第31話 ファントムとセリス
「ファントム……? それは誰かな。俺の名前はグスタ……仮面がない!?」
やたらと視界がクリアーなことを気付いて、顔をさわると皮膚の感触がわかる。先ほどの戦いでこわれてしまったのだろう。これじゃあごまかせるはずもない。
というかさ……
「セリス……今の俺はなぜか上半身裸で下着姿なんだ……離れてくれないか?」
「だめです!! ファントムお兄様は重傷だったんですよ。私の体から直接治癒魔力をうけとってください!! えへへ、お兄様のにおい……」
「治癒魔法ってそういうのだっけ?」
冒険していた時は手でかざすだけで瀕死の人間を治癒していたと思うんだけど!! 本当に幸せそうな声をあげて胸元に顔をうずめるセリスの甘い匂いに、思わず下半身が元気になってしまいそうになるのでどいてもらおうとするが……
「本当によかったです……もう、一生お会いできないかと不安だったんですよ……」
その声が涙声に変わっていくのを着ていてとてもではないが突き放せなくなる。
そういえば……エレナが言っていたね。セリスも祝勝パーティーを欠席したんだって……
だったら、彼女もエレナと同様に俺をずっと探していてくれたのだろう。ヨーゼフが聞かせてきた音声も何か仕掛けがあるのだろう。
「黙ってでていってごめん、セリス」
「ほんとうです。いきなりいなくなって寂しかったんですよ、ファントムお兄様あぁぁぁぁ!!」
ぎゅーっと優しく抱きしめるとさらにセリスもだきしめかえしてくれる。どれくらいそうしていただろうか。
彼女は泣きやみようやく顔を上げた。
「その……取り乱してしまい失礼いたしました。私としたことが……」
「気にしないでくれ。怪我を負った俺を保護して治療してくれたってことでいんだよね?」
「はい……アンリエッタさんの攻撃でファントムお兄さまが吹き飛ばされていったのを見て慌てて追いかけたのです。重傷だったのですが、元気になってくださって本当に良かったです」
にこりと笑う彼女の法衣は土などでよごれており、あちこち穴があいている。しかも、自分の治癒を後回しにしているのか、擦り傷などが目立ちどこか痛々しかった。
俺を助けるために彼女も崖から飛び降りたのだろう。
あのまま放っておけば俺は死んでいたのだ。そこまでしてもらって疑うほど俺も終わっていない。
久々に会う彼女が仲間だということに安堵の吐息をもらすと、なぜか俺の下半身を凝視しているのに気づく。
「どうしたんだ。セリス」
「その……ファントムお兄様……男性はその状態だと大変だと聞きます。経験はありませんが治療しましょうか?」
「え……? いや、これは生理現象だから!! それより、セリスは自分を癒して!!」
「ああ……」
先ほどのセリスの感触のせいで大きくなった下半身を抑えてそっぽむく。そして、ぼろぼろの服を着るとなぜか彼女は残念そうな声をあげるのだった。
「そうか……セリスはあれからずっと俺を探して旅をしていたんだね」
「はい……道中色々ありましたがお会いできてよかったです。ファントムお兄様も色々とたいへんだったんですね……」
服を着て落ち着いた俺たちは向かい合って現状とこれまでのことを報告しあった。セリスはあれから認定聖女を断って、ずっと俺を探していてくれていたらしい。
「その……ロザリオの件はごめん……あれって大切なものだったんだよね。なのに事情も知らずに……」
「いいんです。ファントムお兄様がつらかったってことはもうわかってますから」
頭を下げる俺に天使のような笑みを浮かべて許してくれるセリス。まさに聖女といった感じの心優しき彼女にひどいことをしてしまったなと胸が痛む。
「それにこの子のおかげでファントムお兄様と再会できましたから?」
「この子のおかげ……どういうこと?」
大切そうにハンカチにくるまれていたロザリオを取り出し、愛おしそうに見つめるセリスに疑問を問いかけるが、なぜか意味深な笑みを浮かべているだけで答えてくれない。
疑問に思いつつも立ち上がろうとすると、その腕をやさしくつかまれた。
「どうしたの? けがもある程度よくなったし行こうか?」
「え、行くってどこにいくんですか?」
キョトンとした顔のセリスに俺は困惑する。話は聞いてたよね? これからオセを倒さないといけないんだけど……
「その魔族の件はエレナさんがいれば十分でしょう? ファントムお兄様はもうたくさん頑張ったじゃないですか。ここで私と一緒に休んでいましょうよ。今はあなたを死んでいると思わせて、あとから合流した方が混乱させることができると思います」
「それは……一理あるね」
確かにこの周囲にはまだ兵士たちもたくさんいるだろう、そこで無駄にたたかうよりもセリスとここに隠れていた方がいいかもしれない。
優しく、俺のことを心から心配してくれている彼女の言葉は妙に頭に入ってくる。
「はい、人払いの結界もはっておりきましたし、罠も仕掛けてありますから食料も問題はありません。この奥には湧水もありましたので、体を拭くのにも飲み水にも困らないかと……しばらく私と一緒にここで暮らしましょう」
ああ、そうだね。と頷きかけて首の感触でネックレスの存在に気づく。
ああ、そうだよ。いいはずがない。俺が帰ってこなければティアやエレナは心配するだろう。
再会した時のエレナやセリスの顔を思いだせ。本当につらそうで……また誰かにそんな顔をさせるのか?
「ごめん、セリス。それはだめだ。俺は決めたんだ。もう大切な人を……ティアやエレナにあんな思いをさせないってさ」
「ティア……? 新しい名前ですね……それにこれ以上強引にすすめたら不自然に思われてしまう……」
提案を断ったのがショックなのか眉をひそめるセリス。心配になって声をかけようとすると、彼女が再び顔をあげると笑顔で言った。
「わかりました。ファントムお兄様は仲間想いでお優しいですね。その代わり今回は私もつれていってくださいますよね?]
にこりと微笑むセリス。さすがだ。昔から聞き分けの良い子だったなと懐かしく思いながらうなづく。
「ああもちろん、だって、大切な人にはセリスも含まれているからね。改めてよろしく」
「うう……本当にこの人はずるいです……」
なぜか顔を真っ赤にしてうめき声をあげるセリスと共にペイル領の領主の館をめざすのだった。
★★★
セリスによる軟禁ルートを回避できましたね。
ロザリオには一体どんな魔法がかけられていたんでしょうね?
前の話の感想たくさんありがとうございます。
アンリエッタがどうなるかはもう決めてありますので、お楽しみに
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