第6-2話

 男の子はインモラルが治療費を出してあげたあの子だった。


 体が良くなれば一度は顔を出すと思っていた。


 しかしそれが今日だとは思わなかった。


 それにアダマント都市からここまでは遠い。


 汗のにおいがするのを見るに、純粋に歩いてきたような気がした。


 インモラルは言葉を選んだ。


「体調はどうだ?」


 男の子はまず、体のことを心配してくれたことに感謝の表情を浮かべた。


「ありがとうございます。校長先生のおかげで元気になることができました。」


 貧民街で育った割には格式ある挨拶だった。


 不器用なりに身だしなみにも気を使うのが可愛かった。


 ところで、どうしてこんな態度を取るのだろうか。インモラルはまさかと思った。


「よく来たね。まあまず中に入りなさい。」


 二人は廊下から校長室に入った。


 インモラルは男の子の目的に気づいていた。


 お茶まで入れてあげたのもそのためだった。


「私がここまで来たのは…。」


 男の子が注意深く口を開いた。善良さがにじみ出る声だった。


「…ここに来たのは入学をしたいからです。」


 インモラルはいつもよりさらに真剣に話した。


「真剣に悩んでみたのか?アカデミーに通うということは、君の未来がダンジョンに帰結するという意味だよ。」


 終わりは死に限りなく近い。


 すべてのアカデミーの学生はこの事実を認知している。


「はい。死がいつも私を狙っているのがいいんです。死線を越える私はこれからも強くなっていきますから。」


 王道ジャンルの主人公のようだ。


 いざ出発すると、戦士の姉、魔法使いの姉、聖職者の姉に囲まれて、昼夜場所を問わず、とても吸われそうな顔をしているというのに。


(見た目はエロいゲームの主人公だが、精神面は王道の主人公だからな。)


 いずれにせよ、人柄と容姿は合格点だ。


 ただ、アカデミーは才能と出身も見る。


 コミュニティによると、NPCの才能は平凡レベルだったと記憶している。


 ひたすら容姿ワンツールであるNPCというか。


(いや、どちみち憑依によってすべての大陸に不確定要素が追加されたはずだ。この男の子も強制的な手段を使えば何か才能を開花させることができる。)


 そもそも才能についてはそれほど悩む必要はなかった。


 一番弟子にするつもりはなかったからだ。


 では最後に出身はどうだろうか。この点は見るまでもなく脱落だ。


 校長室に重い空気が流れた。


 男の子が唾を飲み込むその時だった。インモラルはゆっくりと口を開いた。


「入学を許可しよう。ただし、授業料は入学してから返すんだ。そしてここ数日は私の使いとして働くように。」


「え?本当に…本当にそれでいいんですか?」


 実際、様々な物差しで測る必要すらなかった。


 すべて男の子に緊張感を与えるための時間稼ぎだった。


 ルイビトン女教主に会ってから、このショタNPCは無理にでも入学させるつもりだった。


 前回は持病のせいで手放さなければならなかった。


 チャンスが来た今、念のため多方面に苦心してみた。やはりその結論は有益だった。


 現在アカデミーの問題はこの一人ですべて解決されると断言する。


 この子自体が市場の流れであり、経営道具なのだから。


「さあ、これが入学願書だ。自己紹介部分は書かなくてもいいし、署名だけしなさい。すぐに仕事を始める必要がある。」


 男の子は嬉しそうな顔で紙とペンを渡された。


 入学願書はあっという間に作成されていった。最後署名欄にサインをすれば終わりという時だった。


 校長室がぱっと開き、1人の女性が入ってきた。


 腰はスリムで、お尻の輪郭がはっきりしているあの体は前に見たことがあった。


 校長室に入った女性は男の子の姉だった。


「アラン!……トイレに行くんじゃなかったの!?一人で校長室に来て何をしているのよ?」


 男の子が口を開いた。


「姉さん、僕はこの学校に。」


 途中で言葉が切られたのは、インモラルが代わりに叫んだからだった。


「君の弟が直接来て言った。力をつけたいと。自分の姉を守らなければならないと。自分の姉を愛していると!」


「いや、私はそこまでは。」


 インモラルはまたもや言葉を遮った。


「そんな弟の覚悟を君が阻む資格があると思うか?弟が病気になったことも知らなかったくせに?」


 突然入ってきた金髪の女性は石のように硬くなった。


 女性は顔が赤くなり何もできなかった。


 インモラルは今だと思い、入学願書をもう一枚出した。


「君の弟の成長を目の前で見る機会を与える。ただ入学したら、言われたことを文句を言わずしなければならないだろう。」


 インモラルは金髪の女性が男の子の入学に反対するということは大まかに想定していた。


 そのため金髪の女性を助教に抜擢し、こき使おうという心算だった。


 女性は返事がなかった。迷っているのだろうか。


 インモラルは腕が痛いというふりをした。

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