第6話 あたしがいけなかったの
おしゃれすることに背を向けた日のことは今でもはっきりと覚えている。
まだ残暑が残る秋の放課後。あたしは四年生だった。
その日の朝、あたしはパパにおねだりして買ってもらったプリーツスカートをおひろめしたくてウズウズしていた。
かなえには少し丈が短いわよ、とママは反対してたけれど、どうしてもほしかったんだ。
由美子も杏もきっとほめてくれる。見る目のきびしい凛花だっていいの選んだって絶賛してくれるはず。
玄関の姿見の前でコーディネイトを確認し、胸を高鳴らせて登校した。
友達の反応は期待以上だった。特に凛花は足が長くてうらやましいとか、スタイル良すぎてムカつくとか、ほめているのか怒っているのかわかんない顔でベタベタ触ってちょっとうざいくらいだったけど、いい気分だった。
そのころのあたしは凛花と比べたら頭一個分以上背が高かったし、夏休みには生理が来てた。
ランドセルを背負っていなければ、中学生にまちがわれることもしばしばで、中身はともかく身体だけは大人と変わらなかった。
もう小学生には見えないあたしが人の目にどう映っているか、考えてみたこともなかった。
放課後、あたしは学級新聞の仕事で残らなくちゃいけなくて、いつもいっしょに帰っていた由美子には先に帰ってもらっていた。
メンバーにも同じ方面の子がいなかったから、帰りは一人だった。
道中にある公園からバスケットクラブでいっしょだった先輩の男の子たちが出てきて、目があった。顔は知っているし、練習試合で当たったこともあるけど、ほとんど口を聞いたことがない人たちだった。
あたしはそこそこ運動神経があるほうだった。ミニバスに入ってた大葉兄弟や、スポーツ万能の王子にはかなわなかったけど、たいがいの男子より背が高かったから、シュートが良く決まったんだ。
そんな時先生は「高橋は四年生なのに、もう十分戦力だな」とほめてくれた。それから「負けてられないぞ、男子!」とげきをとばす。
先輩たちはあたしの後ろをついて歩きながら、何やらゴソゴソ話しては笑っているようだった。
イヤな感じだった。
「おまえさ。もしかして、自分のことかわいいって思ってる?」
先輩の一人がとつぜん大きな声を出した。
まわりには他にだれもいなくて、だからあたしに言ってるんだとすぐにわかった。
くすくす笑うのが聞こえて、冷水をあびたように胸が冷たくなる。
「かんちがいしないほうがいいよ。イタイから」
笑われてる。そう思うと怖くて、ふり返ることもできなかった。
相手がどんな顔をして言っているのか見る勇気がなかった。
情けなく首をすくめて歩く私を見て気が大きくなったのか、先輩たちはぴたりと後をついてきた。つぎつぎと意地悪な言葉を投げつける。
「そんなかっこうまでして、女子あつかいされたいんだ。だったら、ゴリラみたいなバスケすんのやめろよな」
「必死こいたってどーせ、いつかはかなわなくなるんだぜ。女なんだから」
ウホッウホッと一人がゴリラの真似をすると、皆はじけるように笑う。
あたしはただ、楽しんでいただけ。したいかっこうも、バスケも。
なのにどうしてそんなこと言われないといけないの? 女だから、なんなの?
みじめで、悔しくて、何より思いもよらない悪意におびえた。
「ちょい。ゴリラに失礼だろー」
「ほら、みんな言ってんよ。女の体にブサイク面。女装みたいでキモいって」
「おーい、女の体って」
今度は内緒話をするように声をひそめてくすくす笑う。
あたしはかわいくない。
キモいくせに勘違いしているイタイ女。
かわいい服なんて、あたしには似つかわしくない。
だから、こんなふうに言われるのも仕方がない。急に自分の体が恥ずかしくなる。
ごめんなさいママ。ママのいうとおり、人からどう見えるかもっと考えるべきだった。
あの人たちの言うように、調子にのらないように、かんちがいしないように、気をつけないといけなかったんだ。
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