処刑されたその令嬢、たぶん未来から来た私ですよ

水無瀬

処刑されたその令嬢、たぶん未来から来た私ですよ

 彼女が処刑された瞬間、悟った。


 あの人は、未来の私だ。


 いま首を切られたあの令嬢が、未来の私の姿だと理解してしまった。


 広場の断頭台では令嬢の首が飛び、観衆は悲鳴のような歓声をあげている。

 けれども、私はみんなのように楽しむことはできないでいた。 


 でも、なんで私が未来から来たのか?

 その理由は、その日のうちにわかった。



 古代遺跡から発掘したという宝箱を、まだ小さい王子が開けてしまった。

 そのせいで、その日、世界に魔王が生まれた。


 動物たちは魔物化し、それらを束ねる魔王が人間に宣戦布告をしたのだ。


 未来の私は、これを阻止するために過去に戻ってきたんだ!


 令嬢が処刑された理由は国家侮辱罪だった。

 このままでは国が滅びると虚言を吐いたことが、国家と王族を侮辱したとみなされたらしい。

 でも、あれは虚言じゃなくて、真実だった。


 婚約者の王子に会うために王都へおもむいていた10歳の私は、実家のある辺境の伯爵領へとすぐさま逃げた。

 突如現れた魔王によって、王都が灰燼かいじんしたからだ。

 

 この日は、最悪な誕生日になった。



 魔王は王都から大陸全土に侵攻を開始し、たちまち諸国を征服していく。

 彼らの特徴は、必ず人間を根絶やしにするということだ。

 魔王が通った跡には、例外なく首と胴体が離れた死体の山ができているという。


 数年後には人類の人口は半分以下になっていた。


 私は故郷の伯爵領で、魔王の軍勢と戦い続ける日々を送っていた。

 そして徹底抗戦を続けているうちに、私は時間魔法に目覚めたのだ。


 この時、私は将来、過去に戻って処刑されるんだと自分の運命を受け入れた。

 きっと未来の私も、同じことを思ったに違いない。


 そうして18歳になった日に、大陸すべての国が滅びた。

 残るは、辺境の我が伯爵領のみ。


 あと数刻で、この城も落ちる。

 そうなれば、人類も滅びることになる。


「そういう、ことだったんだ……」


 時間魔法で過去に戻ったことは、私はまだ一度もない。

 だけど、すべての魔力を犠牲にすれば、過去に戻れるかもしれない。


 やったことはないけど、できる自信があった。

 だって、時間遡行じかんそこうが成功した現場を、この目で実際に見たのだから。


 魔王が城に入ってきた。


 城の最深部まで魔王に攻め込まれ、生き残っているのは私と両親のみ。

 隠し部屋の扉が開かれ、私たちの前に魔王が現れる。



「まさか魔王があなた、だったなんて……」



 魔王の正体は、私の婚約者だった。


 あの日、世界を一変させて宝箱を開けたという王子が、魔王に変貌へんぼうしてしまっていたのだ。

 動物が魔物になるように、人も魔族になる。

 それがあの箱の効果だったんだ。


 死んだと思っていた婚約者との8年ぶりの再会。

 この伯爵領が最後まで残っていた理由がなんとなくわかった気がする。


 魔族へと変わり果てた婚約者との再会に驚いているうちに、彼が私の両親の首を素手で折った。

 その光景をたりして、私が知っていたあの優しい王子は、すでにこの世にいないのだと悟る。

 もう、あの頃の彼はいないんだ。


 最後に、私だけ一人残されてしまった。

 おそらく、私が人類最後の人間。

 私を残して、みんな先にってしまった。


 獲物を処分するように、私の首元に彼の腕が伸びる。

 魔王となった彼の瞳からは、微塵みじんも知性が感じられない。


 私だと気づいているのか、それともわかっていないのか。

 どちらにしても、殺されるのには違いない。


 彼の手が私の髪に触れる。

 その瞬間、私は時間遡行魔法を発動した。


「さようなら、アルフレッド様」


 過去で会いましょう。





 目を開けると、8年前の王都にいた。

 

 だけど、時間遡行の影響で魔法が使えなくなっている。

 いまの私は、ただの令嬢だ。


 無事に過去に戻れたのなら、やることはひとつ。

 18歳のままの私は、宝箱を開けないよう王子に直談判じかだんぱんしに行く。


「……待って」


 それをしたから、未来の私は捕まって処刑されたんじゃないの?

 なら、会いに行く相手は決まってる。



「ねえ、そこのお嬢さん」


 私は、過去の私に会いに行った。


 この日の私がどういう行動を取っていたのかは、よく覚えている。

 だから見つけるのは簡単だった。


「あなたの婚約者に、誕生日プレゼントは物じゃなくて時間が良いって言ってくれない?」


「どうして? 私は彼がくれるネックレスが欲しいのに」


 まだ地獄を知らない、無垢むくな頃の私。

 このすぐ後に世界は一変して、人手不足のため大人にならざるを得なくなってしまうのだ。

 叶うなら、この頃のままずっと暮らしていたかった……。


「背伸びして、早く大人になりたいからネックレスが欲しいだけでしょ? でも本当に誕生日に欲しかったのは、彼と一緒にいる時間。お忍びで下町デートしてみたかったんじゃないの?」


「なんでそれをお姉さんが……」


「ネックレスは彼と結婚する時にでも貰って。それと、発掘された宝箱は絶対に開けちゃだめ。必ず、そう言っておいて」


 私を殺しに来た魔王は、なぜか首飾りを持っていた。


 実は私は、発掘された宝箱の中身を知っている。

 宝箱の中身は首飾りだけだったと、王都から落ち延びてきた王子の側近から聞いていたからだ。

 古代文字で、宝箱には『特別な首飾りが封印されている』と書かれていたのだという。

 

 私は王子に誕生日プレゼントはネックレスが欲しいと、処刑を鑑賞した後に言っていた。

 きっと、魔王が生まれたのはそれが原因だ。


 その話を聞いた時、気がついてしまった。

 もしもあの日が、私の誕生日でなければ、魔王は生まれなかったかもしれない、と。


 私が王子に余計なことを言わなければ、箱が開けられるのはもう少し先になっていたはず。

 そうなれば、すぐ後に古代遺跡で発見された石碑に書かれている、『箱には魔王が封印されているので決して開けてはならない』という記述を、当時の王子と国王陛下が読むことができたのだから。


 私の言葉を聞き終えると、小さな私は侍女に連れられて逃げるようにその場を離れていく。


 やれることはやった。

 でも、まだ心配だ。

 あの子の跡をつけて、ネックレスはいらないと王子に話すところを見届けないと。

 


 けれども、小さな私と出会ったその日、私はなぜか衛兵に捕まった。

 王子の婚約者であるセシリア伯爵令嬢を誘拐しようとした罪でだ。


 私が私を誘拐するなんて、変なことを勘違いされたものだよね。

 どうやら滅び行く未来から来た私の格好は、平和な世界の人から見ると物乞いと変わらなくて、誰の目からも怪しいと思われてしまっていたみたい。


 処刑広場で、私は観衆を見つめる。

 たしかあの辺に、あの時の私がいたはず。


「やっぱりいた」


 8年前と同じ場所に私がいる。

 あの日とまったく同じ。


 ただ、ひとつ違うことがあった。

 10歳の私の隣に、婚約者の王子様がいたのだ。


 小さな私は彼に何かを言っている。

 そして彼が、小さな私の手を握った。

 そのまま、二人は街の中心街へと走って行く。


 首飾りはいらないから、王都を案内して欲しいと言ったんだ。


 8年前に自分が思っていたことだから、よくわかる。

 きっと、あの日の私と同じで、私が未来から来た私だと気がついたんだ。

 だから小さな私は、おとなしく未来の私の言うことを聞いて、素直な気持ちを王子に打ち明けることにしたのだろう。

 

 王子が私と下町にお忍びでデートに行けば、今日中に宝箱が開けられることはない。

 そうなれば、この日の夕方に遅れて王都に届けられる石碑によって、あの宝箱は再び封印されるはずだ。


 きっと、未来が変わる。

 私は、世界を救ったんだ!


「これで、良かったんだよね……」


 処刑人の刀が振り下ろされる前に、私は最後の言葉を吐き出した。

 


 未来の私は今日、処刑される。


 でも、あそこにいた小さな私は、きっと未来の今日を乗り越えられるだろう。

 あの日の私の運命は、変わったのだ。

 私が経験できなかった、幸せな人生をまっとうできるばす。


 

 そんなことを考えていると、不思議な景色が見えた。



 私の婚約者が、なぜか私の目の前に立っていたのだ。

 いまの自分と同い年くらいの、18歳の王子様。


 彼は私の目を見ながら、にっこりと微笑む。


 それだけでわかった。

 この王子様は、魔王になった未来の彼とは違う。

 彼は、私の知っている王子様だった。



 きっと私は死ぬ前に、幻を見ているんだ。

 

 王子様の手には、見たことのないネックレスが握られていた。

 魔王が生まれたあの私の誕生日に、ネックレスが欲しいと彼にねだったことを思い出す。


 王子様の腕が私に近付いてくる。

 彼がしようとしていることを察した私は、頭を下げた。

 首飾りを持ったアルフレッド様の腕が、私の首筋に触れる。


「あぁ、夢が叶ったよ……」


 自然と、頬を雫が伝っていった。

 ずっしりとした、首飾りの感触が心地よい。

 幻だとわかっていても、感極まってしまう。

 

 することのなかった体験を幻視しながら、将来することになるであろうあの小さな二人のことを考える。


 二人が結ばれる未来の光景を思い浮かべながら、下げた首筋に痛みが走る。

 そうして未来の私の意識は、小さな私の幸せな将来を想像しながら闇へと消えていった。

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