第4話 ティアという少女
少し時間は戻ることになる。
「は、あのグスタフがようやくパーティーをくんだと思ったら新人かよ」
「あいつ……アイシャちゃんに相手されないからって新人に手を出しやがったな。ロリコンめ」
などという暖かい声援のなか、冒険者ギルドを出てゴブリン退治という簡単な依頼を受けて俺とティアは森へと歩いていた。
ちなみにその言葉を聞いたティアの目から警戒心がむっちゃ増した気がする。ひどい話である。
「まずは魅了を極めよう。そこからだ」
「極める……ですか」
「ああ、魅了は貴族のボンボンを落とすだけじゃない。戦闘でも有用なんだよ」
「いや、別に私は落としたいわけじゃなくて可愛すぎるから勝手に落ちていくんですけど……でも、戦闘ではどう使えるんですか?」
ティアが期待に満ちた瞳でこちらを見つめて体を乗り出してくるものだから、ふわりと甘い匂いがする。
いや、近い近い近い。この子天然で距離が近いな……魅了の能力なしに女性馴れしてなかったら勘違いしそう。
まあ、俺は女性で痛い目を見ているから大丈夫だが……
「ああ、魅了の効果の対象は人間にだけとは限らないんだ」
「人間以外にもですか……あ、確かに昔から動物にも好かれてました。少し頭をなでると体を寄せてくれたんですがあれって私に求愛行動をしていたんでしょうか……なんか悲しいですね……」
「……それはそれで複雑だな」
険しい顔で過去を思いだすティア。まあ、懐かれているんではなく魅力してたと思えば気持ちも複雑だろう。
だけど、その話を聞いて確信する。
ゲーム同様にちゃんと他の生き物にも魅了できるっていうのがわかったのならば彼女はアレを使えるようになるということだ。
そして、山道を歩くと魔物たちの気配にきづいたので足音を消してティアと共に木の間からのぞく。
まだ山に入ったばかりだというのにもうゴブリンに出会うとは……
「ほら、あそこにゴブリンがいるだろ? あいつを魅了できるかな?」
「なるほど……ゴブリンを魅了して、巣の中で寝静まったときに暴れてもらって虐殺するんですね。理解しました」
「蛮族かな? ティアの魅了の効果はせいぜい五分とかだからそれは無理だよ。剣や魔法と同じようにスキルも使えば使うほど強化されるんだ。だから、どんどん使っていこうってわけ」
それがこの世界の元になったゲームの基本である。ゲームではとにかく敵に使いまくってスキルのレベルを上げていったものだ。
それがあまり発展していないのはスキルは剣術や魔法と違いレベルでは表示されないのと強化が緩やかだからである。
じゃあ、なんでわざわざゴブリンにするのかって? それは……
「でも、ゴブリンに魅了って通じるんですか?」
「ああ、できるよ。というか俺がこれから教える強化は人間以外にも魅了を使えるようにならないと使えないんだ。信じられないならやめてもいいけどどうする?」
「……」
突き放した言葉にティアは逡巡するかのように視線をうろうろとさせる。そう、ゴブリンを魅了させるのというのはこの世界では知られていない。こういう風に常識を壊していかなければいけないのだ。
ゲームと違って死んだら生き返らないのだ。わざわざ魔物に魅了を試した人間はそうそういないのだろう。
「やってみます……グスタフさんは途方に暮れている私にごはんをおごってくれて、色々と親切にしてくれました。今だってお金にもならないのに私に付き合ってくれています。だから信じられるとおもったんです」
「わからないよ。実は可愛い女の子がゴブリンにいたぶられるのが大好きな変態かもしれないぜ」
「ふふ、私はとっても可愛いですからね、さぞ興奮するでしょう。でも、アイシャさんが言ってましたよ。あなたはいつも余ったクエストをやってくれるし、私みたいに迷った人を助けてくれているんだって。だから信頼できるし、そろそろデートくらいなら付き合ってあげてもいいかなって思っていると」
「なにそれ、初耳なんだけど!! デートオッケーなの?」
にこりと笑うティアの目にはもう迷いはなかった。彼女はそのまま躊躇なくゴブリンの方へと進んでいく。
ああ、信頼されるのはうれしいけど複雑だなぁ……
この街に来て人とは深入りしないようにしていたんだけどつい頼られるとうれしくなってしまう。そんなことを思いながら、一生懸命ゴブリン相手に谷間をよせたり、ウインクしているティアをみる。
「ちなみに……一番効果が発動しやすいのは優しく触ることだからね」
「もっと早く言ってくださいよぉぉぉ。私のセクシーの無駄遣いじゃないですかぁ。あんなポーズとかとってはずかしかったぁぁぁ!!」
「まあまあ、相手がドキッとするだけでもそれなりに効果はあるから……」
涙目になっているティアが困惑しているゴブリンの手に触れ何かを念じると比喩でなくそのゴブリンの目にハートマークが宿っているのがわかる。
「ゴブゴブ!! ゴブゴブ!!」
「え? いったいどうしたの? まさか、デートのお誘い? く、魅力的な自分が憎い」
そして、そのゴブリンは何か必死な様子でティアの手を引張って森から追い出そうとする。
その様子に違和感を覚えているとすさまじいまでの殺気を感じる。
「ティア、俺の後ろに来て!!」
「え? わかりました。いくよ、ゴブ助君!!」
いつの間にか名前をつけたゴブリンを引き連れてティアが俺の後に来るのと木々を破壊しながら一匹の魔物がやって来るのは同時だった。
「あれは……トロール!! Bランクの魔物がなんでこんなところに!?」
「ゴブゥ……」
ティアが驚きの声を上げるのも無理はない。トロールは強力な力と再生力を持つ魔物だ。
こんなところにいるような魔物ではないのだ。ゴブ助くんがこんな入り口すぐにいたのはあいつから逃げていたからだったのかもしれない。
「グスタフさんはCランクですよね?」
「ああ、そうだけど……ティア?」
「……わかりました。では私が魅了して見せましょう。私は可愛いですからね、トロールだってメロメロですよ」
にこりと笑って一歩でるティアだが、その声は震えていた。一般的に魔物のランクは同じランクの冒険者がパーティーを組んで勝てることを基準にされている。
だから、彼女は俺のランクを確認して……囮になることを決意したのだ。
「ここは俺に任せてティアは逃げて……」
「いやです!! 私はかっこいい冒険者さんに助けられてその人にあこがれて冒険者になったんです。なのに落ちこぼれの私にいろいろ教えてくれてようとした優しい人を犠牲にして生きたくはないんですよ。だって……そんな生き方可愛くないじゃないですか!!」
「ティアは強いな……でも、大丈夫だ」
「グスタフさん!?」
震える彼女の頭をポンと叩いて、俺は一気にトロールの方へと駆け出すとそのまま、魔眼に蓄えていた魔力を剣に纏わせる。
「誰にも言わないでくれよ? 漆黒の刃よ、全てを切り裂かん」
「グブゥ!?」
俺の存在に気づいたトロールが棍棒を振り上げるがもう遅い。その一撃でトロールの上半身と下半身が一刀両断される。ひさびさに使ったが腕はなまっていないようで安心する。
「その力……あなたはまさか……」
ティアが驚いた眼で俺をみている。まあ、今のは魔族の使う闇魔術に近いものだから、驚くのはむりもないだろう
「不気味なのはわかる。だけど、このことは誰にも言わないで……うおおおお!?」
「もちろん言いません。トロールを一撃なんてすごすぎます!!」
魔族と同じ力を使ったからちょっとビビられると思ったけど、そんなことなかった。命を救われた感動のあまりか抱き着いてくる彼女の柔らかい感触に少しにやっとしてしまう。
「実はこの人のこと本当に信じていいのかっ?て五分に一回くらい思っていましたけど、今ので確信しました。一生ついていきます!!」
「いや、一生はついてこなくていいけど……でも、信じてもらえて何よりだよ。だけどなんでこんなところにトロールが……ちょっと嫌な予感がするから、一気に修業のランクをあげるよ」
「はい、もちろんです。これからもよろしくお願いしますね。師匠!! どんな指導でも受けますから」
絶体絶命のピンチを救ったとはいえ、やたらと好感度の上がったティアちゃんに困惑しながらも俺は街の方へと戻る。
ティアに手を振っているゴブ助君見送られながら考え事をしていた。
トロールはこんなところに現れるような魔物ではないのである。まさかクリア後のあれがはじまったのか……。
そして、街に戻った俺はさっそくティアの新しい特訓をしていた。
「いらっしゃいませ、ご主人様ぁ♡ ティアのおすすめは萌え萌えビールだよ♡ ってこれが本当に修業になるんですかぁぁぁ!?」
さっそく反抗されたんだけど……
☆☆
ここはとあるエルフが住んでいる屋敷である。結界がはってありすでに彼女以外誰も入れない未開の領域と化している。
そして、その一室には古今東西の探索魔法の呪文書やマジックアイテムが乱雑に散らばっていた。
「この魔力は……やはり生きていたのじゃな、ファントム。今会いに行くぞ」
水晶を前にエルフの小柄だが美しき女性……元勇者パーティの賢者エレナは一年ぶりに笑みを浮かべたのだった。
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