第32話 セリスという少女と救世主
「皆様に神の祝福を!!」
私がほほ笑みと共にそういうと皆が歓喜の声をあげる。子供も大人も……仲がよさそうな親子も歓喜の声をあげる。
教会にて、彼らに治癒という名の奇跡をおこして皆にほめたたえられる。そして、それを冷めた目で見つめる……それがあの人と出会う前の人生だった。
そして、私は運命をかえるために魔王殺しの英雄のパーティーに入ることにしたのだ。教会で平和で安全だけどクソみたいな環境にいるよりも初恋の人と一緒になれる可能性にかけたのだった。
こんな世界滅んでしまえばいい。
それが子供のころからの私の口癖だった。両親は強力な魔力を持つ私を金貨1枚で教会に売ったらしい。
彼女たちの記憶はあまりない。私のほかにも子供はおり、彼女たちからしたら口減らしできるうえに贅沢をしなければ一年暮らせるだけのお金をもらえるのだ。迷う理由はなかったのだろう。
だから、もう会えなくなるであろう母が泣きながら抱きしめてくるのを冷めた目でみていたものだ。
人を捨てたくせによく涙なんて流せるなと……
そうして、私は教会の神官になるべく育てられることになる。同じような境遇の人間もたくさんいて、中には泣いているものもいたがどうでもよかった。
そして、私はそんな人間の中でもトップクラスの才能があるとわかり、皆に尊敬と畏怖の目で見られるようになったがそれもどうでもよかった。
「セリス……あなたの能力は確かに素晴らしいものなのよ。この世界で役立てるために努力なさい。あまり調子にのらないことね」
私が修業している時に最高の聖女と呼ばれていた彼女は偉そうにそう言った。値踏みするような目だったけれど、別に不快ではなかった。
幼いながら私はその能力を目当てにひきとられていることはわかっていたからだ。だから、治癒能力だけでなく私を見て嫉妬と共に嫌味を言う彼女には好感すらもてた。だって、彼女は私に畏怖するのではなく対等な存在だと見ていてくれる気がしたから。
ついでにそんな彼女の鼻をへし折るべく必死に努力した。
「皆様に神の祝福を!!」
教会に引き取られて初めての治癒で私はその才能をいかんなく発揮した。いや、発揮しすぎてしまった。
己の力を示そうと全力を使ったら教会中のけが人を治療してしまったのだ。
「すごい治癒能力だ。この方は神に愛されている!!」
「こんなに幼いのに……天才だ!! 神が遣わした奇跡そのものだ!!」
人々が私を口々に称える。だけど、私はそれを冷めた目て見ていた。だって、努力したのは私で彼らを治癒したのは私なのにみんながみんな神様のおかげだという。
そして、複雑そうな顔をしている私に聖女と呼ばれていた女はこういった。
「なんて才能なのでしょう……あなたほど神に愛されているものはいません。あなたこそが本当の聖女です」
私を疎ましがっていた彼女はまるで己の崇拝する神でも見るような目でこちらを見つめ涙すら浮かべいた。
それを見て……私は吐き気すら催した。
「おお、新しい聖女様の誕生だ!!」
「神の加護に感謝を!!」
そして、それ以来私をセリスと呼ぶものはいなくなったのだ。皆が皆聖女様とよぶようになったのだ。
「皆様に神の祝福を!!」
あれから数年がたち、私は子供たちに祝福を与えてほしいととある領主に呼ばれてやってきていた。
私より二つ上の少年と、同い年の少女に祝福を与えに来たのだ。その兄妹は仲良さそうにおしゃべりをしている。仲睦まじい様子にもやっとしたのを感じる。
こんな世界滅んでしまえばいい。
私は領主に会食に誘われて社交辞令的な会話を終えて、客室で眠ろうとしたが、寝付けずに外を歩いてみたくなった。
いつもの街は皆が皆聖女と呼ぶが、教会から遠くここならば一人の少女として動けるかと思ったのだが……
「こんな夜に一人じゃ危ないよ」
「申し訳ありません。少し夜風を浴びたくて……もう戻りますね」
声をかけてきたのは昼に祝福を与えた少年だ。彼に微笑んで踵を返しながら神を呪う。
こんな世界滅んでしまえばいい。
聖女などというくだらない役割を与えた上に少しの自由すらも与える気はないのかと……
「ちょっと待って。そんなふうに法衣を着ているんだ。外の街を遊ぶつもりだったんでしょ。付き合うよ」
「え……?」
少年の言葉に耳を疑った。だって、みんな私に聖女らしくすることを強制するのに彼は外へ行くのを止めることもせずに一緒に行こうとしているのだ。
「その服だと目立っちゃうから、妹のをもってくるから着てみて。俺は抜け道も知っているから大丈夫だよ」
「は、はぁ……でも、良いのですか? 夜の街を歩くなんて聖女らしくないでしょう?」
「大丈夫だよ。法衣を脱いだ君は聖女様じゃなくてただの少女だよ。そして、俺は可愛い女の子をエスコートするただの少年さ」
言外に身分を気にせずに遊ぶぞと言われ混乱しながらも服を着替える。彼の妹とは同い年なはずなのに胸元がかなりきつく目立ってしまい彼がちらちらっと見ているのに気づくが触れないでおいてあげる。
聖女としてでなくエッチな目で見られるのは新鮮だったからだ。
「せっかくだ。君の名前を教えてよ」
「私ですか……私はセリスといいます。よろしくお願いします。ファントムさん」
「セリス……こんなところであうのか?」
なぜか困惑している彼に私は不安になってしまう。元聖女が態度を変えたように彼も態度をかえてしまうのかと……
「まあいいか。俺のことはファントムってよんでよ。いこう、セリス。夜の街は楽しいんだよ」
だけど、その心配は杞憂だった。笑顔のまま彼は私の手をとってくれた。酒臭い連中のいる安い酒場や、偽物か本物か定かではない魔道具を売っている店など、初めて行くところに私の胸は何年振りかにドキドキして興奮した。
何よりも彼がセリスと呼んでくれるたびに胸が高鳴るのだ。未知の感情に戸惑うが悪い気はしなかった。
「ここは秘密の場所なんだ。今日のことはみんなには内緒だよ」
そう言って彼がつれてきてくれた時計台から見る夜景はとても美しくて……この世界も悪くないなと思うほどだった。
そして、帰宅した私たちは当然怒られた。いや、怒られたのはファントムだけだった。周りの人々は私を彼は無理やり連れて行ったと勘違いしたようだ。
誤解だと言おうとしたが、彼はいたずらっぽく笑いながら唇の前で人差し指を立てて誰にも言うなと合図する。
多分私の自由がなくなるのを気にしてくれたんだと思う。そして、教会に帰ってからも彼との時間が忘れられなかった。
「聖女が貴族と結ばれるには王によって国の認定聖女という名誉を与えられるしかないみたいね……」
多分初恋だったのだろうと思う。さっそく教会で私が彼と結ばれるために調べ物をしていると身分の違いが阻むことを改めて理解する。
「ふぅん、魔王を倒すなり、飢饉を解決した聖女のみが認められるか……」
認定聖女とは一種の名誉職であり、貴族と同等の権力を持つという。その代わり偉業を達成しなければいけないのだが……私には幸い魔法の才能だけはある。
それからは私は努力した。民衆が望む裏表のない素敵な聖女を演じ、魔力もひたすら高めるために文字通り血反吐を吐くほど努力した。
そして、ついに魔王殺しのパーティーに呼ばれて、目標を達成した暁には認定聖女となることを約束してもらえたのだ。
そうして、私がカインやアンリエッタ、エレナと冒険していると意外なところでファントムと出会う。
再会はうれしかったけど、アンリエッタと婚約者と聞いてショックをうけたのは今でも覚えている。
これでアンリエッタがクズだったらよかったが彼女は旅に不慣れな私の面倒をみてくれていて……もしも、姉がいたら彼女のような感じかなと思うくらいには好ましかった。
だから、私は一つの決断を下す。
「ファントムさんのことはお兄様と呼んでもいいでしょうか? その……頼りになるあなたがお兄さんだったらうれしいなとおもってしまって……」
「えー。だったら僕をお兄さんってよんでもいいんだよ」
うるせえ、治癒するかわりに傷口に塩を塗ってやろうか? 軽口をたたくカインに内心を睨みつけながら、ファントムの次の言葉を待つ。
「別にかまわないけど……なんかそんな風に言われると照れるな」
そう言ってはにかみながら頭をかく彼を見て胸が痛いほど熱くなる。
恋人にはなれないけれど、せめて彼と家族になれた気がしてうれしかった。だけど、もしも、アンリエッタさんとの婚約がなくなったら私は……どんな手段をつかってでも彼を手に入れよう。。そう誓いながら言葉を発する。
「よろしくお願いしますね、ファントムお兄様。それでですね……道中の安全のお守りにロザリオを作ったのですが受け取っていただけますか?」
ロザリオを渡すということは本当は愛の告白に近いのだけれど、そう告げれば彼は受け取ってくれないだろうから嘘をついて渡す。
彼とはじめて出会ってからずっと祈りをささげていた特別なロザリオだ。ダメージ軽減や自動治癒、あとは万が一なくした時に自動追尾の他に色々な加護がついているのだ。
ああ、こんな世界だけど、彼に会えて幸せだ。私は生きていてよかった。そう思いながら彼と旅を続ける。
だから、彼が魔王討伐のパレードの後に姿を消したと知ったときには気が狂うと思った。
それと同時に次に出会えたらもう二度と離すまいと誓ったのだった。
★★★
聖女様は裏表のない素敵な人です。
ちょっとした嘘や隠し事があっても魅力的ですよね。
お願いがあるのですが、今後の参考にしたいので、
好きなキャラの名前を一人書いていただけると嬉しいです。
出番が増えたりするかもしれません。
よろしくお願いします。
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