第5話 大賢者エレナの後悔

 私ことエレナにとってカインという青年との旅は退屈なものだった。人にしてはエルフに対しても偏見もなく好青年であり、エレナにも分け隔てなく話しかけてくるが魔法にしか興味がない彼女からしたら煩わしいだけだった。



「ふん……エルフが滅びの道を進んでいるのはわかっておるわ。だからと言って人間に媚びを売るようになるとは終わりじゃな……」



 そんな態度だからか、剣聖のカインと、聖騎士のアンリエッタ、聖女のセリスの三人とはいまいち仲良くはなれていなかった。

 そもそもがだ……魔力が高く魔法が得意だからと長の命令で旅に同行している自分と、人類のために魔王を倒すと言っている彼らとはモチベが違った。



「すまんが、この近くにかつてエルフが作った遺跡があるらしいんじゃ。少し様子をみてきてもいいかのう?」

「じゃあ、僕らも一緒にいこうか?」

「大丈夫じゃよ。お主らは長旅で疲れているじゃろ? それに魔法のトラップがあるから魔力がない人間では探知も反応もできんからわしだけの方が効率がいい」



 カインたちの同行を断って私は一人立ち上がる。本心は彼らといると気を遣うのからだ。



「未知の遺跡か!! ならば、俺も行っていいだろ。トラップにも俺の魔眼が役に立つとおもわないか、師匠!!」

「ふむ……いいじゃろ。ついてくるがいい、ファントムよ」



 手を挙げたもう一人のパーティーメンバーの青年……ファントムの言葉にしばらく逡巡したあとに私はうなづいた。

 彼が遺跡という言葉に反応しており目が輝いているの見て、同志を見つけたようで少しうれしく感じたのは事実だ。それに彼とほかの三人と比べて魔法に異常なまでに興味をもっている上に斬新な発想を持っており、しょっちゅう話しているので打ち解けているのだ。

 その証拠に特別に師匠と呼ぶのも許しているほどだ。



「もう、街で一緒に買い物したかったのに……」

「悪いって、なんかお土産を持ってくるからさ、許してくれよ、ハニー」

「まあまあ、アンリエッタ様仕方ないですよ。ファントム兄さまは魔法が大好きですからね。買い物なら私がお付き合いしますよ」

「ふふ、ファントムはモテモテだなぁ」



 ほほを膨らましてすねているアンリエッタとそれをなだめるセリス。その様子を楽しそうに見つめているカインをよそに私が歩き始めるとファントムがついてくる。



「いいのか? アンリエッタはお主と一緒にいたかったみたいじゃが」

「あはは、そうだな。だが何者も未探索な遺跡の魅力には抗えない。それに師匠が心配だからな」

「ふん、子供扱いするでない。弟子のくせに。わしは150歳じゃぞ」


 冷たくあしらう彼との出会いは不思議なものだった。エレナたちがピンチの時にやってきて魔物を倒した後に同行を申し出たのだ。

 アンリエッタとは顔見知りだったこともあり、戦闘の足手まといになったらおいていくという条件で同行は許可された。そんな彼が私に最初に言った言葉はいまでも覚えている。



「俺はもっと強くならないといけないんだ。だから魔眼の扱いかたをおしえてくれないか!!」



 確かにエルフは精霊と親和性が高いため魔法に対する理解度は高い。だから彼の魔眼の効率の良い使い方も研究すればわかるだろう。

 だが、私は彼に興味がなかったので無理難題で断ることにした。



「魔法とは精霊の力を借りることじゃ……それはお主の魔眼も変わらぬ。まずは慣れよ」



 研究材料が欲しかったので、魔眼で探知してスライムを100匹狩ってこいと言ったり、肩こりがひどいときに延々と魔法を使ってマッサージをさせたり、蚊が飛んでいたので魔眼を使わせて倒させたりといろいろとさせたのに彼は私を師匠と呼んでずっと聞いてくれた。

 そして、ある時彼は満面の笑みで言ったのだ。



「師匠のおかげで魔眼の制御が精密にできるようになったぞ!!」

「え、マジで?」



 そう言った時の彼の信じられないものをみるような表情は本当にみものだった。だけど、私も驚いていたのだ。

 確かにあれらは彼の魔眼のレベルを上げるのに必要なことだったが、偏屈でぶっきらぼうな自分のいうことを本当に信じて実行していたなんてエルフの里にもいなかったのだ。

 だから、自分を信じてくれた彼に興味を持った。



「師匠、この遺跡のゴーレムは魔法が効かないから気を付けるんだ。出会ったら逃げるぞ」

「なんでそんなことを知ってるんじゃ。お主は……」



 そして、もう一つの興味を持った理由は彼の知識量だった。私もしらない遺跡のトラップなどを知っていたり、まるで未来を知っているかのような情報に助けられたことは何度もある。

 そんな彼との関係が変わったのは私が遺跡のトラップに引っかかった時だった。彼に警告されていたのに、彼女は呪文書に目がくらんでゴーレムに見つかり襲われてしまったのだ。



「あはは、大丈夫か? 師匠」

「わしは……私は大丈夫よ!! でも、ファントムのその傷は……」

「よかった……死亡フラグは回避できたか……」



 ゴーレムをたおしたものの、魔眼を限界以上に使い、その瞳から血を流している彼の姿に私は芝居がかった口調もかっこつけた演技もやめて泣き叫んでいた。



「よくないよ、このままじゃファントムが死んじゃうよ?」

「ああ、それなら大丈夫、カバンに入っているポーションを……」

「うん、わかった。これね!!」



 彼の目にポーションをかけるとその傷が一瞬で癒えていくのを見てうれしさのあまり抱きしめる。

 そのポーションは非常に高価なはずで、まるで誰かが大けがをするのをわかっていたかのような周到さだったが気にもならなかった。



「よかった、よかったよぉ……私のせいでファントムが死んじゃうと思ったんだからぁ……」

「だから無茶するなっていったろ?」

「だからってファントムがむちゃしていいわけないでしょ……罰としてもっと撫でて……」



 彼が頭を撫でてくれるとちゃんと生きているのだとわかり心が落ち着くのを感じて、つい甘えてしまう。それをどれくらいしていただろうか。

 私は顔を赤らめながら立ち上がる。



「お主……わしを子供っぽいと思ったじゃろ」

「いや、何のことかな? 俺の師匠はいつでも頼りになるかっこい大人だぜ」



 つい本性を現してしまい恥ずかしくなっている私に彼は気にしてませんよとばかりに笑っている。

 でも、無理はない。だって、私は150歳。人間でいうと15歳なのだから……そして、恋愛経験のない彼女は命を救われるという状況にドキドキとしてしまい、これが恋だとしばらくして知るのだった。



★★



「ファントムがおらんな……どういうことじゃ?」

「そうです。私たちは五人で魔王を倒したのですよ。ファントム兄さまがいないのはおかしいのでは?」



 謁見の間への控室にていつまでもファントムがこないことに疑問に思って口にするとセリスもけげんな顔をすると、アンリエッタが顔をそらし、カインがごまかすように笑う。



「まあまあ、正式に王に魔王退治を命じられたのは僕ら四人だよ。それに魔眼をもつあいつは英雄にふさわしくないんじゃないかな」

「何を言っているのですか!! ファントム兄さまがいたから魔王をたおせたんですよ!!」

「……」


 激昂するセリスと無言のアンリエッタ。そしてにやにやとしている目の前の男の表情で……カインが何かをしたのだとわかった。



「お主……ファントムに何を言ったのじゃ?」

「まあまあ、落ち着いてよ。彼は自分から褒賞を断ったんだ。エレナなら魔眼の恐ろしさもしっているでしょ。前言ってたもんね」



 にやにやと笑っているカインが音声を再生する魔道具を取り出すと昔言った言葉が聞こえてくる。



『そうじゃの……ファントムの力は人間が持つには特殊すぎるんじゃ……誰かが見張らねばならぬ……例えばじゃが、エルフであるワシが監視してやるとかかのう……』



 確かにそうは言った。だけど、その意味は違う。この国ではなくエルフの里ならば強力な魔眼を持つ彼も迫害されずに生きていけるだろう。そう思っていったのだ。



「お主……これをファントムに聞かせたのじゃな」

「エレナ!! 王城で魔法はシャレにならないわよ!!」



 私が思わずカインに魔法を放とうとすると、アンリエッタがとっさに制止する。それに対して不快な気持ちを覚える。



「大体お主はなんでこんなところにいるのじゃ? ファントムが失踪したことをしっているのならば探すべきじゃろ。だって、お主は婚約者なのじゃから!」

「それは……このパーティーに出ないと褒賞が……領民が……」



 その一言を聞いた私は最後にアンリエッタをにらみつけて立ち上がる。



「話にならんな。なら、ファントムはわしがもらうぞ!!」

「まってよ。いいのかい? 君がいなければエルフたちと人間の共存が……」

「そんなん知るか!! それで滅ぶのだったらエルフはそれまでだったということじゃ!!」



 カインの言葉を吐き捨てるようにして駆け出した私は急いで探索魔法を使うがすでに遠くに行ってしまったのか反応がない。

 結局は私は彼を見つけることはできず、ひたすら引きこもって魔眼の魔力を探索する魔法を作り出すために研究をするのだった。

 本当はとある目的のために転生の魔法を作るために研究していたがそんなものをやっている場合ではない。

 そうして一年間ろくに外出もせずに研究と探索を進めてようやくファントムの魔力を発見したのだった。



「やっと見つけたよ……ファントム……もう、私は目を離さないからね……」



 一年ぶりに笑みを浮かべた私はふらふらになりながらも目的地へ向かおうとして鏡をみる。

 そこには目の下にクマがあり、サラサラだった髪はぼさぼさで、薄汚れたローブをみにまとっているエルフがうつっていた。



「このままじゃ久々に会っても嫌われちゃう……とりあえずお風呂入ってエリクサーを飲もう……」


 正直時間は惜しいし、エリクサーは大変貴重なものだが、生命力の回復にも絶大だ。不健康そうだと心配されたくないし、彼には美しい自分を見てほしい。それは私なりの乙女心だった。

 一年ぶりに外に出る彼女は最低限の身だしなみを整えて魔力の反応があった場所へ

と向かうのだった。





★★★



エレナはファントムと出会えるのか……


面白いなって思ったらフォローや応援お願いします。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る