第2話

「今、時間ある?」


 フウカと話していると彼からDMがきた。

 思わずベッドの上で飛び跳ねる。

 心臓の鼓動がはやくなる。147BPMくらいはいったかもしれない。


「あるよ。どうしたの?」


 そそくさと返信を打って送る。

 そして後悔する。


「これで大丈夫かな。そっけなかったり冷たかったりしない?」

「大丈夫だと思いますよ。毎度のことですがそんなに気になるなら考えてから送れば良いのでは?」

「考えてたら半日くらい返信できない」

「なるほど」


 納得してもらえた。


「謝らないといけないことがある」

「え? なに?」


 これはフラれるな。もうわかった。みたくない。


「フウカ。読み上げてよ」

「どうして私が……命令ですか?」

「そりゃもちろん。当たり前でしょ?」

「私のような高性能ロボットにさせることが読み上げですか……」


 フウカは顔文字っぽいジト目をしてつぶやいた。どうやってんだそれ。


「読みますよ。『ごめん。浮気してた』だそうです」

「は?」


 ウワキしてた。浮気してた。彼が浮気をしていた。


「浮気ってなんだっけ」

「文脈から考えればこの場合の浮気とは交際相手がいながら他の相手と交際関係を結ぶことですね」

「うん知ってた」


 私は浮気されたのか。そんな昼ドラみたいな。

 ドロッドロじゃあねえかよ。


「あは、あはは、あははははは」


 私はベッドの上に身を投げ出して笑った。

 お腹がいたくなるくらい笑った。

 それはもうとにかく笑った。笑い転げた。


「お嬢様。大丈夫ですか?」

「ダイジョバナイ。とりあえず相手きいて」

「わかりました」


 フウカは有能なので適切な文章を書いて送ってくれる。


「交際時期や出会った場所。相手の年齢と学年、性別もきいておきましょうか?」

「うん。頼んだ」


 ほら。こうやって私が落ち着いた時に気になりそうなことを聞いてくれる。賢い。

 これほどまでに素晴らしい人間を私は見たことがない。

 いやフウカは人間ではなくロボットだったか。

 まあ細かいことはどうでもいいや。

 今は何も考えられない。


「ほんと、昼ドラみたいだね」


 昼ドラ見たことないけど。

 関係性がドロッドロになって、心の汚いところが丸見えになって、おかしくなってしまう。

 画面の向こう側の話みたいだ。

 残念ながら頬をつねっても足を叩いても腕を噛んでも痛いので現実だが。


「お嬢様。つらいのはわかりますが正気を保ってください。人体は食べ物ではありませんよ」

「でも食べる人たちもいるらしいよ」

「お嬢様は食べないでください」


 でなければ私がスクラップにされてしまいます、なんてお茶目に言われてしまった。

 フウカがそうなるのは可哀想なのでやめてあげる。


「返信きた?」

「まだです。やけに遅いですね」


 そんなに時間がかかることだろうか。

 私はスラスラ言えるけどな。


 飛田育樹。学校で出会ってから5ヶ月と少しの間交際している。年齢16で高1。男性。

 この程度の返信に5分もかかるだろうか。

 まさか片手間にDMを返している、なんてことはないだろうし。

 覚えていないことが多くて調べているとかだろうか。


「来ました」


 あんりさん。ネットで出会って交際期間は5ヶ月。年齢17で高2。女性。


「私ネットの女に負けたのか」

「みたいですね」


 話を聞けば毎晩電話して、連絡取り合って、ずっと一緒だったらしい。

 私という女がいながら。ずっと浮気していたのか。


「酷い人だね」

「同感です」


 あまりの酷さに呆れてしまう。

 なんだよ。私のことをなんだと思ってるんだよ。


「私、本当に彼が大好きだったのにな」


 私は彼を愛していたけれど、彼はそうではなかったらしい。

 彼とデートに行ったとき、待ち合わせにものすごい時間遅れてきたことがあった。

 一時間近く待っただろうか。

 その時も彼はそのネットの人と話していたのかなって勘ぐってしまう。


 彼の心はずっとネットの人のところにあったのかと思うと、彼がひどく穢らわしいものに思えた。

 彼に触れられたところ全てに見知らぬ女の影がついているような気がして気持ち悪い。

 全身の皮膚を5枚ほど剥ぎ取って燃やしてしまいたい。

 特に彼にキスされた頬など抉りとってしまいたい。

 自分自身がひどく汚くなったような気がして落ち着かない。

 何度擦って掻きむしって血が滲もうとも嫌な感覚は消えることなく残っている。


「お嬢様。おやめください」


 いつの間にかフウカの髪の毛によって手足を拘束されていた。

 髪の毛一本一本が意思を持ったように蠢き、私の四肢を絡めて縛る。

 人工物らしい硬さを持った毛は石のようでどう頑張っても逃れることはできそうにない。


「降参!」

「だめです。落ち着くまでその状態でいてください」

「はーい」


 私は拘束されたままフウカの話を聞いた。

 あまりにも酷いのでこうやって拘束されていなければ暴れに暴れて死んでいたかもしれない。

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