第10話 あたしのともだち
キラキラと細かなラメの反射するグロス。
バヤリースオレンジみたいな色のキュートなマニキュア。
リボンをかたどったロマンチックなピンクのチークケース。
お姫様になろうよ、ドレスを着て舞台に立ったあの頃みたいに。
色とりどりのコンペイトウのように甘くてかわいいあこがれの世界が、テーブルの上から誘いかける。
「杏、凛花。悪いけどあたし、そういうのはもう……」
震える声を絞り出すと、凛花がすごいいきおいでさえぎった。
「なに言ってんの。小さい時は、かなえが一番こういうの好きだったじゃん。化粧だって真っ先に興味持つと思ってたのに。なんなの。だっさいかっこうばっかしてさ」
四年生までのあたしなら確かに凛花のいうとおりだ。
コーディネートを考えるのが大好きで、それだけでワクワクしていられた。
思いどおりにならないくせっ毛だっていつかうまくまとめて見せようと、ママに動画を見せてもらって練習してた。
でも今はあのころのあたしとはちがう。広がるくせ毛をギュッとしばりつけ、身体のラインをひろわないくすんだ色の服を選ぶ。
もう二度と、身のほど知らずのイタイ子だって笑われたくないから。
「人は変わるんだよ。あたしはもう、そういうのには興味がないの」
「ウソ。そんなはずない」
「決めつけないで。あんたたちにあたしのなにがわかるって言うの?」
とがった声が飛び出して、やかましかったリビングがシンとなる。
「わかんないけど……でも今日くらい、いいじゃん。せっかく持ってきたんだし。かなえは私と肌の色が近いから、しっくりくると思うんだよね。ほら、これなんかよくない?」
とりなすように笑って、杏はあたしの乾燥してガサガサになった、みにくい魔女のような手を取った。
テーブルの上からバヤリースオレンジのマニキュアをつまみあげ、爪の横にならべてみせる。
「ほら。絶っ対、似合う」
「どこがよ。そんなの、かんちがい女と思われる」
なにがおかしいのか、杏はぷっとふき出した。
「なにそのひどい思いこみ。ぜんぜんそんなことないから。ぬってみようよ。ほら」
——もしかして、自分のことかわいいって思ってる? ——
頭にあの時の男子の言葉が浮かんで、思わずマニュキュアのびんをはじき飛ばした。
「ちょっ……あぶないよ。どうしたの?」
「わかってんの! あたしにかわいいものなんて似合わない。化粧なんかしたら、それこそ女装みたいになんだからっ」
杏が目を見開いてこちらを見る。なにしてんだろ、あたし。一人であばれてバカみたい。
凛花が顔をしかめ、飛んで行ったマニキュアを拾い上げる。
「はぁ? なんの冗談よ。男になんか間違いようがない体して」
「だから、それが嫌なんじゃん」
潤んだ目で凛花をにらみつけると、ついに涙がポロポロとこぼれ落ちた。
やだな。あたしみたいなゴリラ女が泣いても、みっともないだけなのに。
二人ともびっくりして固まってる。なにも知らないんだから、意味がわからないよね。
あたしがだれにも言わなかったんだ。
あの時のことは、ママにも、友達にも、先生にも言えなかった。
男の子からイタイかんちがい女と思われてる恥ずかしい子だって、知られたくなかったから。
知ればきっと、手放しでほめてくれてた杏や凛花の目が覚めてしまう。
本当のあたしは恥ずかしい子なんだってわかってしまう。
凛花が口をとがらせる。
「なにも泣くことないじゃん。なんなの。意味がわからないよ」
「とにかく、よけいなお世話なの。化粧のことだけじゃない。バレンタインのことだってそう。勝手に気持ちを決めつけられて、ずっとずーっとうんざりしてた。ほっといてほしいんだよ。土足でふみこんで、かき回さないで」
とうとう言ってしまった。とたんに杏の大きな瞳が涙に覆われる。
「ずるいよ。言われたからってすぐ泣いて。あたしが悪いみたいじゃん。いっつもそう。あたしの気持ちは無視するくせに、自分ばっか……」
素直に泣いてずるい。傷ついたって顔してずるい。
あたしは泣くことないって責められるのに、ずっとがまんしてきたのに。こんな簡単に、泣けば許されると思って。
……違う。杏はそんな子じゃない。あたし、杏に嫉妬してる。
「だって。かなえが泣いたら、私も悲しいから」
杏は鼻をすすって泣きくずれた。
私も悲しい? なにそれ。そんなことで泣いてるの? 言われてショックだったからじゃなくて。
凛花は石のように固まってだまりこんでいる。責められているように思えて余計なことを口走ってしまう。
「あんたたち、何度言ってもまともに聞いてくれないから、正直うざい」
言い過ぎだ。この言葉は全部がほんとってわけじゃない。いつもいつもじゃないんだ。
なのに、どうしてこんな言い方になっちゃうんだろう。
がまんしてきたことを伝えたいだけなのに。
杏は泣いてるし、凛花はうつむいてて……まるでこっちが一方的にいじめてるみたいだ。
ピンクのエプロンをした由美子が、パイレックスの耐熱ボールをかかえてリビングにもどってきた。
「おまたせ。ごめんね。湯せんに使える大きいボール、ふだんはいらないから物置にしまってあって……どうしたの?」
由美子は目を丸くしてあたしたちを交互に見た。とびらを開けるといきなりお通夜みたいになっているのだ。それはおどろくだろう。
由美子の問いを無視して凛花があたしにたずねる。
「かなえ、いつからかスカートはかなくなったよね。色も地味なのばっか選んでさ。なんでなの」
あのことにはふれたくなくて、むっとだまりこんだ。由美子は静かに成り行きを見守っている。
「あたしのなにがわかるのって言うけど、知るわけないよ。かなえがなにも教えてくれないんじゃん。そのくせわかってくれないって責めるのはずるくない?」
凛花のいうとおりだった。
なにも言わないでもわかってほしいなんていうのは、うちの弟みたいな幼児さんが言うことだ。
それでも知られるのは怖かったし、それと同時にわかってくれないことにどうしても腹が立ってしまう。
あたし、めちゃくちゃだ。ともだちにいったいなにを期待しているんだろう。
杏がつらそうに顔を上げる。
「かなえが何か抱えてるんだろうなっていうのはわかってたよ。どんなことかまではわかんないけど。でも、だから私、元気にしてあげればいいんだと思ってた。イベントとかオシャレとかかなえの好きだったこと、楽しいことでいっぱいにして、嫌なことを忘れさせてあげられたらなって。だけど私はバカだから、ウザいことしか……できなくて」
言いながら感情がたかぶったのか、最後はしゃくり上げるみたいになった。
ローテーブルの上にもどされたオレンジ色のマニキュアに目を落とす。
そっか。杏はただ私に元気を出してもらいたくて、準備してきたんだ。
喜んでもらおうと思って、サプライズだって、気持ちを盛り上げようとして。
その気持ちを思うと胸が痛んだ。
由美子はかかえていたボールをテーブルに置き、あたしたちを一人一人見た。
「私は、無理に話さなくてもいいと思うの。きっと何か理由があるんだってことは、みんなわかってるんだから。でも、もしもかなえちゃんが聞いてほしくなったら……その時のために聞く準備だけはしてるよ」
あたしのともだちはみんな、優しい。
「うん。私、まじめに聞くから。自分の気持ちを押し付けたりしないよう気をつける」
「……私も、からかったりして悪かったよ。服のこともバレンタインのことも」
杏が姿勢を正して宣言すると、凛花もそれに続いた。
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