第3話 アンリエッタの後悔
「わが名はファントム!! この世のすべてを滅する夢幻の英雄なり!!」
彼との出会いは10歳の時、婚約者との顔合わせの場だった。その婚約者の評判はわがままで傲慢と非常に悪かったが、今にも取り潰しになりそうな私の家は婚約の申し出を断ることができなかったのだ。
だから、今日という日がくるのは憂鬱だったのだが……
「……漆黒のマントにドクロのお面……かっこいい……」
「うっそだろ? これで好感度あがるの!? 」
初めて会った彼はかなり個性的な服装と仮面を身に着けており、そして、魔法か何かを使っているのか、マントが風もないのにたなびいていた。
婚約者との顔合わせに着けてくるような恰好ではないのは幼い私にだって、わかる。だけど、彼の自由な姿に興味を持った。
「その恰好よいわね!! とっても似合っているわ。何かをモチーフにしているの?」
「そんな……ドン引きさせて婚約の話をうやむやにされる巧妙な作戦が……」
思わず感嘆の声をあげた私に彼がなぜか頭を抱えながら引いた声をあげる。興奮している私に苦笑しながらも優しくエスコートしてくれる彼は噂とは違いとても大人びて見えた。
そして、そんな彼との顔合わせを繰り返していくうちに、仲良くなっていろいろな悩みをはなすようになってきた。
「私のユニークスキル『破邪』は魔族を倒すためのスキルなんだって……でも、剣をふるったりするのは怖いよ」
「だったら守るための力を得ればいい。破邪は攻撃だけじゃない。大切な人を守るための力にもなるんだ」
「守るための力……」
ファントムのその言葉は私は不思議としっくりときた。お父様やお母様……そして、目の前の彼を守るためならば私は強くなれると思ったのだ。
そして、私は彼の指示に従いながらスキルを磨いていた。それは先生の教え方とは全然違ったけれど、彼といるのがうれしいこともあり私はどんどん強くなっていく。その結果一つの手紙が王都から届けられた。
「そうか……アンリエッタは魔王を倒すための英雄の一人に選ばれたのか。よかったじゃないか。褒賞をもらえば家だって建て直せるだろう?」
「ええ、これもあなたが私のスキルを鍛えてくれたおかげよ、ありがとう」
彼との初めての出会いから何年も立っていた。その間に色々なことがあった。
彼は盗賊にさらわれそうになったところを助けてくれたり、自分のスキルに悩んでいる私に色々なアドバイスをくれたりした。
そんなふうにいつも助けてくれる目の前の彼を好きになるのは当たり前のことだっただろう。
「でも、私が旅に出たらこんなふうに会えなくなっちゃうのよ、それに私が英雄になったらほかの人から求愛だってされるかもしれないわよ。それでファントムはいいの?」
「そりゃあ、寂しいけどさ……アンリエッタが旅立たないと世界は救われないんだよ……」
もちろん誰かに言い寄られても断るつもりだが、彼の反応が知りたくて思わず意地悪なことをいってしまう。ぷくーっとほほを膨らませるとファントムは複雑そうな顔で何やらぶつぶつとつぶやいている。
時々彼はよくわからないことを言うが、彼も寂しいと言ってくれたことがうれしくてそんなことは気にもならなかった。
「だったら、ファントムも私についてきてよ。私なんかより強いし……なによりあなたがいたら安心ですもの」
「それは難しいって。俺のスキルを知っているだろ?」
彼は自分の目を指さして、申し訳なさそうに首を横にふった。彼のスキルは『**の魔眼』。人類の敵である魔王に近い忌み嫌われた力だ。
辺境であるここではそこまで差別は強くないが、王都にいけばどうなるかわからない。
「そうね……ファントム……私が英雄になったらあなたみたいに魔眼を持っていても迫害されない世界をつくってみせるわ。これは私にスキルの正しい使い方を教えてくれたあなたとの約束よ」
「アンリエッタ……」
「だから……もしも、この旅が終わって帰ってきたら伝えたいことがあるの。ちゃんと聞いてね?」
顔を真っ赤にした私の意図は伝わっただろうか? 自分と同じくらい顔を赤くしている彼を見てほっと一息ついた私は彼と別れ王都へと旅立った
そして、旅の途中で私たちのピンチを助けてくれた彼と再び会い、ともに魔王を倒すことになる。
今思えばその時が私の人生で一番楽しかった時間だった気がする。
「なんでファントムがいないのよ!!」
魔王を倒し王都に帰還し、祝勝パレードが終わり城に戻った私は、部屋で待機しているはずの彼がいないことに気づき近くにいた兵士を捕まえて抗議の声をあげる。
「それが……ヨーゼフ様とお話をしていると思ったらいつの間にか窓から出て行ってしまったようなのです」
その言葉で彼の荷物もなくなっていることに気づく。彼は魔眼という魔族に似た能力を持つことから忌み嫌われており、それを理由に祝勝パレードにも出るのを断っていたと聞いていた。
だから、そのあとで彼の力で魔王を倒せたのだと王に訴え、世間の風評を変えようとパーティーのみんなで話し合っていたのだ。
なのに肝心の彼がいなければ意味はないではないか。
「ヨーゼフ様はどこ!! 詳しい話を聞かないと!!」
「それは……」
「おやおや、そんなに慌ててどうしたのですかな? これからめでたいパーティーだというのに物騒ですな」
思わず兵士に喰いかかっていると胡散臭い笑みを浮かべたヨーゼフがやってくる。彼は魔眼を持つファントムを嫌っていた。だけど、まさかこんなめでたい日に変なことをするなんて思ってもみなかったのだ。
「ファントムなら出ていきましたよ。魔眼を持つ俺は英雄にふさわしくないとおっしゃってました」
「嘘よ……あいつが私に黙っていくはずがないわ……」
だって、彼は私の大事な幼馴染でとある事情で一度解消したが婚約者だったのだ。
今の聖騎士としての自分があるのは彼のおかげだと確信を持って言える。だから、彼にはこれから想いをつげようとおもっていたのに……
「ファントムはどっちにいったの? いま行けばきっとおいつけるはず……」
「よいのですかな? パーティーを欠席するということは褒美も拒絶するということ……そのままではあなたの領地は取り潰しになってしまいますぞ」
「あなたは……最初からそのつもりで……」
にやりと笑うヨーゼフの言葉で理解する。
きっとこの国は英雄が欲しいのだ。ほかの貴族に身売りをするしかなかった貴族令嬢が魔王を倒して領地を復興する。実に彼らが望みそうな英雄譚である。
「ファントムは僕らの栄光のために身を引いたんだ。意図を組んであげようよ」
「カイン……本気で言っているの? あなたと彼は親友だったでしょ!!」
いつから話を聞いていたのだろう、パーティーメンバーのカインまでやってきてはそんなことを言う。
共に魔王を倒した英雄でありこの国の第三王子である彼がヨーゼフをいさめてくれればと思ったがまるでそれが当たり前かのように言う。
「もちろん、僕は本気だよ。それよりも僕が魔王と戦う前に言った言葉は覚えているかな?」
「あなたの妻にならないかって話? 今はそんなことを話している気分じゃないし、そもそも受ける気はないわ」
だって、私の心のあるのは目の前の男ではなく彼なのだから。それにカインは自分だけでなく、他の二人にも同様の声をかけていることも知っている。
はなしにならない。
「つれないねー、だけど、パーティーには出てもらうよ。魔王を倒した英雄の苦労をねぎらうパーティーだ。英雄の一人である君がいなくなったら温厚な父も泥を塗られたと怒ってしまうかもしれないからね。そうすれば君の領地もどうなるか……わかるだろ?」
「……あなた変わったわね。昔はファントムと支えあっていたのに」
「ふふ、人は変わるものだよ。彼にべったりだった君が自分の領地と彼を天秤にかけるようになったみたいにね」
カインの嘲笑に近い言葉にいらっとしたが、ある意味正しいと思う。もしも旅をする前だったら私は躊躇なく彼を追いかけただろう。
だけど、世界を旅した私は知ってしまった。色々な人々が一生懸命生きているということを……そして、彼らの人生を握っているのは領主であることを……
そして、迷った結果私は祝勝パーティーに出る。だけど、出席した英雄は私とカインだけだった……
「また夢を見たわね……」
あの日かけださなかったことの夢を見る。そして、パーティーが終わった後にあわててファントムを探しにいったが、影も形もなかった。
結局私はカインのふざけた婚姻の誘いも断って自分の領地の領主となっておさめている。
「ファントム……どこにいるのよ……」
彼の故郷の領地とは隣ということもあり情報交換を続けているが一向にその姿は見つからない。
「ねえ、また私に会いに来てよ……それで色々話して、私にまたいろいろ教えてよ……」
かつて彼からもらった仮面に触れると、涙があふれてくるのだった。
★★
「私が女の子の良さをおしえてあげる♡」
「ゴブゴブ?」
ティアが谷間を強調するようなポーズを取るとゴブリンたちが困惑した様子で話し合っている。
その顔は「なんだ、こいつこわっ!!」って感じである。そう、この世界では某ゴブリンスレ〇ヤーのように生殖目的でゴブリンが襲うことはない。彼らからしたら異種族が発情しているだけにみえているのだろう。
まあ、俺たちも猿には欲情しないしそんなもんだろう。
「グスタフさぁーんーーーーこれって本当に効果があるんですか!! 私のかわいいポーズをあなたが楽しんでいるだけでは?」
「ああ、俺を信じるんだ。魅了を完璧に使いこなせばティアは強くなれるぞ」
「わかりましたよ、やればいいんでしょう、やれば!! 私の可愛さならゴブリンだってメロメロですよ。ほら、これでどうですか?」
やけになったティアがゴブリンを相手にウインクをする。その様子にゴブリンはさらに困惑するのだった。
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