運命の時
いやー、やはり、いきなり目の前で自殺をされるとオーガもあんな顔をするんだな。
罠が正常に動くところをしっかりと見届けた俺は、自分の首を掻っ切って一日前に巻き戻っていた。
エレノトの時もそうだが、いきなり自分の首を掻っ切って自殺するやつを目の前で見ると、表情が固まるらしい。
あの豪快に笑っていたオーガ達が、俺の行動を理解できず固まっていたその姿は、少しばかり面白かった。
そりゃ、ようやく罠が完成してレパノン軍とやり合うぞって雰囲気の中でいきなり時分の首を掻っ切って自殺するやつを見たら、困惑する他ない。
俺がオーガ達の立場なら、何が起きたのか理解するまでにかなりの時間を要するだろう。
人間、自分の予想していない出来事が起こると、思考が止まってしまうものだ。
さて、そんなこんなで一日前に巻き戻り、無事に罠が発動することを確認した俺は、オーガ達に作戦を伝えてその練習をしていた。
考えうる状況に全て対応できる作戦なんてものは無い。
そして、かの作戦が全て上手くいくとは考えにくい。
俺が戦争で学んだことは、兎に角生き残るために考え続ける事と、大半の場合作戦は失敗するという事である。
戦場では、上手くいかないことの方が多い。
そして、ひとつでも失敗すれば、その時点で終わりだ。
しかし、俺の場合はそれを覆すことが出来てしまう。
自身の能力である死に戻りは、不都合を全て消し去って自分の望む未来を切り開くことが出来るのだ。
あの時こうしていれば、あの時止まっていれば。
その“あの時”を俺はすることが出来る。
つまり、俺達に真の意味で敗北は存在しないのだ。
「よし。大体の流れは分かったな?」
「おう!!これなら人間共を一網打尽にできそうだな!!」
「確かにこれなら、俺達に犠牲も出すことなくみんなを守れるだろうな。それにしてもすごいなノワール。ここまで作戦を練れるなんて。まるで森の中での戦いを経験している戦士のようだ。森での動き方がわかってる」
「ここに来る前は森の中で生活していたからね。それなりに知識も着くんだよ」
既に俺の心を許しているオーガ達に作戦を伝えると、オーガ達は一切反論することなくその作戦に賛同する。
彼らのいい所は、一度認めた相手にはとことん甘いところだ。
俺のような子供が考えた作戦を、ただのお遊びとして笑わずに紳士に話を聞いてくれる。
まぁ、彼には戦争という経験がない為、この作戦の善し悪しが分からないと言うのもあるだろうが。
「作戦は明日だ。既にレパノン軍は、この森の中に入ってきている」
作戦を伝えたり、さらに罠を追加していたおかげで時間がかなり過ぎた。
明日は決着の時。
未来でオーガの森を焼き尽くしたあの光景の借りを返す時である。
良くもダレスを殺してくれたな。俺は友人が殺されてヘラヘラしているほど、薄情な人間じゃないんだよ。
かつてはその力がなくて守れなかった、仇を打てなかったが、今は違う。
「あ、いたいた。ノワール。私をこき使っておきながら、労いの言葉もないのかしら?お姉さん、そんな子を持った覚えはないわよ?」
「そもそもお前は俺の姉じゃない。医者にその頭を見てもらったらどうだ?既に手遅れだろうがな」
ダレスのオーガ達の仇をと思っていると、エレノトがふらりと現れて俺の後ろに周り抱きつく。
エレノトには少しばかり“保険”をお願いしておいた。
使わないに越したことはないが、何事も最悪の想定はしておかなければならない。
が、その保険をお願いしたら、この女はその対価として同衾を求めてきたのだ。
俺を抱き枕のように扱い、後ろから抱きつきながら寝ることを要求してきたのである。
本当に勘弁して欲しい。俺は俺を12回も殺した相手と仲良く寝られるほど肝は座っていない。
この時ばかりは、どんな状況でも寝られるように訓練していた未来の自分を褒めてやりたかった。
「本当に生意気な子ね。そんな生意気な子は、私がギュッとして一緒にで寝あげないとね」
「自分がそうしたいだけだろうが。ふざけんじゃねぇぞ」
俺はそう言いながら、エレノトの手を跳ね除けようとするが、基本的な肉体能力で圧倒的に劣る俺がエレノトと力比べしても勝てるはずもない。
まるで動かない岩石のように、エレノトの腕は全く解け無かった。
「ハッハッハ!!ノワールも大変だな!!」
「全くだ。エレノトの姐さんに気に入られるとは!!」
「頑張れよノワール。エレノトの姐さんは強いぞー」
「そう思うなら助けてくれよ」
「ちょっと、貴方達も生意気になったものね。これは教育が必要かしら?」
森の中に響く笑い声。明日、この笑い声を聞けるように。
俺はそう願いながら、この日を楽しく過ごすのであった。
【レパノン軍】
ガランド王国に存在する街の軍。南側から王都へと続く道となっているため、商人の通行が多く意外と元商人という経歴を持った軍人が多い。
強さはまぁ普通。1人で戦況を変えるような英雄は存在しないが、それなりの熟練した兵士達ではある。
人里離れた森の中。
普段立ち入らない森の中に足を踏み入れた彼らは、特に緊張感もなく森の中を歩き続ける。
とある商人から齎された情報。
オーガの村が森の中に存在していると言う情報は、500もの軍を動かす事態となった。
目標はオーガ達の確保。
オーガは戦争において欠かせない存在であり、その大きな身体から肉壁としての価値が高い。
しかも、肉壁でありながらそれなりの強さを持っているので、兵力としての運用が最も効果的であった。
そんなオーガだが、全体的に数が少ない傾向にある。
そのため、オーガ達を捕らえることを第一目標に、彼らは動き始めたのだ。
「オーガの分際で村なんて立てるとはな。亜人種は大人しく人間の支配下に置かれればいいのに」
「全くだ。俺達が管理してやってるってのに、生意気なもんだぜ。殺すのはダメなのか?」
「殺したら金にならないだろ?とは言っても、殆どは殺されると思うがな。2~3体捕まえられれば十分だろ。力だけは強いからな。弓矢でいたぶって、生きている奴を引っ張るのが俺たちの仕事さ」
人間とさほど変わらない生活をしているはずのオーガ。
しかし、多くの人間からすれば、それは人間の真似をした猿と同義である。
これがこの世界における亜人種の扱いなのだ。
ノワールのように、オーガだからと言って特に何も思わない人間は数少ない。
亜人種は人間に劣る劣等種族。人間に支配されるのが相応しく、また人間こそが彼らを管理するのに相応しいと思っている。
「どっちが多くオーガを殺せるか勝負しないか?」
「いいぜ。負けた方が飯を奢るのはどうだ?」
「乗った。最近、新しい弓を買ったんだよ。こいつがあれば、お前には負けないぜ」
「ははは。言ってろ。弓の腕は悪いだろ?武器がいいからって、使い手がダメなら意味ないぜ」
「なんだと?そこまで言うなら見せてやるよ俺の弓捌き」
そして、彼らはオーガの命で遊び始める。
何度でも言おう。これがこの世界の普通なのだ。
亜人種達と共に過ごし、その場の流れて仕方がなくオーガ達の村で暮らしつつも、内心は割と楽しんでいたどこぞの死に戻る理不尽とは違うのだ。
亜人の命は人間のもの。
彼らは、生きるも死ぬも人間によって決められると本気で思っている。
「明後日辺りだよな?楽しみだぜ」
「へっ、負けて吠え面かくなよ?」
「こっちのセリフだ」
彼らは知らない。明後日、彼らは一度その勝負を行い、弓を新調した方の兵士が負けるのだと。
彼らは知らない。明日、たった一人の殺人鬼によってその勝負が行われることはなかった事を。
彼らは知らない。理不尽な存在によって、これら全ての事実を有り得た未来の話にさせられてしまったことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます