第15話 エレナとティアとグスタフと……

 ティアのよい匂いがするクローゼットに押し込まれた俺が隙間から外を見るとエレナがベッドに座りティアが果実水を注いでいるのが見える。



「夜遅くに申し訳ありません。その……師匠と、エレナさんに何があったか聞きたいなと思いまして……」

「それは……いや、パーティー組むんじゃ。お主にも聞く権利はあるの。それに傷ついておったやつを支えてくれた様じゃしな」



 一瞬逡巡するエレナだったが、咳ばらいをすると少し気まずそうに訊ねる。



「ちなみに……ファントム……じゃなかった。グスタフのやつはなんていっておったんじゃ?」

「それは……パレードの時に大臣から追放を命じられパーティーのみんなも追放するのに賛成していたと聞かされたと……」

「くっ!! あのハゲ!! 半端に残っている毛を全部の毛をひっこぬいてやればよかったわい!!」


 普段の落ち着いた様子からは考えられないほど激昂するエレナ。

 彼女が本心から俺のために怒ってくれている見て嬉しく思っているのに気づく。ああ、俺のあの頑張りは無駄じゃなかったんだなとわかったからだ。



「わしともう一人の仲間聖女セリスはパレードに出た後にグスタフが追放されたことを知ったんじゃ。カインやアンリエッタは知っておった様じゃがな……」



 改めて彼女の口から聞かされてずきりと胸が痛む。そうか……セリスはわからないがあの二人は本心から俺の追放に賛成していたのか……



「それからわしはすぐにグスタフを追ったのじゃが、もはや探知魔法でも見つけられず……ずっと探していたんじゃよ」

「なるほど……では、師匠が聞いた追放時の言葉は何だったのでしょうか?」

「それは……その……」



 言いにくそうにしているエレナだが、俺は一字一句覚えていた。『そうじゃの……ファントムの力は人間が持つには特殊すぎるんじゃ……誰かが見張らねばならぬ……例えばじゃが、エルフであるワシが監視してやるとかかのう……』という言葉だ。

 ああそうだよ。彼女は俺の魔眼を危険視していたのだ。その真意は確認しないと……



「そう言っておけば、あやつと一生一緒にいれるかなって思ったんじゃよ」

「は……?」



 は……? 俺は思わず猿轡の中でティアと同様に間の抜けた声をあげる。どういうことだと思いエレナを見つめるとその顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。



「だって、あいつはアンリエッタの婚約者だったんだもん!! 魔王退治が終わったら領主として仲良く領地をおさめるとか言ってたんだもん!! 魔眼をだしにつかえばあいつとずっと一緒にいれるとおもったのーー!!」

「ああ、そうだったんですね……」

「だって、はじめてだったんだもん。私の研究をちゃんと聞いてくれるのは!! エルフの里でも魔法ばっかりの私は変わり者扱いだったし、みんなろくに話も聞いてくれなかったの。だけどあいつだけは違った。私と同じように興味深そうに魔法について興味をもってくれて……遺跡で私がピンチになったときも王子様みたいに助けてくれたんだよ!! そんなのずっと一緒にいたくなるにきまってるでしょ!!」



 羞恥のためか素の口調になるエレナにティアがちょっと驚いていたが、徐々に笑顔になっていきつられて俺も笑顔になっていく。

 俺がいない状況でわざわざ彼女が嘘をティアにつくことは考えにくい……なによりも目の前のエレナの表情から本心だとわかったからだ。



「あー、それ、わかりますー。師匠ってナチュラルに人を助けますよね。全く人たらしなんですから」

「そうなの!! あいつセリスがお兄様とか呼び出したときも笑顔で受け入れてたし、おっぱい大きい子をしょっちゅう助けてたんだよ!!」



 なぜかジト目でティアがこちらをにらんだ気がする。

 だけどエレナはそんなに俺を慕っていてくれたのか……それこそ一生一緒にいてもいいと思うくらいに……少し……いや、かなり嬉しい。



「あれ……でも、エレナさんってカイン王子ともうわさがあったような……」

「そんなわけないでしょ!! あいつのことは何とも思っていないもん!! 私はファントムが一番なの!! 研究してた転生の魔法だってファントムのやつがアンリエッタと結ばれても、寿命で死んだら転生させて一緒に住もうかなって思って研究していたんだもん!! 物心つく頃から私だけと一緒にいればきっと……うふふ……」

「うわぁ……」



 あれ、なんか怖いこと言ってない? 心なしか笑っている彼女の瞳からハイライトが消えている気がする。 

 先ほどまでの嬉しさは消えてちょっと怖くなってきたんだけど……



「その……エレナさんが師匠のことを大切に想っているのはわかりました。お二人が完全に仲直りをするのを手伝いますよ」

「いいの……? じゃなかった。いいのかのう、わしが本気を出したらお主のチャンスはなくなるぞ」


 素になっていたことに気づき咳払いをしてのじゃロリ言葉に戻すエレナだが、ティアは誇らしげに笑う。


「大丈夫です。だって可愛さでは私の圧勝ですから」

「ふむ。それってわしがクールすぎるってことじゃろ? ってなんで頭を撫でるのよーー!!」



 どや顔するエレナをティアが子供でも可愛がるように満面の笑みで頭を撫でるとほほを膨らませて抗議するエレナ。

 その様子を見て思う。

 パーティーを組む時にエレナが俺以外に素をだすことはなかった。俺たちに必要だったのは本音でぶつかりあうことだったのかもしれないな。



 というか俺はいつまでこうしていればいいんだろうか? 今出たら絶対ダメな奴だよね?






 そして、翌日になり俺たちは魔族に関して詳しい報告をするために冒険者ギルドへと向かう。


 魔族との戦いでこれから騒がしくなるだろうから今度アイシャちゃんの愚痴をたくさんきいてあげよう。


 そんなことを思っていると朝一番にやってきたらしいエレナがいた。なにやらこっちを不安そうにチラチラと見つめているので声をかける。



「エレナおはよう。久々にパーティーを組むけどなまってないだろうね?」

「グスタフ……エレナって呼んでくれた。エレナさんじゃなくて、エレナって呼んでくれた!!」



 不安そうに瞳を揺らしているエレナだったが、俺の軽口と呼び方に本当に嬉しそうに笑う。これは俺と彼女が魔王を倒すための旅をしていた時の儀式のようなものだ。

 涙を拭くと彼女は、俺の軽口にかつてのように小さい胸を張って偉そうに答える。



「誰にものを言っておるんじゃ。わしはエルフ界一の魔法使いじゃぞ」

「ああ、頼むよ。背中は任せた」



 そして、俺が手を差し出すとその美しい瞳に再び涙を貯めながらも嬉しそうにそれを握ってくれる。

 仲直りの握手ってやつだね。



「すまんかった……わしが大臣共の動向をもっとみていれば……」

「俺もエレナを信じれきれなかったんだ。おあいこだよ」



 俺はもう彼女の本心を知っている。ちょっと……いや、想像以上に重かったけど、彼女がどれだけ考えてくれたのかよくわかった。

 だからもう、再び手を取れる。そうおもったのだ。



「うふふ、お二人とも何かたのしそうですね」

「ああ、ありがとうティア」

「お主には感謝しておるぞ」


 

 いつからのぞいていたやらひょっこりと顔出してきたティアに二人で感謝の言葉を伝えると彼女は照れ臭そうに頬をかいた。




★★


 魔族との戦いで負傷したギャメルたちが優れたプリーストがいる隣町の教会に運ばれていた。

 意識がもうろうしていると天使のような美しい顔がほほ笑んだ気がする。



「これで治ったはずです。どうでしょうか?」

「な……腕がちゃんと動くぞ!!」



 暖かい光と共にひしゃげた腕が元通りになっていることにギャメルは驚きの声を上げる。

 治療魔法は万能ではない。骨折くらいならばともかく切れた神経の治療などはできないはずだった。なのに、目の前の少女は誇るでもなく何でもないことのように微笑む。



「ありがとうございます。これで俺はまだ冒険者を続けられそうです」

「よかったです。でも、感謝の言葉は私ではなく我らが神にささげてくださいね」

「おお、すごい!! さすがは聖女様だ……あんな傷を一瞬で治してしまうなんて……」



 ほほえむプリーストに周りの人間たちも敬意の声を上げる。そして、聖女という言葉にギャメルは目を見開いた。



「聖女……? まさか、魔王殺しの聖女セリス様なのですか!!」



 魔王殺しの四人組は冒険者たちの中でもあこがれだ。そんな生きる伝説にであえたということで思わず感嘆の声を漏らすが肝心のセリスは浮かない顔で首を横にふる。



「……私は英雄なんかではありませんよ。だって……本当に救いたかった人の心を救うことができませんでしたから」



 つらいことでも思いだしたのか、つぶやくセリスの表情は本当に悲しそうでギャメルは言葉を失う。

 魔王と戦う過程できっと大切な人をうしなったのだろう。

 

 なんと声をかければいいかわからずにギャメルは仲間の重騎士を治療するセリスを見つめていた時だった。

 グスタフが止血用にとつかったハンカチを彼女が手に取るとその表情がかわった。



「これは……?」

「ああ、すいません。血で濡れたハンカチは応急処置として他の冒険者が……」

「これをどこのどなたからもらったのですか?」

「え?」

「これをどこのどなたからもらったのですか?」



 慌てて説明するギャメルだが、セリスはそんな彼の様子も気にせずに話しかけてくる。



「あ、その……隣町にいるグスタフという冒険者にもらったんですが……どうしたんです?」

「うふふ、お兄様の匂い……忘れようにも忘れません。ようやくです……ようやく見つけましたよ……もう、逃がさないんだから」



 もはやギャメルの言葉が聞こえてないかのように恍惚の笑みを浮かべるセリスに思わず恐怖心を感じる。

 相も変わらず美しい顔立ちだというのにその瞳からはハイライトが消えているのだ。



「神の奇跡よ、 我らが戦士たちの傷をいやしたまえ」 



 その詠唱と共に教会全体に光が覆われる。すると不思議なことにここにいたけが人たちの怪我が一瞬ですべて治療されたのだ。



「な……これは最上級治癒魔法?」

「けが人の治療はもう終えました。それでは私は旅立ちます。それでは!!」

「え、セリス様!? お待ちを……!! 今日は領主様とのお食事が……それにもう夜も遅くですよ!! 魔物が危険です!! セリス様!!」



 強力な治癒魔法を使ったためふらつきながらもセリスは、他のプリーストの言葉など聞こえてないかのように走ってどこかに行ってしまうのだった。








★★★


 これにて二章が終わりとなります。


 エレナと和解できた……そして、聖女が登場しましたね。どうなるのか





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