第18話 意地悪言ってごめん

 正門をくぐり駐輪場を通り抜けると、きゅっと靴の鳴る音やかけ声が飛び込んできた。ボールを突くトリブルの音。

 真冬だと言うのにバスケ部の練習している体育館の入口は、どこも開け放たれていた。

 

 到着するなり凛花も、杏も、扉から身をのり出してバスケットコートをガン見する。

 私服で他校に来ていることに気後れひとつ感じていない、堂々とした態度だ。

 突然、凛花がひゃあっと口元に両手を当てて目をキラキラさせる。


「ももちゃん、相っ変わらず姫感あるわぁ。なに、あの細い足! ぶつかられたら吹っ飛ばされちゃう」


 体育館を走り回る彼らの練習着はすごく薄手だ。

 それなのにみんな汗だくで、百瀬なんか頬をりんごみたいに真っ赤に染めている。

 小学生の時からそうだ。体力がなくてすぐにばてる。

 足をもつれさせて、今にも転んでしまいそうだ。


「大葉南朋は背が伸びたね。会わなくなって一年も経ってないのに。顔立ちも兄に似てきた?」


 杏のいうとおり、男子は背が伸びてきた。

 背だけじゃなく、骨格ごとがっしりしてきた。

 これまで見下ろしてきた男子もこの一年でぐんとたくましくなった。

 あたしをゴリラ女よばわりした上級生たちも。

 小学生の時は勝てたバスケも、きっともう敵わないな。

 胸の奥がしんみりする。


「あれっ、そういや大葉兄、居なくない?」

「兄はバスケ部じゃないもん」

「うっそ。なんで?」


 あたしの返事に杏が声を裏返す。


「なんでって、知らないよ。でかい声出さないで。目立つ」


 あたしは口の前に人差し指を立てて牽制する。

 制服じゃない上、化粧もしてる。気付かれたらと思うと、気が気じゃない。


「だって、昼休み毎日バスケットゴールの前にいたじゃん。あとは、いかにもスポーツマンな柳川さんと、王子と、王子に引きずられてくるももちゃんに、大葉南朋がイツメンで……。ね? 由美子」


 杏はいちおう声を落とした。それでもまだ大きい気はするけれど。

 たずねられた由美子はサラッと答えた。


「確か、兄は美術部だって大葉くんが」

「ひえっ。運動部ですらないのか。どうしてまた」


 杏は何をそんなに大葉兄にこだわってるんだろう。

 確かに彼のバスケは華やかでとても楽しんで見えたから、美術部は意外ではあるが。


「案外、コツコツ積み重ねるのが好きなタイプなのかも。勉強は、入学以来学年トップ独走中なんだって」

「うっそ。ギャップ強すぎ」


 由美子の言葉に今度は凛花がおどろきの声をあげた。

 小学校の時のやんちゃなイメージとはあまりにかけ離れていたから、あたしも未だ信じられないでいるが、大葉兄の頭の良さは学年でもずば抜けていると有名だ。

 態度が態度なので、今もって優等生のイメージはまったくないのだけれど。


 弟の南朋の方が真面目だし、優等生の印象を持っている人も多いと思う。

 でも、さすがにトップではない。バスケでもそうだ。地味に良い仕事をするそつのない良い選手。

 弟の方がコツコツ頑張る努力型というイメージにピッタリだ。

 

 天才型で気まぐれな兄なんかがいると、比べられて辛いだろうなと同情してしまう。

 大葉が割と万能に見えるのにひかえめな性格なのは、有能すぎる兄の影響かもしれない。


「で、由美子。それも大葉情報?」


 ニヤニヤとした凛花の視線に由美子はだまって頬をそめた。杏が大きくため息をつく。


「そっかぁ。兄はもうバスケやってないんだぁ……」

「杏のお目当てってもしかして、大葉兄だった?」


 がっかりする杏に凛花がからかい口調でたずねる。杏は照れも見せずに肯定した。


「まあね。あ、でも好きとかではないよ。あの人には決まった人がいるじゃん。単に体育館にいないの変だなって思っただけ。……あれ、でもどっちにしろいるはずがないのか。あの人受験生だ」


 杏はいち、にと指を折る。


「ちょ、ちょちょ。大葉兄まさか彼女いんの? だれ?」


 こういう話題は凛花の大好物だ。


「え。ももちゃんのお姉さんと付き合ってんじゃないの?」

「えーっ、うそ。ももちゃんの?」


 杏の返答に三人の声が重なる。杏が首をかしげた。


「あれ。違うの? そこまで意外じゃなくない?」

「俺がどうしたって? さっきからうるさいよ。気が散るんだけど」


 とつぜん割り込んできた声に目をむけると、鼻の頭にたまの汗を浮かべた百瀬がとびらに手をつき、呆れ顔であたしたちを見ていた。

 いつの間にかバスケットコートに入るメンバーが入れ替わっている。

 

 杏がすかさずよそゆきスマイルを作る。


「わわ、ももちゃ……いや、百瀬君。久しぶり」


 いまさら言い直しても、すでにももちゃんよびしていたのは聞かれている。


「吉永さんと、遠山さん。なんでうちの学校に?」

「あはは。えーっと……」


 百瀬の問いに、杏はヘラヘラ笑って視線を泳がせた。

 凛花にいたっては、メデューサににらまれて石になったかのように固まり、気配を消している。

 仕方がないので代わりにあたしが百瀬の質問に答えた。


「今日久々に集まったんだよ。それで、凛花たちがうちの学校見てみたいっていうから、ちょっとだけ」

「ちょっとどころか、かなり目立ってるよ。しかも制服じゃないし。つかまってしぼられても知らないぞ」


 さっきまでコートを走り回っていた百瀬の頬は今もチークをのせたようにあざやかにそまっている。くちびるもサクランボのように赤い。

 相変わらずきれいだなと見惚れていると、百瀬の大きな瞳があたしをまじまじと見返してきた。


「なっ……なにっ?」

「いや別に。なんかいつもとちがうと思って。高橋、化粧してる?」


 百瀬の指摘に、かあっとなった。

 瞬間、バカにされる! という思いでいっぱいになる。


「そんなこと、どうでもいいでしょ。ていうか、あんた激しくばててんね。一人飛びぬけて貧弱じゃん。よくそんなんでバスケ続けられるわ」


 気がつくと、別のだれかが身体をのっとったかのように、あたしの口からは嫌味がさらさらあふれ出していた。

 あれ? なんでこんなことを?

 女子三人が凍りつく。


「こら。かなえ、なにいきなり意地悪言ってんの」


 杏があたしの後頭部にチョップする。

 百瀬はムッと口をとがらせ、冷たい目であたしを睨みつけた。


「別に、人が何をしようが自由だろ? ほっといてくれよ」


 そりゃ怒るよね。なのに傷つくことを言っといて、こんなのただの冗談じゃないか、なんて言い訳が浮かぶ。

 そんなの通用するもんか。

 ああ。どうして思ってもいないことをベラベラと……。百瀬を前にするといつもこうだ。

 バカにされてなんかいないのにそう思い込んで、仕返ししているみたいに本人の気にしているところばかりをあげつらう。


 最低だ。こんなんじゃ嫌われても当たり前だよ。

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