第4話

「話してくれてありがとう」

「ぜんぜんいいよ。でも知らなかったの意外。付き合ってたならしっているものだと思っていた」

「アレからは何も聞いてないし、噂とかも聞かなかったから」

「そうなのね」


 情弱ってことか。悲し。


 私はトボトボと自分の席へ行き、机の上を整える。

 今日も忘れ物はなし。さすがフウカだ。彼女に任せておけば鞄を忘れない限り忘れ物ゼロだ。

 そう、鞄を忘れない限り。

 なお過去に二回ほど電車に鞄を忘れたことがある。

 廊下を走り回って知り合いに借りまくってなんとか助かったが、帰ってからフウカにめちゃくちゃ怒られた。

 あれは怖かったな。


 まあ人生失敗はたくさんあるということで。

 まだまだ若いんだし切り替えていきましょう!


 さっそく一限は体育だ。

 室内だ! 男女別だ! イェーイ!


 私が喜んでいたら、HRの連絡で男女合同。運動場に変更と言われた。

 なんか今日は運が悪い。


 男女合同なせいで彼がチラチラと視界に入ってきて鬱陶しい。

 授業に集中したくても彼が邪魔をする。

 もうなんてもない相手のはずなのに。

 思わずため息をつく。


「二限目は漢文。つまり何も起きないはず!」


 今度こそ私のハッピーデイが訪れるとワクワクしながら着替えていた。


「国破れて山河あり」


 音読すれば無駄に大きい彼の声がよく聞こえる。

 初めて文章に触れる時は毎度これをするのだった。忘れていた。

 私ったらうっかりさんね! じゃあねえんだボケ。

 また授業に集中できなくなっているじゃあないか。どうすんだよおい。


 気を取り直して三限。化学の授業。

 前からこれを楽しみに苦手な化学を頑張っていた。

 なんとか理解し追いついてきた。

 それなのに実験室の特殊な座り方のせいで目の前に出席番号の離れた彼がいる。

 同じ班だから一緒に実験しなきゃならない。


 昨日までの私なら大歓喜だっただろう。二限も彼のそばにいられるのだから。

 彼のそばにいて彼と同じ空気を吸えて幸せだなぁとか呑気にほざいていただろう。


 だが今日の私は違う。

 心が歪みすぎてメモリも歪んで見える。私何もできない。

 せっかく勉強した内容もさっぱり思い出せない。

 もうダメだこりゃ。


「もう嫌だ。帰りたい」


 私はひとりごつ。

 話し相手が一人減って、人を魅了し惑わせる星の元に生まれた女しかいない。

 しかし今日はもう一度話してしまったので一緒にお昼を食べわけにはいかない。

 これ以上話せば私は骨抜きにされてしまう。

 情弱ちゃんこと私がいくつもの前例を見てきたのだ。間違いない。


「一人で食べるか」


 他クラスに行けば友人がいないことはないが、先ほど菓子パンをもって教室を出ていった彼がいるかもしれないのでいきたくない。

 となると一人寂しく食べるしかないというものだ。え、悲しい。


 フウカが作ってくれた冷めても美味しいお弁当は今日も今日とて完璧だ。

 ものは完璧なのに環境がダメダメすぎて開封してから一日たった食パンみたいに感じる。

 やはり食事はみんなで食べるのがいいというものだ。


「もったいないし、後でお腹空くだろうから全部食べないと」


 四限までのアンハッピー事案のせいで体育があったにも関わらず食欲がない。

 胃が昼寝している。はよ起きやがれ。サボるな。

 吐き戻しそうになりながら無理やりお弁当を詰め込んだ。


「これやばいかもな」


 なんとか完食したものの内臓に変な圧がかかってぐちゃぐちゃになりそうだ。

 内臓へと刺激に気をつけながら家庭科室へ移動する。

 今日はエプロン制作の続きだったはず。

 今度こそアレが視界に入らないはずだ。座席は遠く離れて背中合わせ。大丈夫だ。


 安堵し椅子に座って授業開始を待つ。

 やっと心休まる時間がきた。いぇい。


 私はニコニコしながら布を折り、針で止め、ミシンで縫った。

 いい調子だ。かなり上手にできている。


「ここ誰も使ってない?」


 制作途中のエプロンを見てニヤニヤしていると先生に声をかけられた。

 ビクってした。急に声をかけないでもらいたい。


「はい。空いてますよ」


 私が心臓をバクバクさせている間に同じ班の人が答えてくれた。ナイス。

 私はビート心拍に合わせて頷いておいた。


「じゃあここ借りて」


 先生に指示されてゴミクズカス野郎元カレがやってきた。

 私の真横にいやがる。最悪だ。


 口から無理やり詰め込んだお弁当が出てきそう。

 もう嫌だ。


 見なかったことにしよう。


 何か話しかけられている気がするけど気のせいだ。

 何か動いている気がするけれど気のせいだ。

 何か生物が隣にいる気がするけれど気のせいだ。


 隣には何もいない。隣には何もいない。隣には何もいない。


 自分に三回言い聞かせた。

 そうすれば隣にはただ空間が存在するだけになった。

 ほら、誰もいない。

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