第3話 聖女を目指します!

「……それほどまで私のもとに来たいのであれば、聖女になるといい」

「え?」


 提案してもらえたことにもだが、その提案自体にも驚きティアリーゼは表情を取り繕うことも忘れキョトンと長身の神を見上げる。

 無防備なティアリーゼの顔を見下ろしたストラは、フッと初めて笑みを浮かべた。


「神官となり、聖女を目指せ。聖女として神籍に加われば、人でありながら神力を得る。そのような聖女であれば神々の国に行っても神力に当てられることはないし、神の妻として娶ることも出来る」


 小さな笑みに見惚れているうちに紡がれた言葉。

 耳に届いた言の葉の意味を理解して、ティアリーゼは何度も瞬きをしてしまう。


「……妻、ですか?」

「ああ。私の妻になればよいと言ったのだ」


 聞き間違いではなかったようだ。


(妻……つまり、ストラ様に嫁ぐということ? 側仕えではなく、ストラ様の……お嫁さん?)


 本当の意味で理解すると、もはやどうやって表情を取り繕えばいいのかも分からなくなる。

 ずっと焦がれていた推し神に会えただけではなく、妻になれば良いと提案されたのだ。

 胸の鼓動はもはや痛いほどで、濡れて寒いはずの体は全身が熱い。


「……嫌か?」


 返事のないティアリーゼに何を思ったのか、ストラは小さな笑みを消した。

 だが、嫌なわけがない。


 好きな相手や婚約者がいれば困るくらいはしたかもしれないが、幸か不幸かティアリーゼはつい先ほど婚約破棄を宣言されたばかりだ。

 そんな状態で焦がれ、側に仕えたいと思い続けていた神の妻になれと、その本人が言うのだ。

 戸惑いはあれど、拒む理由など皆無。


「嫌なことなどありません!」


 思わず叫び顔を上げた。


「あなたのお側にいられるのなら、どんな立場であろうとも構わないのです。……ただ、その……妻というのは想像もしていなかったので、何というか……恥ずかしくて……」


 後半はしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

 明らかに赤くなっているであろう顔を隠すように両頬に手を添えた。


「……恥ずかしい、か」


 数拍置いて、フッとまた笑うような吐息が降ってくる。

 僅かに柔らかな雰囲気になったストラは、膝を折りティアリーゼへ手を伸ばす。

 長い指がティアリーゼの顎を軽くすくい上げ、視線が交わった。


「……いな」

「っ!?」


 ドクン、と大きく跳ねた心臓。

 同時に、これ以上赤くはならないだろうと思っていた顔に熱が集中した。


(こ、こんなに近くにストラ様がっ! しかも私に触れて、微笑みまで浮かべて……あ、死ぬかも)


 心臓があり得ないほどに脈打ち、本気で死ぬと思った。

 だが溺死よりはよほど幸せな死に方だろう、などと現実逃避しそうになると、顎に添えられていたストラの指が流れるように上ってきてまなじりを掠めながら離れてゆく。


 その僅かに色気を感じさせる仕草に、ティアリーゼは思考が止まった。


「では、私の伴侶となるべく聖女を目指してくれるな?」


 コクコク。


 微笑みに見惚れ、言われるままに頷くティアリーゼ。

 理解出来ているのかすら定かではない状態だが、ストラは満足そうに笑みを深めた。


「では、“これ”を預けよう。私との繋がりとなる」


 そう言ったストラがくるりと手を返すと、先ほどまで存在しなかったものがその大きな手のひらに現れる。


「ピュイ!」

「……小鳥?」


 思いがけぬ可愛らしい生き物の登場にティアリーゼはコテンと首を傾げた。


「ピュイ?」


 赤い羽の小鳥はティアリーゼに倣うように小さな頭を傾ける。

 とても可愛い。


「私の使いだ。お前の助けにもなるはずだ」

「あ、ありがとうございます」


 小鳥が乗った手のひらを差し出され思わず受けるように両手を上げると、小鳥はチョンチョンと飛び跳ねながらティアリーゼの手のひらに移って来た。

 移動してきた小鳥は、ティアリーゼを見上げまたくりんと頭を傾ける。


「可愛い……」

「気に入ったのなら良かった」


 ストラは切れ長な目を優し気に細めると、小鳥が乗るティアリーゼの手を下から包むように取り、立ち上がらせた。

 そのまま片手でティアリーゼの濡れた髪を撫でるように払う。

 すると撫でられたところからふわっと温かい風が起こり、温かさが無くなる頃には重くなっていたドレスも、肌に張り付くほど濡れていた髪もすっかり渇いていた。


「あ……ありがとうございます」

「いや……お前ならば自分で乾かせただろう。礼を言うほどの事ではない」

「それでも、ありがとうございます」


 礼の言葉は拒否されたが、それでもストラ自身がみずからの力を使ってくれたのだ。

 ティアリーゼにとってはその事実だけでも至上の喜びだった。


 喜びに頬を染めたティアリーゼに、ストラはうながすように言葉を掛ける。


「では行くが良い。私はいつでもお前を見守ろう」

「ありがとうございます。ストラ様……私、絶対聖女になりますね!」


 ストラの手が離れ、今度こそ人間の地へと帰されるのだと思ったティアリーゼは宣言する。

 聖女になれば、ずっと推してきた神の許に行けるのだ。

 ならば自身の全力でもって聖女になろう。


 その決意を他の誰でもないストラに誓った。

 ティアリーゼの誓いを受けるように、目の前の美しい神の口角が上がる。


「楽しみにしている――」


 その言葉を最後に、ティアリーゼは白い空間から出されたのだった。

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