第30話 グスタフVSアンリエッタ

 お互いに剣を構えて対峙する俺とアンリエッタ。魔眼の力で身体能力を最大限までにあげた俺はひたすら彼女の一撃を受け流す。

  破邪の光は魔族特攻というだけで人間に無害なわけではない。その輝きにあたれば普通にやけどになるし場所によっては致命傷だ。



「人でありながらなんで魔族の味方をするの!! 魔王のせいで世界が危険にあふれたことはあなたも覚えているでしょう!! 魔族は人類の敵なのよ!!」

「ああ、そうだね……魔王による被害は痛いほど知っているよ」



 直に見てきたからね。確かに先代魔王や四天王の行動はひどかった。周辺の国は蹂躙されて、家族を失った人達の泣き声や、すべてを失った絶望の表情は一年たってもすぐに思い出される。

 そんな残虐な存在を倒したからこそ、俺以外の四人は英雄として国に表彰されていたのだから。



「だったら、魔族を野放しにしてはいけないってわかっているでしょう?」

「あの魔王やその部下は確かに人類の敵だった。でも、魔族だからってみんなが悪なのかな?」

「決まっているでしょう!! 魔族は私たち人間を魔界から侵略しにきたのよ!! 残虐非道のやつらなの!!」

「だったらさ、なんで君の部下たちや近くの村人たちは無事なんだろう? わざわざ足止めをするよりも殺しちゃった方が楽でしょ?」

「なっ……」



 こちらの言葉にわずかにアンリエッタの動きがにぶる。彼女は元々頭の回転は悪くない。

 だから、違和感を覚えさせて混乱させるのだ。仲間にはならないかもしれないが、状況を考え、カインやその背後にいるであろうオセに少しでも疑いを持ってくれればいい。



「魔族のイメージもあるけど、彼らにだって個性はあるんだ。大賢者エレナだって、最初は高慢なエルフだと思われていたけど、最終的には君たちの良い仲間になったはずじゃないか」

「……」



 こちらの言葉に彼女の眉がひそかにピクリと動く。今がチャンスとばかりに俺は言葉を畳みかける。

 もしかしたらこのまま戦わないで済むかもしれない。



「あの魔族は人間に害をなしにきたんじゃないんだよ。王国にいる裏切り者を捕らえに来たんだ。話だけでも聞いて……」

「黙りなさい!!」



 アンリエッタを中心にまばゆい光が、生み出されて俺の両目がうずきだしたので慌てて抑える。神聖なる光は魔眼との相性は最悪だ。



「あなたのいうこともわからなくはないわ。でも、もしも、あなたが連れてきた魔族が演技をしていたらどうするの? 間違った判断で傷つくのは私たちだけじゃないの。巻き込まれるのは領民なのよ。だったら、私は彼らを守るために戦うわ。それが……それだけが私に残された願いなんですもの!!」

「くっ、やるじゃないか!!」



 全身に破邪の光を纏った彼女と斬りあうたびに瞳がうずく。特に剣にまとった光は熱を帯びており、直撃したら命を落とすだろう。

 

 昔は守ることしかできなかったのにね……


 彼女を変えたのはなんなのだろう……やはりカインなのだろうか? ずきずきと胸が痛むのは気のせいではないはずだ。



「常識を疑えって誰かに習わなかったのかな? 君は熱くなると思考がせまくなってしまう」

「うるさい……彼と同じ言葉を放たないでよ!!」



 一応俺の事は覚えてはいてくれているようだ。昔を思い出して、少し胸が痛くなるが、今の彼女を説得することは難しいだろう。

 時間も十分稼いだし、そろそろ撤退しようと思った時だった。彼女が剣を掲げるとひときわ刀身が輝く。

 それは某騎士王の宝具を彷彿させる。




「私は誓ったの。何に変えてもこの領地を守るって!! だから、魔族の手先よ、死になさい」

「そんな大技が当たるかよ!!」



 決死の表情のアンリエッタの必殺技が放たれる前に逃げ出そうとした時だった。



「アンリエッタ様!! 今です」

「なっ!?」



 エレナの魔法で倒れていたと思った騎士が俺の足を必死の形相でつかんだのだ。

 そして、彼の顔には見覚えがあった。アンリエッタの剣術指南役でよく俺にも剣を教えてくれたなじみ深い人だった。

 正直彼の腕を斬れば逃げることはできるけど、彼は光線に巻き込まれて死ぬだろう。



「なにをやっているの!! だめ……とまらない……」



 元々苦手な攻撃だからか制御が甘かったのか、今にも泣きだしそうなアンリエッタの持つ剣から光線が放たれて……


 ああ、くそ。俺は本当に甘いなぁ……



「なにをやっているんだ。エドワード。あなたが死んだら誰がアンリエッタをささえるんだよ!!」

「なっ!? あなたはまさか……」



 考えるよりも先に体がうごいてしまった。仮面をずらした俺の正体に気づいた彼の手が緩んだすきに、足からその手をひき外すとそのまま力の限り遠くに放り投げる。

 そして、そのまま逃げようとして……直撃こそ外したけれど、光線がかすめてそのまま吹き飛ばされ、俺は浮遊感と共に崖から落ちたことを悟った。


 ★★★


「なんで……今のってまさか……」



 私は光線に吹き飛ばされていく彼を見て呆然と立ち尽くす。違和感はあったのだ。だって、彼からは殺気を感じなかったし、話している内容もまるでわたしを説得しているようだった。



「嘘よね……だって、あなたが魔族と一緒にいるはずがないもの……」



 私は必死だった。自分が守ると誓った領地を……そして、彼の代わりに守ると誓った領地を魔族から救うのに必死だったのだ。

 だから……相手の言葉をちゃんと考える余裕なんてなかった……というのはおろかな言い訳にすぎない。

 ああ、熱くなると思考が狭くなる……本当に彼の言う通りだ。私は何も成長していない。



「アンリエッタ様、大丈夫ですか!! その……さきほどのは……」



 先ほど彼に吹き飛ばされたエドワードがかけよってくるが返事をする気力もなかった。呆然としたまま歩き、彼が立っていた場所にいくと、仮面の半分がかけておちていた。

 


「そうよね……ファントム……あなたはいつも正体を隠すときは仮面だったものね……」



 なぜもっと気付かなかったのだろう。なぜ、もっと早く気づけなかったのだろう。拾った仮面がひび割れて風にさらわれていくのを見て、もう、二度と彼は私の手には入らないように思えて涙があふれていく。



「ああ、私は二度彼を殺してしまったのね……」



 一度目は追放された時に彼を追いかけずにいた結果、社会的にファントムという存在を殺してしまった。そして、今彼を物理的に殺してしまったのだ。

 そのことを理解すると胸が凍りつくような痛みが全身に広がり、次第に胃の奥から込み上げる不快感が、波のように押し寄せてくる。



「おええぇえぇぇぇぇ」

「アンリエッタ様!! 大丈夫ですか!!」



 彼とは本当の意味でもう二度と会えない。そう理解してしまうと突然、胃の奥がひっくり返るような感覚が襲い、私は衝動に抗えず口元を押さえた。その場で膝をつくも、吐き気は容赦なく襲い、口から熱いものがこぼれ落ちていった。



「私はどこでまちがえちゃったのかな……」



 自分の吐しゃ物で鎧が汚れるがきにもならなかった。目から涙が溢れ、体は震えが止まらず、頭の中はただ真っ白だった。何も考えられない、何も感じたくない。ただ、この痛みが永遠に続いてもいいから彼が生きていてくれたらいいなと願うだけだった。




★★



「うう……体が……痛くない?」


 意識を取り戻した俺はあわてて体を起こそうとするも、やさしくおさえつけられる。

 ぼやけていた視界がクリアーになっていると、豊かな双丘が見える。


 これはなんだ……俺はアンリエッタの攻撃を受けて吹き飛ばされて崖から落ちたはず……


 どこかの洞窟か何かなのに、なぜか頭も心地よく柔らかい感触に包まれている。



「よかった……目を覚ましたのですね」

「この声はセリス……なのか?」



 まあ、わかったのは声と大きな胸でだけど……あわてておきあがると同時に先ほどまで膝枕をしていた彼女がだきついてくる。



「はい……ファントム兄さまのセリスです!! もう……逃がしませんからね」


 柔らかい感触と甘い匂いに俺は自分の状況がわからずに困惑するのだった。





★★★


アンリエッタちゃんが何をしたっていうんだよぉぉぉぉぉ!!


一難去ってまた一難?


次はセリスとの再会です。




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