チューニングミス 〜彼氏に浮気されたショックから立ち直るまで〜

橘スミレ

第1話

「ねえ聞いて!」


 私は今日もロボメイドのフウカに惚気のろける。


「今日の育樹もかっこよかった」


 

 ベッドへ飛び乗り大きなパンダのぬいぐるみを抱える。

 彼のことを思い出すだけで幸せになれる。


 ちょうど今抱いているぬいぐるみくらい大きくてやわらかいお腹。

 そんじょそこらの女子では敵わないくらい可愛い彼の、男性らしく骨ばってゴツゴツとした手。

 博識な彼と出会わなければ知ることがなかったであろう世界の話。


 彼を構成する要素の全てが魅力的だった。彼を構成する情報の全てが愛しかった。


「素敵な人ですね」


 フウカは合成音声とは思えない自然な声で相槌を打ってくれる。適切なタイミングに丁度良い言葉をかけてくれるのでとっても話しやすい。


「そうでしょ。もう本当に大好き」


 ぬいぐるみを抱きしめる。彼のことを考えるくらいで心臓が締め付けられるような苦しさを覚える。

 彼が恋しくて、もっと触れていたくて、けれどそれは敵わない。

 身を焦がすような情熱が抑えきれなくて好き好きbotになってしまう。


「さやかお嬢様は彼のことを本当に好いているのですね」

「うん。好き。大好き。愛してる」


 この世のどんな言葉をどれだけ紡ごうともこの思いを表し切ることはできない。

 言葉だけではない。イラストだろうが歌だろうがこの想いを表現しきることはできない。

 それくらい彼が愛おしい。


「幸せそうですね」


 フウカはわざとらしく下手な調声でこたえた。


「私は幸せだよ。彼のためならなんだってできる」


 実際に私は彼に相応しい恋人となれるよう日々努力している。

 可愛くなるために運動して間食をやめた。

 賢くなるために彼が部活に行っている間は自習をしている。


「お嬢様は彼が死ねと言えば死ぬのですか?」

「もちろん。彼が死ねと言うなら私は死ぬし、両親を殺せと言うなら殺すよ」


 もっとも彼がそんなこと言うとは思えないけれど。

 彼はそんな生産性のないことはしない。

 手錠に興味はあるらしいが、まだその時期ではないと思っているらしい。


「私はお嬢様が心配です」

「どうしてよ。私は彼の恋人だけど、それ以前に彼の忠実な犬だから」


 彼の犬になること。それは私が望んだことだ。

 彼の犬となり、彼のために生きる。

 彼が私のご主人様だ。


 彼のために頑張れば、その分だけ彼はご褒美をくれる。たくさん褒めてくれるのだ。

 可愛い。偉い。よく頑張った。

 幼稚園児にいうようななんてことない褒め言葉だ。

 けれど私はそれだけで満たされる。カラカラに乾いた私へたくさんの愛をくれる。

 愛がもらえるなら忠犬になるくらい安いもんだ。


「お嬢様。お言葉ですがそれはよくない関係性だと思いますよ」

「何言ってるのよ。私とあなたみたいなものよ。私が主人であなたが犬。一緒でしょ?」

「確かにそうですが」


 またフウカは難しいことを考えている。

 何かを言おうと口を開いては言葉が出ずに閉じ、ただ茫然と宙を見つめている。

 最近は彼の話をするたびにこうなる。故障でもしているのだろうか。それともアップデートが必要? 容量不足?

 原因はわからないが調子が悪い。困ったものだ。


 何を悩むことがあるのだろうか。


 彼は私を愛してくれる。

 私は彼を愛している。

 たかだか高校生の交際関係にこれ以上何を求めるというだろうか。

 何か求めるとするならばそれは贅沢だ。


 主従関係も同じだ。

 彼が私に要望を出し、私がそれに答える。

 シンプルな関係が一番良い。


 唯一の懸念点があるとすれば彼が私をこっぴどくフり、二度と立ち直れないように捨てることだろう。

 彼は今まで築いてきた信頼関係をズタズタに壊し、私を人間不信へと陥らせることができる。


 だが心優しい彼がそんなことをするはずがない。

 私がつらくて苦しんでいる時に彼は私を助けてくれた。


「大丈夫?」「よく頑張ったね」


 書き起こせばなんてことない彼の言葉に随分助けられた。

 何気ない一言に寄りかかりすぎなくらい頼っていた。


 私を救ってくれた彼なら別れる時もダメージが少なくなるように大なり小なり配慮してくれるだろうと思うのだ。それが意識的なものか、無意識の内のものかはわからないが。


「それに彼は裏切られる辛さを知っているからね」


 彼は私のクラスメイトのロクでもない美少女に浮気されていた。

 彼は裏切られる苦痛を知っている。だからきっと酷いことはしない。

 そう思うのだ。

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