vsレパノン軍


 翌日。運命の時がやってきた。


 オーガの村は既に放棄されており、彼らは森の更に奥にあった洞窟(エレノトが見つけてきた)へと移動している。


 兎にも角にも、レパノン軍を滅ぼさなければ始まらない。


 逃げるにしても追っ手の動きをできる限り遅らせるようなやり方が必要だ。そして、それは最初にこの村に来る連中を叩き潰す他ない。


 オーガ軍総勢32名vsレパノン軍約500名の小さな戦争が始まるのだ。


「いよいよだな」

「かなり準備をしたとは言えど緊張するな。しくじったら家族も村のみんなも殺られちまうかもしれない」

「緊張する気持ちは分かるが、力を入れすぎるなよ。狩りだと思え。俺たちは狩人で、相手は人間という名のただの動物だ。鹿を狩るように、人間を狩るんだよ」


 戦争慣れしている俺とエレノトは普段通りの精神で挑めているが、平穏に暮らしてきたオークたちはそうもいかない。


 誰もが顔を強ばらせ、明らかに緊張していた。


 良かった。あまり複雑な作戦を考えなくて。


 オーガ達がやる事と言えば、罠を発動させてその罠にかかった相手を嬲り殺すこと、それだけだ。


 剣や槍を使って相手に近づく必要すらない。とにかく、石を投げ、木を投げて相手をボコボコにするだけでいい。


 俺も初めて戦争に参加した時は必要以上に緊張していたから、気持ちは分かる。


 オーガ達を安心させるために色々と言葉をかけてやってはいるが、無駄に終わるだろう。


「こんな調子で大丈夫なのかしら?」

「問題ないさ。石を投げて木を投げるだけの簡単な作戦にしたんだし。罠が上手く決まれば、あとは流れ作業で終わる」

「これも見越しての落とし穴だったのかしら?」

「いや?偶然だ。それと、万が一の保険も用意してあるから、負けることは無い。問題は、オーガに被害が出るのかどうかと、確実に相手を1人残らず始末できるかだ」

「運良く生きのびたやつは私が始末してあげるわよ。そのぐらいは手伝ってあげてもいいでしょう?」


 エレノトはそう言うと、俺を後ろから抱きしめて持ち上げる。


 俺がこの殺人鬼に捕まってから、割とこうして抱きつかれたり頬で遊ばれたりすることは多かったが、最近はさらに輪をかけて酷い気がする。


 今も自分の頬と俺の頬を擦り合わせて“子供の肌っていいわねー”と呑気にしているのだ。


 12回。12回も俺はお前に殺されてるんだぞ。


 殺人鬼に抱き抱えられているこちらの気持ちも、少しは察して欲しいものだ。


 背中に柔らかい感触があるが、相手が俺を何度も殺してきた相手となると心臓を握られている感覚の方が強い。


「離れろ。そろそろ来るぞ」

「もう。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのよ?」

「また殺されたいのか?今度は生き返ると同時に殺し続けてやるよ」

「あら、それなら死ぬまで私と一緒よ?遠回しのプロポーズかしら?」

「死ね」


 無敵かな?


 何を言ってもこの女を遠ざけることは出来ない。


 俺に勝ち目はなかった。


「ノワールとエレノト姐さんはスゲェな。こんな時でも仲良く遊んでるぜ」

「エレノト姐さんはともかく、ノワール坊ちゃんまでこの状況に緊張していないのは凄いよな。まだまだ子供だぜ?俺なんて手が震えてるってのによ........」

「初めて見た時は、人間の子供としか思ってなかったが、俺達よりも断然強いんだな。知らなかったぜ」


 そして、俺の知らないところでオーガ達からの株が上がる。


 エレノトに遊ばれているだけだったのだが、気がつけば俺はオーガ達からの尊敬を得ていたのだ。


 そんな事をしながら時間を潰していると、エレノトの動きがピタリと止まる。


 俺はまだ感じとってないが、おそらく来たのだろう。


「来たのか?」

「えぇ。それも沢山。ノワールの言った通りになったわね」

「未来で見てきたからな。最初の一撃が重要だ。頼んだぞオーガ達」


 最初は音も聞こえず、気配も感じないただ静かな森。


 しかし、徐々に気配を感じ始め。やがて森の中にいくつもの足音と金属の擦れる音が迫ってくる。


 レパノン軍だ。


 自らを守る盾や弓を担いだ戦士達が、オーガの村を滅ぼさんとやってきたのだ。


 ........え、エレノトってこれを相手に1人で戦って勝ったの?


 この日、俺の隣で目を細くする殺人鬼はたった一人でレパノン軍に挑んだ。


 そして、たった一人で勝利を手にした。


 こうして木の上から軍の全体を眺めていると分かる。


 誰もがしっかりと訓練された兵士達であり、歴戦の猛者とまでは言わずともしっかりと戦力となる強さ。


 これを500人も相手にしてたった一人で勝つとか、冗談も程々にしろと言いたくなる。


 改めて言おう。かつて皇帝すらも暗殺した殺人鬼エレノトは、狂ってやがる。


「「........」」


 兵士達が目視出来るようになってから、俺たちは誰一人として言葉を口にしなかった。


 緊張が伝わってくる。息を殺し、できる限り気配を消して彼らは俺の指示を待つ。


 勝負は一度きり........なんてことは無く、俺が理想とする時までやり直せる。


 だから俺は割と気軽に指示を出した。


 失敗したら?


 俺が死んでやり直せばいい。それだけの話なのだ。


 こんな足場の悪い森の中を馬に乗って歩く1人の兵士が落とし穴の領域に入った瞬間、俺は手を上げる。


 これが開戦の合図だ。


 たった30人のオーガが、この世界の支配者たる人間に小さな戦争を仕掛ける歴史的な瞬間である。


 パキッと森の中に何かが弾けた音が鳴り響いた瞬間、動作確認を済ませてある落とし穴が綺麗に作動する。


 バゴォン!!と、凄まじい音が鳴り響いたその時、森は崩れて地面は巨大な口を開く。


「なっ───!!」

「何が起きた?!」

「うわっやめろ!!押すな!!」

「落とし穴?!」


 森の中にできた不自然な空間を疑われるかと思ったが、そんなことは無かったな。


 やはり、自分たちが優位に立っていると思い込んでいると視野が狭くなるものだ。


 戦争においては、自分達は常に挑戦者であると言うことを知らなければならない。


 比較的平穏な時代が続いていただけあって、彼らは戦争の在り方を知らないのだ。


「物の見事に引っかかってくれたな。ここまで綺麗にハマったのは、どこぞの殺人鬼以来だ」

「あれと同じにされるのは不服ね」


 プクッと頬をふくらませつつも、しっかりと自分も落とし穴にハマってしまっていたのでそれ以上は何も言わないエレノト。


 意外とこういうところは素直なんだなと思いつつ、俺は二つ目の罠を作動させる。


 落とし穴1つでは全ての兵士たちを落とすことは出来ない。


 なら、その背中を押してやればいい。


 予想だにしなかった事態によって、彼らの足は止まるのだ。本来なら簡単に避けられるような罠も、今なら当たる。


「丸太ってのは便利だよな?武器にも建築にもやつに立つ。燃やせばその日の明かりにもなるし、こうして人を奈落につき落とせる」


 仕掛けは単純。背の大きな木に縄と丸太を括りつけて、あとは勢いに任せて発射するだけだ。


 半円を描きながら追突してくる丸太は、足の止まった兵士たちを押し出して落とし穴へと落とす。


 これを四方向に設置し、確実に相手を穴の中に陥れるのだ。


 まぁ、今回は2つしか意味がなかったようだが。


「ゴフッ!!」

「押すな!!押すなぁぁぁぁぁ!!」

「何が起きてんだ?!指揮官は?!」

「来るな!!俺はここで死ぬような男じゃないんだぞ!!」


 予想していなかった事態に落ち合った時ほど、人は本性を表す。


 誰もが混乱し、誰もが自分だけでも助かろうとし始める。


 この中に一人でも冷静に対処出来る存在がいて、みなを引っ張って行けたら話は違っただろう。しかし、そんな英雄はこの場に一人もいなかった。


 保険は使わなくて済みそうだな。

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