 まさかこのように聖霊力が捧げられるとは思わず少々驚く。

 普段は自分の中から聖霊力が出て行き、天へと昇っていくような感覚があるだけだ。


 思わず光の先を追うように見上げていると、今度は五色の光がステンドグラスを通り抜けるようにしてティアリーゼへと降り注いでくる。

 実物を見たことはないが、雪が光るのならばこのように見えるかもしれないと思う。

 美しく柔らかな光の粒が、ティアリーゼを包むようにして消えてゆく。


(……あ、もしかしてこれが祝福?)


 神官となれば、祈りの返礼として神からの祝福があると聞いた。

 この降り注ぐ光が祝福なのだろう。


 神官になりたいと思った一番の理由がこの祝福だった。

 神官となって推し神であるストラに祈りを捧げれば、ストラ本人から祝福をもらえるのだ。絶対にストラからの祝福をもらいたい! と思うのは当然だろう。


(これで私、ストラ様からの祝福を頂けるようになったのね)


 五柱の大神から祝福が頂けたのなら、神官となるための洗礼は成功したとみて間違いないだろう。

 喜びに思わず口をほころばせると、近くから「おお……」と感極まったような声が聞こえてきた。

 見ると、神殿長が両腕を天に伸ばし涙を流している。


「すべての神像が光り輝くとは……初めて目にしました。……素晴らしい、これほどの聖霊力を持つ神官を迎え入れることが出来るとは。神に感謝を!」


 何やらその後も祈りを捧げていた神殿長だったが、とりあえず神官にはなれるようだったのでティアリーゼは彼が落ち着くまで見守った。


 神殿長の反応を見ると、自分の聖霊力は思っていたより多かったらしい。

 ここまで大仰に神への感謝をされると戸惑うが、自分は神官になって終わりではなくそこからさらに聖女を目指さなければならないのだということを思い出す。

 聖女を目指すのであれば、聖霊力は多いに越したことはないだろう。


 あとは、冤罪を晴らすことが出来れば心置きなく聖女になることだけに集中出来る。


 次にするべきことを再確認しながら、ティアリーゼは小さくため息を吐いた。


(流石に少し疲れてしまったわ)


 朝から婚約者である王太子・フリッツ・ヴィント・アインツとのお茶会に出席するため準備をしてきた。

 その後一方的に悪者にされて処刑だと湖に落とされ、そしてストラに助けられ聖女を目指す約束をし今に至る。


 一日に起こったことだというのに何日も経っているかのような感覚だ。

 無事に神官となれて安心できたからだろうか? 疲れが一気に襲ってきたのかもしれない。


「ピュイ?」


 ため息に、今までティアリーゼの肩に乗って大人しくしていたピューラがくりんと頭を傾ける。

 心配してくれているのだろうか。可愛らしい仕草にほっこりして、ティアリーゼはその頭を指先で撫でた。


「少し疲れたみたい。今日はこのままここで休ませてもらうことにするわ」


 そうして可愛らしいピューラに癒やされながら。ティアリーゼは神殿長が落ち着くのを待った。

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