第4話 神に仕える者 前編

 気付くと、ティアリーゼは少し前に落ちたばかりの湖畔に立っていた。


 落とされた整備された場所ではなく、反対側の人の手が入っていない場所だ。

 森が広がり、爽やかな風がティアリーゼの緩やかに波打つ金髪を揺らす。

 その風で波打つ湖面は、高くなった陽の光を受けてキラキラと輝いていた。


 のどかとも言える景色に、今までのことは全て夢だったのではないだろうかと思ってしまう。


「ピュイ?」


 だが、手の平に乗る赤い小鳥が夢ではないことを物語っていた。

 自分は確かに無実の罪を着せられ湖に沈み、そして焦がれ続けていた推しの神様に会うことが出来たのだ。


(しかも、妻としてならばとお側に行くことを許してくださった……)


 現実を思うと気落ちしそうになるが、ストラと会い、かの方に聖女を目指せと方針を示してもらった。

 となれば落ち込んでいる暇など無い。


 聖女として神籍に加わるためには様々な功績が必要だ。

 だが、今の自分はその功績をあげるための準備すら出来ていない。


「……まずは神官になって、あと冤罪はちゃんと晴らしておかなければね」


 言葉にして、やるべきことをハッキリさせる。

 冤罪を晴らすことは少し手間だが出来なくはない。

 むしろその後また政略の道具にされないため、先に神官になっておくべきだろう。


「そうと決まれば神殿へ向かいましょうか」

「ピュイ!」


 ティアリーゼは透き通った空色の瞳を小鳥に向け微笑む。

 すると小鳥は返事をするように鳴き、翼を羽ばたかせ飛んだ。

 嬉しそうに「ピピピ」と鳴きながら頭上を旋回している可愛い小鳥に、ティアリーゼも楽しくなってくる。


「そうだわ、あなたに名前を付けなければね」


 元々の名前があるのかもしれないが、聞きそびれてしまった。

 だが、常に近くにいてくれそうなこの小鳥を呼ぶ名がないのは不便だろう。


「そうね……鳴き声がピュイ、だし、ストラ様からお預かりした小鳥だから……ピューラはどうかしら?」


 見上げて呼び掛けると、「ピュイ! ピュイ!」と嬉し気に歌う小鳥。

 どうやら気に入ってくれたらしい。


「では行きましょうか」


 小鳥――ピューラの愛らしさになごみながら、ティアリーゼは歩き出した。


***


 神官になるには神々からの洗礼を受けなければならない。

 神殿で五柱の大神に祈りと共に聖霊力を捧げ、その聖霊力の量で神官としての地位がほぼ決まるのだ。


 聖霊力とは魔力と共に人が持つ力の一つ。

 ほぼ貴族しか持たないと言われている魔力と違い、聖霊力は平民でも当然のように持っている力だ。

 とはいえ力の量は人それぞれ。


 ティアリーゼにももちろんあるはずだが、貴族は魔力が多いことだけを重要視されているのでしっかりと調べたことはない。

 もちろん貴族でも神殿に願えば聖霊力の量を調べることは出来る。

 だが、貴族でありながら調べるような者は、魔力が低く貴族として生きてはいけないような者ばかりだ。

 それ故か、貴族は聖霊力を調べるだけで周囲から神殿に入るつもりなのだろうと勘ぐられてしまう。


 幼い頃に王太子の婚約者と決められてしまったティアリーゼが、自身の聖霊力の量を調べられるわけなど無かった。


(とはいえ、日々の祈りで聖霊力は使っているのだもの。それなりの量があることくらいわかるわ)


 貴族であっても神々への祈りは欠かさない。

 ここ百年ほど降臨していないとはいえ、神々の話は各地に残っているのでその存在を疑う者などいはしない。

 神々が起こした奇跡や神災じんさいを思うと、人々の模範であるべき貴族こそ祈りを欠かすことは出来ないのだ。


 だからしっかりと調べることがなくとも、感覚的にどれくらいの聖霊力があるかは皆知っていた。

 ティアリーゼ自身もそれなりの量はあると自覚しており、少なくとも神官になれないということはないだろうと予測している。


「確か、洗礼は神殿ならどこでもできたはずよね?」


 どんな小さな神殿でも洗礼を受けることは出来るはずだ、と口に出しながら思い出す。

 であれば、とティアリーゼは現在地から一番近い神殿を目指した。


 人と神が近い世界ゆえ、神殿はいたるところに建てられている。

 小さなものを含めると、この王都だけで百は軽く超えるだろう。


 確かこの森を抜けた先にも小さな神殿が一つあったはずだ。

 王都の地図を思い出しながら、ティアリーゼは解けた髪もそのままにドレス姿で足を進める。


 現在地の正確な位置が分からないので少し不安だったが、ピューラは場所が分かる様で先導するように前を飛ぶ。

 早速役に立ってくれている。


 ピューラの愛らしさと心強さに和み、そんな小鳥を預けてくれたストラに胸が熱くなった。


 こんなふうに誰かに手助けしてもらうなどいつぶりだろうか。

 王太子の婚約者と定まってからは完璧を求められる日々。

 出来なければ叱責され、出来たら出来たで次期国母となる方なのだから当然だと褒められることすらない。


 叱責されることも無くなり完璧な令嬢となると、今度はあなたに出来ないはずがない、と色んな無茶ぶりをされるようになった。

 まあ、無茶ぶりでもことごとくこなしてしまった自分にも原因はあるのだろうが。


(でも仕方ないじゃない。出来なければ怒られて次期国母なのにって落胆されるだけなのだもの)


 それならば流石は次期国母と褒められる方がまだマシだったのだ。


「ピピピ?」


 思い返して気持ちが沈んでしまったからだろか。

 歩みが遅くなったティアリーゼの周りをピューラがまとわりつくようにくるくる飛ぶ。


「あ、ごめんなさい。急がないと日が暮れてしまうわよね」


 気を取り直し、ピューラの愛らしさにまたほっこりしながら森を抜けた。

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