また昨日


 突如として現れた人間達。


 亜人と人間の関係というのは、かれこれ数百年以上変わっていない。


 亜人は命を弄んで良い家畜同然の生き物であり、人間はその家畜を管理してやっている立場と言うのがこの世界の常識だ。


 家畜を急に殺す事になんの許可が居る?


 そう言わんばかりの攻撃。


 亜人にとって、人間とは平和を乱す厄災なのだ。


「これで全員分の治療は終わったな。後はエレノトが帰ってくるのを待つだけだが........」

「村は大丈夫なんすかね........心配っす」

「オーガは確かに強い。そう簡単に死ぬことは無いとは思いたいが、人間の悪辣さは想像を超える。正直に言おう。希望はあまり持つな」

「でも!!」

「弓矢の驚異すら知らないような奴が、人間の強さを語らない方がいい。ザング、現実を見ろ」


 希望的観測に基づいた未来など、いとも容易く崩れ去る。


 俺は、こういう事態に陥った時は必ず最悪を想定して動くように心掛けていた。


 まぁ、心掛けていたとしても、その最悪を遥かに上回る最悪が起きていた事もあったが。


 今回の場合で言えば、村は既に滅んでいて、多くのオーガ達が奴隷として捕らえられていると考えるべきだろう。


 そして、数多くの死体が転がっていると言うことも。


 やり直す事は既に確定している。折角出来た友人が悲しむような事態が起きているのだから、やり直すのは当たり前だ。


 この村のオーガ達は俺が人間であることを知りながら、俺を受け入れてくれたのだ。


 なし崩し的に世話になっていたとしても、この借りは大きい。


「........ん?煙?」

「不味いな。火を撒かれたらしい」

「そんな!!皆!!」


 エレノトが帰ってくるのを待っていると、村がある方向から煙が上がっているのが見える。


 ザング達は大慌てで走り始め、俺は全てが手遅れである事を悟った。


 森の中だと言うのに、火事を気にもせず火をつけるとは。


 あれほどまで大きな煙を上げているとなると、既に村は燃え尽きて周囲の森まで焼き始めていると考えていい。


 俺はまた、村が焼け落ちた姿を目にするのか。


「不味いわ。相当本気でこちらを潰しに来ているみたい」

「おかえりエレノト。アレを見ろ。既に手遅れだ」

「........その、ようね」


 拷問を終えて情報を聞き出したのだろう。


 顔を青くしたエレノトがこちらへやってくる。


 そして、煙の上がった村の方を見て、全てを悟った。


 流石は人殺しに関しては天才的な女。あの煙の量から、村が既に滅んでいる事を理解している。


 心のない殺人鬼かと思っていたのだが、随分と悲しそうな顔をするものだ。あの薄ら笑を浮かべる余裕すらない。


「レパノンの兵士達だったんだよな?」

「........えぇ」

「数は」

「約500程よ。村のオーガ達は大体100ほどしか居ないから、戦力差としては5倍ね。しかも、彼らは武器を手にしていないわ」

「遠距離から矢を打ち込まれるだけでも相当厄介だろうな。なるほど500程の兵士に火を付けられるだけの装備か........弓矢を持った部隊が多いだろうな。オーガを殺すなら矢を打てなんて言われているんだし」

「........随分と冷静ね。この未来は見えなかったの?」


 冷静に相手の戦力を把握していると、エレノトが怒りを押し殺した声を出す。


 冷静に決まってるだろ。こういう時ほど冷静でなければならないのだ。


 それと、やり直す事は決まっている。俺に良くしてくれたオーガ達が死んでいくのはかなり辛いが、今はその悲しみに暮れている暇はない。


 相手の戦力と戦略を把握して、全てをやり直すのだ。


「未来は見えない。行こう。誰かまだ生きているかもしれない」

「........えぇ、そうね」


 ここで俺に手を出さなかったエレノトは、かなりすごいと思う。


 友人とも言える存在が死に、その横で淡々と状況を考えている奴がいたら、感情的になってもおかしくはないんだけどな。


 俺だったら、一発殴ってる。


 敵に見つからないように、気配をできる限り消しながら森の中を走る。


 木々が焼け落ち、全てが灰になっていく臭いが強くなっていく。


 そして、そこに辿り着いた時には、もう全てが終わっていた。


「ザング........皆........」


 最初に目に付いたのは、ザングの死体であった。


 ザングを追いかけてからまだそんなに時間が経っていないのに、既にザング達は殺されている。


 弓矢によって動きを封じられた後、剣を突き刺されたのだろう。


 全身に矢が突き刺さり、そして剣で刺した傷が残っていた。


 その死んだ時の顔は、怒りと絶望に満ちている。


 俺の人生の中で見てきた顔の中でも、上位に入る痛々しさだ。


「クソが。人間風情が........!!」

「俺もそのうちの一人だぞ。エレノト、周囲に敵は?」

「........まだチラホラ居るわね。でも、多くは撤退を始めているよ思うわ」

「そうか」


 対象を仕留めた後の素早い撤退。かなり熟練した兵士達だな。


 俺は今回の相手も一筋縄で行かなさそうだと思いつつ、森を村を燃やした炎の中に突っ込む。


 エレノトが一瞬驚いてなにか声を上げている気がするが、聞こえない。


 全身が焼け付き、痛みを感じる。燃え盛る炎が俺の全身を焼きこがす。


 しかし、俺は死ねなかった。


 いや、そもそも死なないと分かっていて入り込んだのでここで死ぬのは困るのだが。


「........クソッ」


 つい先程まで平穏を保っていたはずの村が、オーガ達の世界が物の見事に消え去っている。


 あの立派な木で出来た城壁も、オーガ達と共に耕した畑も、オーガ達が住む家も、全ては炎の中に消し去られた。


「ちょっとノワール!!死にたいの?!」

「気にするな。俺は死なない」


 エレノトが後をついてくる。


 何気に炎への耐性がある彼女は、この炎の中を平然と歩いていた。


 こんな所でも竜人族との格の違いを見せつけられるとは。


「ノワール!!このままだと死ぬわよ!!貴方はただの人間なの!!」

「安心しろ。俺は死なない。いや、正確には死ぬんだけど死ねないの方が正しいか?」

「何を言ってるのよ!!」


 俺が死に戻ることを知らないエレノトは、俺の事を守ろうとするが俺はそれを無視する。


 そして、しばらく歩いた先に見つけたひとつの死体を見つけた。


 黒く焼けこげた死体。


 顔もそもそもこれがオーガなのかも判別が付かないほどに酷く焼けた死体であったが、俺にはその死体がなんなのかよく分かった。


 友だちだもんな。見間違えるはずもない。


「ダレス........家族を守るんじゃなかったのか?とーちゃんとかーちゃんと妹を守るんじゃなかったのか?」


 そこにあったのは、オーガの村で初めて友人となったダレスの死体であった。


 隣で手を繋いで死んでいるのは妹のニーナだな。まだ幼く、ダレスの事を慕っていたかわいい妹であった。


 あぁ、クソ。できる限り冷静に努めようと思っていたのに、悲しみと怒りが湧いてくる。


 知り合いが、友人が死ぬ姿を見る事は何度やっても慣れない。


 自業自得で死ぬならばともかく、病に倒れるならともかく、誰かにその命を奪われて突如として消えるのは悲しい。


 それと同時に、怒りが湧く。


「........ノワール」


 俺がどうして炎の中に入ったのか理解したエレノトは、俺の名前を呼ぶだけでそれ以上は何も言わない。


 人を殺してきた殺人鬼も、この時ばかりは空気を読む。


「エレノト。今回は失敗だ。次は、しっかりとやるよ。全員守ってみせる」

「........?」


 俺は腰に下げたナイフを手に取ると、一切の躊躇いもなく自分の首に突き刺す。


 エレノトはとても焦った顔をしていたが、これが最も早く確実な方法なのだ。許してくれ。


 また昨日会おうエレノト。


 人間達に殺される前の、平和な昨日に。

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