目指すは


 全てを消し去った炎が迫る前日。


 目が覚めるとそこは、いつものオーガの村であった。


 明日、この場所は炎によって包まれ、多くの命が奪われる。


 俺に良くしてくれたオーガ達も、仕事を手伝ったら感謝していたオーガ達も、自分の父が如何に偉大で強い人物なのかを誇らしげに語っていた友人も。


 全ては炎に飲まれて灰に変わってしまうのだ。


「ノワール?どうしたんだよボーッとして」

「........ん、あぁ悪い」


 原型も留めていなかった死体となったダレスが、俺に武術を学んでいる所か。


 きっかり一日前に何をやっていたかなんて普通は覚えていない。


 だいたいこの時間帯はこんな事をしていたかなぐらいしか、普通は覚えていないものである。


「しっかりしてくれよ。俺を強くしてくれるんだろ?」

「そうだな。だが、悪い。今日はちょっと用事があってな。エレノトに呼ばれてるんだ。後は復習をしておいてくれ」

「エレノト姉ちゃんが?分かった。また明日な!!」


 死んだ存在とまた話せるのは、この世界でも俺ぐらいなものだろう。


 死したダレスが、この世界に戻ってきている。


 俺はもう少し話したい気持ちをグッと堪えて、ダレスに背を向けた。


 どうせ全てを救った後にまた話せる。


 そして、消えた友情はまたやり直せばいい。


 ダレスは家族愛が強いだけのただの少年でしかない。最初のように突っかかって来ることがなければ、良き友人となれるのだ。


「さて、どこまで巻き戻るかと、何をどう対処するのか考えないとな........」


 俺はそう言うと、村の中をゆっくりと歩く。


 現状分かっていることは、レパノン軍が500程来るという事と、装備に火矢を使ってくるという事だ。


 矢の射程は大体理解しているから、レパノン軍がどのような陣形を整えるのかも大体把握出来る。


 問題は、どのような手段で迎え撃つのか。


 オーガは武器をほとんど使わない。


 戦争の中でオーガが暴れている姿を何度か見た事があるが、彼らは殆どの場合武器を使わず拳で人を殺す。


 あまり前だ。剣を振るよりも、殴った方が早いし強い。


 種族として優れた肉体を持っているため、彼らは武器の脅威を分かっていないのだ。


 武器が効果的なのは理解していても、その危機意識は薄い。


 一方的に攻撃できる手段が弱いはずもないのだが、それを彼らは使おうとしない。


「武器の調達は必須だろうな。こちらも遠距離から攻撃する手段が必要だ。それと、どこで迎え撃つのかも考えなきゃならん。火矢を使う以上、俺達は村を盾に使えない」


 先ずは武器の調達。


 ただ、これに関しては宛がある。


 だからそこまで考えなくとも問題ない。


 問題は、迎え撃つ場所だ。


 敵軍がどのルートを使って侵攻してくるのか。これを知らないと、俺達に勝ち目はない。


 この村を囲む壁が火に対して強いのであれば、この村を盾にして戦えるんだけどな。


 ただの村に、人間の街を囲むような立派な城壁を建てるのは不可能に近い。


「となると、やっぱり罠を仕掛ける方法が有効的か。相手を動けなくさせる、もしくは相手を混乱せる手段が必要と考えていい」

「何をブツブツとひとりで話しているのよ。ダレスと遊んでいたんじゃないのかしら?」


 1人で考えていると、いつの間にか俺の後ろにエレノトが現れる。


 本当に気配を感じられないな。一応、村の中とは言えどかなり警戒しているはずなんだけど。


 しかし、ちょうどいいタイミングで来てくれた。


 これで、エレノトの力を頼ることが出来る。


「エレノト。村の外に出るぞ。俺を背負ってくれ」

「あら、おんぶして欲しいの?珍しいことを言うわね。明日は槍の雨でも降るのかしら?」

「火矢の雨なら降るぞ」

「........何か見たのね?」


 冗談を言ったら、冗談では無い返答を返されたエレノトは、ある程度のことを察して顔を険しくする。


 エレノトは俺が未来を見ることができると思っている。


 正確には過去に戻れる力を持っているのだが、未来を見て過去に戻ってきたらそれはある意味未来視と変わらない。


「明日、この村は滅びる。どこから兵士が来るのか確認しておきたい」

「私が全部終わらせてあげるわよ。殺せば万事解決だわ」

「いや、その必要は........あーいや、頼む」


“その必要はない”と言おうとして、俺はやめておいた。


 今ここで兵士達を見逃せと言うのはあまりにも不自然だ。エレノトに変な疑問を持たせるよりも、ここで始末してもらった方が早い。


 これで全てが終わるだろう。


 たった一人の英雄が、戦争の全てを終わらせるなんて夢物語のような話は無いと言ったが、何事にも例外はある。


 そしてこの女は、その例外に当たる。


 普通の人間は死んだらそこまでなんだよ。なんだよ不老不死って。


 ここでエレノトに全てを終わらせて貰えたら、簡単に事が終わるだろう。


 しかし、俺はそれを望まなかった。


 どうせやり直せるのであれば、オーガ達に俺という存在の価値を知らしめた方がいい。


 オーガ達はかなり温厚で、この一週間でかなり俺の事を許しているように見えるが、どうせならできる限りの信頼を得る方向で頑張りたい。


 つまり、俺が色々と準備をしつつ、オーガ達を指揮して軍を壊滅させた方が今後動きやすくなると言う訳だ。


 打算的だって?


 向こうから仕掛けてきたのだ。それを有効的に活用して何が悪い。


 失敗すれば、俺が死んでやり直せばいいだけの話。ここで、信頼を得られる選択を取るのは今後のための最善策と言える。


「どこから来るの?」

「それは分からない。ただ、レパノン軍がおよそ500程こちらにやって来ることは分かってる。装備は恐らく火矢、矢、剣をなどのもの。動きからして、かなり訓練された兵士達だ」

「チッ、どうせあのジジィが取引していた商人がなにか情報を漏らしたのでしょうね。金に目が眩んだのか、それともなにかヘマをやらかして命乞いの道具として使ったのか。ありありと想像できるわ」

「商人にとって、信頼は金よりも重要なものだが、亜人の信頼は要らないもんな」

「だからあれほど商人には気をつけろと言ってたのに。殺して物資を丸ごと奪えばよかったのよ。継続的な取引なんて不可能だと考えるべきだわ」


 エレノトは商人が情報を漏らしたであろうと推測を立てた。


 俺もそう思う。商人は信頼が命。


 だが、自分の命と天秤にかければ間違いなく商人は自分の命を重く見る。


「ならサッサと行くわよ。レパノン軍が来るなら、大体の道は絞れるわ」

「えっ、ちょっ........!!」


 相手を殲滅することを決めたエレノトは、俺をお姫様抱っこすると凄まじい速度で走り始める。


 あの、おんぶして欲しいんですけど。さすがにお姫様抱っこは恥ずかしいんですけど。


 ほら、目のいいオーガ達が俺を見て“あらあら可愛いわねー”みたいな顔をしてるじゃん。


 違うよ?この殺人鬼が勝手にやってるだけだからね?


「それにしても、軽いわねノワール。ちゃんとご飯は食べなさいよ?」

「食ってるよ。それより、これ恥ずかしいんだけど」

「ふふふっ、可愛い顔して恥ずかしがるのね。いいことを知ったわ」


 あぁ。ダメだこりゃ人の話をまるで聞いてない。


 まぁ、どうせ今日も死ぬつもりだ。昨日になればエレノトはこの事を忘れる。


 こうして俺とエレノトは、村を出て村を滅ぼしたレパノン軍を殲滅するのであった。


 分かってはいたが、この女、あまりにも強すぎる。


 500対1の状況で、ほぼ無傷で勝ちやがった。


 ともかく、最悪の場合はこれで何とかなるだろう。敵の侵攻ルートもだいたい分かったし、勝ち方はごまんとある。


 この勝利をオーガ達でやる。それが今回の目標だ。


 目指すは完全勝利。


 俺はそう思いながら、自分の首を掻っ切った。

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