それを人はこう呼ぶ


 罠は作動させるまでその効果を発揮しない。そして、その効果を発揮したとしても、どの程度の被害を生み出すのかは分からない。


 俺が唯一不安に思っていたのは、罠を発動させた時にどれほどの被害が出るのかという点である。


 落とし穴は便利な罠だ。穴を掘ってその穴を隠せば、誰でも簡単に作れる。


 さらに穴を深く深く掘り進めておけば、実質高いところから落ちたのと同じ効果を得られるのだ。


 その下に尖ったものでも敷き詰めておけば、尚のこと良し。


 地面に落ちた自分の重みで突き刺さり、体のどこかしらは痛める。


 未来でも割と重宝したお手軽罠。それをこの規模でやるのは初めてだったので、流石に不安も多くあった。


 が、あまりにも綺麗に決まりすぎてしまった。


 最初の一撃で半数近くが穴の中に落ち、更に追撃で殆どの兵士達が穴へと吸い込まれていったのだ。


 ここまで綺麗にハマると、逆に怖い。


 落とし穴ってスゲー。


「綺麗にハマったわね。これも未来で見えたのかしら?敵軍のほぼ全てが落ちたわよ」

「流石に偶然だ。俺もここまで綺麗に落ちてくれるとは思ってなかった。だから、色々と用意したわけだしな」

「ふふっ、そう。さて、私は残りの兵士達を片付けてしまおうかしらね。穴に放り投げた方がいいかしら?」

「殺せるのであればお好きなように。ただし、1人も逃がすなよ。こっちは時間が欲しいからな」

「えぇもちろん。ノワールがここまで頑張ってくれたと言うのに、私が足を引っ張る訳にはいかないわ」


 エレノトはそう言うと、木の上から飛び降りてどこかへと歩いていく。


 あの殺人鬼の強さは既に知っている。相手が俺のような子供でも無いし、今回は守らなければならない存在も多い。


 俺とやり合った時のような油断はしないだろう。


 エレノトとの付き合いはまだ短いが、それぐらいの事は分かるのだ。


「んじゃ、こっちも終わらせに行くか。オーガ達!!やっちまえ!!」

「「「「おう!!」」」」


 落とし穴は確かに有用な罠であるが、相手を確実に殺すには自分達で手を下す他ない。


 この落とし穴が奈落の底まで続いているならともかく、俺達が掘り進めた落とし穴は精々7~8m程度なのだ。


 運が良ければ生き残れる。


 そんな運のいい者達を確実に殺すために用意したのが、石である。


 数百個近く用意したのだ。たんと味わってくれよ?


 オーガ達は俺の指示を聞くと、素早く移動して落とし穴を囲む。


 この動きもちゃんと練習しておいた。ぶつけ本番でグダグダされるのが、最も無駄で隙の多い行動になってしまうから。


 もちろん、俺もこれには参加する。


 指揮官だからと言って、後方の安全な場所で指示を出しすだけの奴は信頼を勝ち取れない。


 信頼が欲しいのであれば、先陣を切って戦場を駆けるのだ。信頼を集めきってから、後方に戻る方が賢い。


 落とし穴の側までやってくると、そこにはゴミのように溜まった人間達の姿が。


 無様なものだ。自分達が絶対的強者であると奢ったが故に、この不自然な森の地形に気がつけず、こんな罠に掛かるのだから。


 不意打ちの一撃は効果的であり、多くの兵士達が混乱し傷を負っている。


 後は、動かない的に投石するだけの簡単なお仕事だな。


「殺れ」


 俺の声と共に、落とし穴に石の雨が降り始める。


 さぁ、借りは返させてもらうとしよう。俺の友人を、なし崩し的にとは言えど世話になったオーガ達の村を、焼き払ってくれたツケを払う時だ。


 釣りは要らない。たんと味分え。




【投石】

 石を投げること。飄石(ずんばい、づんばい)とも。投石機やスリング等の指摘がない限り、ヒトが人力で投げることを指す。その用途は、直接的な攻撃から挑発・脅し、威嚇、遊び、悪戯に至るまで多様である。

 戦国時代には投石隊と呼ばれる部隊まで存在していたとされ、現代でも割と有効的な攻撃手段となっている。(危ないので人に投げるのはやめましょう。マジで)




 簡単な仕事のはずだった。


 領主からの命令で軍を率いた指揮官ナガレは、自分に割りあてられたこの簡単な仕事を不服に思っていた。


 彼は、レパノン軍の指揮官の中でも中の下程度の評価をされており、これ以上の出世はあまり見込めない所謂落ちこぼれの部類であった。


 そんな彼に課せられた任務が“オーガの村の殲滅とオーガの確保”である。


 オーガは力の強い種族として知られているが、一方で武器も持たず遠距離に対して滅法弱いと言うのが常識だ。


 つまり、弓矢を撃ち込むだけで完封できてしまう。


 武器を使うことを覚えた人間からすれば、少し力の強い猛獣程度と言うのが、オーガへの認識である。


 そんな彼らを殲滅し、捕らえることなどあまりにも容易。


 出世街道を歩みたい彼からすれば、なんの利益にもならない仕事でしかない。


 とっとと終わらせて、街へ帰ろう。


 そう、思っていた。


「な、何が........」


 突如として訪れた浮遊感。これが落とし穴であると気がついた時には、既にナガレは地面に叩きつけられる寸前であった。


 運が良かったのか、乗っていた馬が緩衝材となり、ナガレは大きな怪我もなく一命を取り留める。


 その後降ってきた兵士たちの雨にも運良く当たらず、痛みに耐えながら顔を上げたその時、彼は全てを察したのだ。


「お、オーガに、人間?」


 落とし穴を囲むオーガ達。しかしその中に1人だけ異物が混じっている。


 その姿は見るからに子供であり、まだ成人もしていない小さな小さな子供であった。


 街で彼を見かければ、ナガレもその子供を見て街の平和を感じ取っただろう。


 しかし、その目は汚物を見るかのように冷酷で、同じ人を人としてみているような目ではとても無かったのだ。


「殺れ」


 そして、冷酷な視線とともに静かな声が鳴り響く。


 同時に、投石の雨が落とし穴に降り注いだ。


「ぐわっ!!」

「ガッ─────!!」

「どけ!!このままだと死ぬ!!」

「うるせぇ!!お前が盾になりやがれ!!」


 降り注ぐ石の雨に晒されて、次から次へと死していく兵士たち。


 元々人間よりも肉体的に優れたオーガが、人間と同じく武器を持ったらどうなるのか?


 答えは簡単。人間よりも強くなる。


 降り注ぐ石は凶器となり、人を殺す武器となる。


 しかし、それよりもナガレは気になることがあった。


 子供の一言で、オーガが動いた。つまり、あの子供はオーガ達を指揮している。


 ナガレはその子供がオーガ達の指揮官であることを察すると、理解に苦しんだ。


「わ、分からない。なぜあの子供はオーガ達と共に我らを殺すのだ?!もしかして、あそこは彼の奴隷を育てる場所だったのか?!」


 否、そんなことは無い。


 ノワールはどこぞの殺人鬼に捕まってオーガ達と暮らしたただの少年である。


 しかし、彼らの常識の中に、亜人と人間が対等に暮らすなどと言う常識は存在しない。


 そして、ナガレは見た。オーガ達に声をかけ、冷酷な視線はそのままに僅かに笑う子どもの姿を。


 彼は楽しんでいるのだ。この状況を。


 亜人に蹂躙されゆく人間達を見て、笑っているのである。


「うぐっ!!」

「グハッ!!」

「ゴフッ........!!」


 次から次へと倒れていく兵士たち。


 彼らは何とか自分だけでも助かろうと藻掻くものの、オーガの並外れた投石能力に手も足も出ずに殺されていく。


 亜人達を率いて人間と相対する人間。


 過去にそんなに事例は一つも聞いた事は無いが、彼はその子供に相応しい言葉を知っている。


 いくつの時代になっても現れる人類の敵。人間に仇なす存在を人々はこう呼ぶ。


「ま........魔王........」


 と。


 その言葉がナガレの最後の言葉であり、この世界に亜人達を率いる魔王が生まれた日であった。




 後書き。

 死に戻らず勝利。ノワール君のお膳立てがあったとは言えど、亜人種は本来人間よりも優れていると言う証明でもある。

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