罠作りはお手の物


 最も原始的な武器である石と木をある程度採取した俺は、オーガ達を引き連れて未来でヘパノン軍が通る道筋にやってきていた。


 ここはエレノトが500の軍勢をたった一人で殲滅してしまった場所。


 基本的に戦争や勝負において数が多い方が有利であるはずなのに、それを覆してしまった場所である。


 エレノトと言う殺人鬼は、俺達とは違う世界に住んでいると言うことがよく分かった日だったな。


 ここに敵が来ると分かっていて、尚且つ罠をしかけてもいいならば俺でも似たようなことは出来るかもしれないが、だとしても何度もやり直すことになるだろう。


 それを一発でしかも、ほぼ無傷で成功させるとか、本当に生き物か?


 ドラゴンだって、数万近い軍を相手にすれば討伐されることだってある。


 その理論で行けば、エレノトはたった一人で数万近い軍と同じ価値になるという事だ。


 そう考えるとやべーな。エレノトを基準に物事を考えては行けないと言うことがよく分かる。


「よし、ここで作業を始めるぞ」

「魔法ってのは凄いな。あの重たい木が滅茶苦茶軽かったぞ」

「そうだな。魔法って言葉は知っていたが、こんなにも便利な力なんだな」

「元々は人々の生活を豊かにするために作られた術だと言われている。今じゃ人を殺す、生物を殺す道具に成り下がっているけど本来はこうやって使うんだよ」

「なぁ、ノワール。俺たちにもこの魔法ってのは使えるのか?」

「才能があれば使えるんじゃない?ただ、オーガは種族として魔力の扱いが苦手だと聞いたことがあるから、あまり期待しない方がいいかもね」


 誰かと仲良くなるきっかけというのは、突然訪れる。


 オーガ達が重そうな木を運んでくれるとなった時、俺は魔法を使って木をできる限り軽くしてあげた。


 初級魔法“僅かな浮遊感フローティング


 この魔法は最も基礎的な魔法でありながら、日常生活などでかなり役に立つ魔法である。


 俺が以前エレノトに撃ち込んだファイヤーボールのような魔法とは違い、敵を攻撃するのではなく、生活の補助をする魔法だ。


 物体の重さを軽くする魔法であり、熟練した魔法使いが使うと鉄がホコリのように軽くなる。


 流石に俺はそのレベルまで極めてはいないが、重さを半分以下にするぐらいはできた。


 未来でもかなり重宝した魔法なだけに、熟練度が高く、俺が使う魔法の中では一二を争う得意魔法だ。


 消費魔力もそこまで多くなく、連発可能。


 この魔法を作った偉大なる先人の墓には、足を向けて寝られない。


 俺はそんな便利な魔法を木に付与したことで、オーガ達からちょっとした信頼を得たのである。


 最初こそ突っかかってきたオーレンも、だいぶ素直になってきた。


「オーガには魔法の才能がないのか?」

「ないと言われているね。肉体的に優れている種族の大半は、魔法を使えないと言うのが人間たちの中では主流な考え方だから。竜人族みたいな例外はあれど、オーガや獣人には魔法が使えないと思われているよ」

「んなもんやって見なきゃ分からんだろうが」

「俺もそう思う。これが終わったら、魔法を教えてあげるよ。その前に先ず、魔力を感じ取るところから始まるけどな」


 肉体的に優れた種は、基本的に魔法を苦手とする。


 それが人間たちの中での常識だ。


 滅多にその姿を表さない竜人族のような例外はあれど、オーガと獣人は魔法が使えないとされている。


 しかし、オーレンの言うおり、やって見なきゃ分からない。


 俺は後で魔法を教えてあげる約束をしつつ、罠の作成に取り掛かった。


「さて、みんなには大きな落とし穴を作ってもらいたい。簡単に作戦を伝えると、軍の大半がここを通った時........正確には指揮官と思わしき敵がここを通った時に落とし穴に落とす。そして、石をぶん投げて徹底的に殺す。敵の数は約500だ。それを俺達だけで殲滅するぞ」

「ま、待て。落とし穴だけで500人を落とすなんて無理だぞ。どんだけでかい穴を掘るつもりだよ」


 エレノト相手にも使った戦法、落とし穴。


 落とし穴は原始的な罠であるにも関わらず、その強さが保証されている素晴らしい罠だ。


 戦いにおいては、高所が有利とされている。


 一方的に遠距離から殴れる状況を人為的に作れるという点で、相応優れていると言えるだろう。


 欠点としては、準備に時間はかかるし、何よりその場所に敵が必ずしも来てくれるとは限らないという事だろう。


 だから、戦争などではあまり使われてこなかった戦法でもある。


 戦場のど真ん中で穴掘りしている奴がいたら、殺されるのが普通だからな。


 しかし、今回のような状況では違う。


 相手の数と進行してくるルートが絞れている。さらに、俺たちの方が圧倒的に数で劣るのだ。


 落とし穴を使ってくださいと言わんばかりの状況である。


 ここまでお膳立てされたのならば、使わない手は無い。


 穴掘りは任せろ。俺の得意分野だ。


「流石に500人全員をその中に入れれるほどの大きなものは作れないだろうな。木々を切り倒したりするだろうから、不自然な空間が生まれることになる。だが、その半分近くは簡単に埋められるぞ。落とし穴を作った後、そこに自ら入ってきて貰えばいいのさ」

「あん?どういうことだよ」

「それはまた後で話そう。今は、罠作りが先だ」


 俺はそう言うと、オーガ達に指示を出していく。


 最初こそ俺の指揮下に入ることに抵抗を覚えていたオーガ達も、今となっては割とすんなり話を聞いてくれるようになっていた。


 オーレンがだいぶ俺に対して打ち解けてきたのが影響していそうだな。


 反人間の代表みたいなところがあったヤツだし。


 その組織の代表を手懐ければ、自然と組織そのものが味方となる。


 あの詐欺師の教えは本当に色々なところで役に立つ。ものすごく不本意だが。


「うし、だいたい終わったぞ」

「ありがとう。オーガって凄いな。人間なら数日はかかるであろう木の撤去が、こんなにも早く終わるだなんて」

「ハッハッハ!!軟弱な人間とは違うのさ!!」

「そうみたいだな。俺なんてまる2日かけて木の撤去をしてたのに」


 俺はそう言いつつ、開けた場所に手を置く。


 そして残り少なくなった魔力を使って一気に地面を掘り進めた。


 初級魔法“土掘り”


 このなんの捻りもない魔法は、ある男によって生み出された魔法である。


 その男は、土を掘るのが面倒だからと言ってこんな魔法を作り出してしまったのだ。


 俺はその魔法を教えてもらい、今こうして落とし穴の作成に役立てている。


 他にもいろいろと使い道のある魔法で、これも未来では重宝していた魔法なのだ。


 主な使い道は、周囲の安全確保の為だったかな。


 自分の周りを掘り下げて、簡単に魔物が寄ってこないようにしていた。


 尚、その溝にハマったのは、魔物ではなく人間の方が多かったが。


「うわっ!!なんだこりゃ」

「一瞬で地面が凹んだぞ。すげぇな」

「穴掘り用の魔法さ。割と使い勝手が良くて重宝している........んだけど、魔力が切れた。ここから先は手作業だな」


 階段ほどの段差が出来上がったところまでは良かったのだが、ついに俺の魔力が底をついた。


 俺は本職の魔法使いのように魔力が潤沢にある訳じゃない。


 オーガ達の運んでくれた木々を軽くする魔法をかけて、この大きな範囲を掘り下げればそりゃ魔力が尽きる。


 魔力の回復手段は幾つかあるが、基本的に自然回復させるのが一般的だ。


 一晩寝ればある程度までは回復するから、それまでは手作業で作るしか無さそうだな。


「先ずは穴を掘るための道具から作ろう。そういうのは得意なんだろ?」

「任せとけ。オーガのナイフ捌き、舐めんじゃねぇぞ」


 その後、数分で穴掘り用の道具が木から作られたのだが、あまりの手際の良さに俺は感心する他なかった。


 オーガ、まじで手先が器用だな。

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