第28話 アンリエッタの決意
ファントムたちが偵察しにいった街の近くで、豪華な馬車が二台合流して、片方から甲冑姿の少女がこちらへとやってくる。
「久しぶりね、アンジェ」
「お久しぶりです。アンリエッタ姉さ……いえ、アンリエッタ様」
昔の呼び名で呼びかけてアンジェがあわてて訂正すると、アンリエッタは思わず苦い表情を浮かべる。
英雄になんてなる前にファントムと共に三人でいたときはよくアンリエッタ姉さんと慕ってくれたものだ。彼が追放され婚約がなかったことになってからは、今のようにアンリエッタ様と呼ぶようになっている。
当たり前の話だが親族でもない隣の領地の領主を姉と呼ぶのは失礼にあたるからだ。
「実戦はまだ数回よね。魔族がいると聞いて不安でしょう? 私が守るから安心なさい」
「ありがとうございます。アンリエッタ様。心強いです」
少し緊張した面持ちにアンジェの表情がわずかに緩む。その顔を見てファントムを思いだしたアンリエッタは再び胸が痛くなるのを感じたが押し殺す。
私は守ると決めたのだ。この領地と……そして、彼の実の妹であるアンジェも……
そんな二人を見守っていた兵士がタイミングを見計らって声をかける。彼はアンリエッタやファントムの剣の師のような人間で信頼している部下である。
「アンリエッタ様、国境の魔道具の反応から見て魔族は、この街の近くにいることは間違いありません。今は探索中ですが、いつでも戦えるように警戒しておいてください」
「ええ、わかったわ。あとはあれね……魔族と一緒にいた仮面の男にも警戒しなさい。素顔は人間かもしれないわ。魔王との戦いのときもいたのよ。人間でありながら魔族に組した愚かな人間がね」
「はっ!!」
アンリエッタは魔王討伐の時に、魔族の仲間をしていた人間に罠にかけられたときのことを思いだして、唇を強くかむ。
まっすぐなカインに、知識はあるが世間知らずなエレナ、人が好過ぎたアンリエッタはそのせいで絶対絶命の目にあって魔族相手に「くっ、殺せ」などというはめになってしまったのだ。
別行動をしていたファントムとセリスがたすけにきてくれていなかったら今頃ここにはいなかっただろう。
「だけど、もう、ファントムはいない……私が頑張らねば……そのための力だって手に入れたもの」
「アンリエッタ様……あまり気負わないでください」
アンリエッタが自分に活をいれていると、アンジェが心配そうに見つめて手を握ってくれる。
甲冑の冷たい感触が襲うが不思議と心は温かくなってきて……必ず守らねばとアンリエッタを奮い立たせる。
「ありがとう。でも、だめよ。私はあなたの大切なお兄ちゃんを守れなかったんですもの。無責任に背負うのをやめるわけにはいかないわ。それに、私って英雄って呼ばれるくらいには強いのよ、安心なさいな」
「アンリエッタ様……」
元気づけるつもりで軽口を叩いたが、アンジェの表情からは心配の色のは消えない。
こういうとこもファントムの様にはいかないなと悔しく思う。
「アンリエッタお姉さま、ちょっとお話があるのですが、馬車の中にきていただいてもいいでしょうか?」
「ええ、構わないけど……」
かつての名前で呼ぶ彼女は何かを大切なことをうったえているようでアンリエッタは即答してうなづいた。
落ち着かなさそうにしている彼女はこういう時に何か隠しごとをしているのだ。
なぜか周囲を伺っているアンジェについていき馬車に入ると、彼女は即座にカーテンをしめる。
まるで誰にも見られたり聞かれたくないかのように……
「アンリエッタ姉さま、今から聞く質問に正直に答えていただけますか?」
「ええ、もちろんよ。神に誓うわ」
切羽詰まった様子の彼女は緊張しながら口をひらく。
「アンリエッタお姉さまはまたファントムお兄様にあったらどうしたいですか?」
「……そうね、まずは謝りたいわ。私は彼と領地を天秤にとって、領地を選んでしまったもの」
アンリエッタは自分の判断を悔いてはいるけど、間違っているとは思っていなかった。彼女が貴族として生きてこれたのは領民たちのおかげだ。
だから、自分は領地を守るために行動したのは間違っていないと思う。だけど、彼を傷つけたのは事実である。その件に関しては謝りたいというのが本音である。
「では……もしも……もしもですよ。お兄様が魔族と共に行動していたらどうされますか?」
「え、それは……」
彼女は何を言っているのだろう? 何かの謎かけかと尋ねようとしてその瞳が真剣にこちらを見つめているのに気づく。
いい加減な答えはしてはいけないわね……本心でこたえてくれってアンジェの瞳が訴えているわ。
もしも、彼が人類の天敵である魔族と共にいたらどうするか……しっかりと考えて、一つの答えが出てきた。
「そうね……私は……」
答えを口にしようとした瞬間にコンコンっとノック音が響く。とっさに剣に手を置いて返事をする。
「誰かしら?」
「アンリエッタ様、アンジェ様!! 怪しい馬車を見つけたとのことです!! 今兵士たちが戦っている最中ですが敵は強力で手に負えないと……援護を!!」
激しく息をしている兵士の言葉を聞いたアンリエッタは急いで即座に馬車から出る。
私は領民を守るために生きているのだから!!
「アンジェ!! 話はあとで聞くわ。あなたは後方で待機していなさい!!」
「アンリエッタお姉さま!! 仮面の……わないで……」
アンジェが何か言っているが馬の鳴き声のせいで聞き取れない。仮面か……そういえばファントムも最初に会った時に仮面をしていたなとふと思いだすのだった。
★★
「……これは、戦いでしょうか? 街も近いというに物騒ですね……」
とりあえずけが人の治癒をしようとして、逃げている馬車を見つめると、信じられないものを見た。
「あれはエレナさん? それに、あの仮面は!!」
馬車の窓から見えたのはともに旅をしたエルフの少女であり、その傍らには冒険者から聞いた仮面の男……ファントムらしきものを見つけた。
ようやくあえた探し人にセリスははしたなくも大きな声を上げてしまう。そして、近くにいる商人に声をかける。
「申し訳ありません、お馬さんを貸してはいただけないでしょうか?」
「ん? あんたは神官さんか……悪いがこれも商品なんだよ。もう納品相手が決まっているんだ」
「では、その傷ついている子で大丈夫ですので」
セリスが指さしたのは先ほどの馬車が逃亡した時の騒動で、興奮して暴れけがをした馬だった。
「ああ、それなら構わないが……」
「ありがとうございます」
即座に治癒するとセリスはお金を払い即座に馬車をおいかけようとして……
「神の奇跡よ、 我らが戦士たちの傷をいやしたまえ」
振り向きざまに怪我した人間たちを治療する。その姿に気づいた人たちが「聖女だ」などと言っていたがどうでもよかった。
ファントムお兄様は関係ない人が怪我すると悲しみますからね。治療したのがわかったら頭をなでてくれるでしょうか?
ようやく見つけた想い人との再会を夢見て馬をはしらせるのだった。ああ、だけど……
エレナさんが先に合流しているのはもやもやしますね……
ちゃんとみちびけよ、神様。と内心毒づくのだった。
★★★
アンリエッタと主人公の妹ちゃんの関係は良い感じみたいですね……
そして、セリスは合流できるのか?
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