未来を掴みに
正直な話、これでも良かった。
エレノトという化け物が500の軍勢をたった1人で圧殺し、全てを終わらせて勝利の余韻に酔いしれる。
オーガ達への被害は一つも出ることはなく、人知れず村は平和になって終わるだろう。
しかし、俺はそれで満足しなかった。
どうせやり直せるのであれば、最も有効的な方法を使って終わらせたい。
特にオーガ達への信頼という面において、これほどまでに効率的でやりやすい方法はないのだ。
また、意識という面でもこれは役に立つ。
多くの亜人種は、自分達が人間に勝てるわけがないと思っている節がある。
事実、人間と全面戦争すればほぼ負ける結果となるだろう。
しかし、勝負とは時の運。
人間が運良く亜人たちとの戦争に勝った時のように、亜人達もまた勝つ可能性はあるのだ。
だが、そもそもの話、彼らが自分達の自由を手に入れると言う意志を持たなくてはならない。
その為にも、人間に勝てると言う成功体験が必要だ。
敵軍は500。戦場は森の中であり、襲撃が分かっていればこちらが圧倒的に有利。
更には敵の進行ルートまで絞れている。
ここまでお膳立てされていると言うのに、その機会を逃すバカはいない。
どうせ失敗したとしても、エレノトが何とかしてくれるという事は分かっているのだ。
最悪の場合は、俺が死んで全てをやり直し、エレノトに丸投げする方法だって取れる。
以上の点から、俺は平穏になったその日を捨てて自分の首を掻っ切った。
どうせやるのであれば、今後の為になるように最良の結果を導くべきなのだ。
「ん........戻ってきたな」
この日は、ダレスに喧嘩を売られて仲直りした翌日。
約一週間ほど前に戻ってきた俺は、早速動き始める。
まずは、オーガ達を動かさなければならない。そして、オーガ達を動かすためには、アーノントを説得するのが最も早い。
まぁ、その前に話の通じるエレノトに話を持っていくべきだが。
エレノトの口から言われれば、アーノントもあれこれ無理を言わないはずである。
「あら、どうしたのノワール。私が恋しくなっちゃった?」
「あぁ。エレノトの力が必要だ。手伝ってくれるか?」
いつものように余裕そうな表情で俺をからかうエレノト。
しかし、真面目に肯定された事によって、エレノトは俺が冗談でそう言っているのではないと気が付き、スっと目を細める。
「何をして欲しいのかしら?」
「1週間後、この村が滅びる。レパノン軍に居場所が割れてな」
「なるほど。未来を見たのね。なら、私が片付けてきてあげる」
「いや、オーガ達で撃退する。エレノト、戦争を引き起こすつもりなんだろ?亜人と人間の。ならば、今からでも人間に勝てると言う成功体験が必要だ」
「........確かにそうね。私一人がしゃしゃり出るより、オーガ達でこの危機を乗り越えた方が、村全体にいい影響を及ぼすでしょうね」
自分一人が殲滅するよりも、オーガ達が結束して守った方が今後の為になる。
エレノトは、損得勘定をして自分が出しゃばるマネはしない方がいいと理解した。
話が早くて助かるよ。エレノトも慈善団体としてここにいる訳では無い。
本気で亜人達の未来を変えようとしているのだ。その為ならば、なんだってするだろう。
後々の戦争へのためになるのであれば、オーガ達が危険な目にあっても見て見ぬふりをするのだ。
「それで、私にそれを話したということは、なにかして欲しいのよね?何をすればいいのかしら?」
「アーノントを動かして、オーガ全体を動かす。それが一番早いしな」
「つまり、私に説得をしろと言っているのね?」
「話が早くて助かるよ。頼めるか?」
「任せなさい。アーノントは、亜人達のひいではオーガたちの現状を変えたいと思っているヤツよ。こんな全てを変える好機を逃すはずもないわ。ノワール、あなたを来なさい」
エレノトにそう言われ、俺はアーノントの元へと向かう。
アーノントは、こんな真昼間から酒を飲んでいたのか若干顔が赤かった。
「何の用だ?」
「酔いを覚ましてきなさい。今後の事に関わる重要な話しよ。時間が無いわ」
「........ほう?案ずるな。儂の頭は正常そのものだ」
「........まぁいいわ。酔っ払ってた方が判断力が落ちて私達の意見を通しやすいしね」
「それ、普通は本人を前にして言うものでは無いぞ?で、何があった」
真面目な話だと分かったアーノントは、パン!!と自分の頬を叩くと、酔いを覚ます。
オーガってすげぇな。頬を叩いたら、顔の赤みが取れて本当に酔いから覚めたぞ。
オーガってこんな事もできるんだ。奴隷として生きているオーガしか見た事がなかったから、知らなかったぞ。
「1週間後、この村に人間の軍が来るわ」
「その心は?」
「ノワールが未来を見たらしいの。話によれば、レパノン軍らしいわね。推測するに、貴方のところに来ていた商人が情報を漏らしたと思うわよ」
「........可能性として考えてはいたが、そんな話を儂に信じろと?」
アーノントが俺を睨みつける。
そりゃそうだ。
“未来で見たので、今から戦う準備をしましょう!!”なんて言われて、それを信じるバカはほぼ居ない。
いるとしたら、それは宗教系を深く信仰している奴とか頭が足りないやつだろう。
あれ?その理論で行くと、エレノトって頭が足りてないんじゃ........
「そんな話は信じられないって?なら、こうしましょう。準備をして軍が来なければ私は未来永劫この村の為に働いてあげるわ。竜人族と言う強力な用心棒が手に入るのよ?悪くない話でしょう?」
「........それは悪くない話だが、そこまでして話を信じさせようとするとはな。あのエレノトが。それほどまでに信頼に値する少年だと?」
「少なくとも、私は信じているわよ。神よりかはよっぽどね。でなければ、こんな所に連れてくる前に殺すか別れているわ」
「ふむ。エレノト嬢がそこまで言うのであれば、信じてみるか。儂もいつの日か、この村が変わらねばならんと思っていたところだしな。ちょうどその時が来たと思えばいい」
エレノトによる提案。
自分の人生の全てを捨ててもいいと言う発言に対して、アーノントもこちらが本気であると知ったのか、話に乗り気になっている。
確か、エレノトの語った未来の世界を見たいと望んでいたはずだ。彼からすれば、オーガ達の意識を変えるいい機会であると思うことだろう。
「村の位置が既に割れているという事か。とならば、村を捨てるしかないな」
例え、今回の襲撃をやり過ごしたとしても、兵士が帰ってこないという事でさらなる捜索隊を出してくるだろう。
下手をすれば、全郡が押し寄せてくる可能性だってある。
軍が動いた時点で、村の放棄は確定なのだ。
だが、タダで逃げる訳では無い。今後の安全のためにも、今から来る奴らは始末するのである。
「そうね。場所が割れた時点でここでの生活は無理ね。その腹いせに奴らを殺していきなさい。指揮はノワールが取ってくれるわ」
「1人の犠牲も出さずに勝たせてやる。だから、俺のことを信じてくれ」
「ハッハッハ!!オーガが人間の指揮下に入って戦うとはな!!しかも、今回は儂らが主役と来た!!長生きはしてみるものだな?こんなことが起こるとは、思いもしていなかったぞ」
アーノントはそう言いながら大笑いすると、俺の頭に手を乗せる。
そして、ニッと笑ってこう言った。
「我らオーガ一族、ノワールの配下に下ってやろう。一人も殺すことなく、儂らを勝利に導いてくれ」
「任せろ。戦争........それも、森の中でも殺し合いは得意なんだ」
こうして、オーガ達は平穏を捨てて未来を掴みに行くために動き始めた。
これが、亜人種達の希望となる最初の反攻作戦として語り継がれることは無い。
だが、この日から確実に俺達は人間と戦うために動き始めたのだ。
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