崩れ去る平和


 その日は、オーガ達の狩りを見させてもらう運びとなっていた。


 ただの人間の少年が、村の生命線となる狩りの見学などさせて貰えるわけもないと思っていたが、俺は自分が思っている以上にオーガ達との信頼関係の構築を上手くしていたらしい。


 ダメ元で頼んでみると、彼らは快く了承してくれた。


「いたぞ。そっちだ」

「任せろ」


 オーガは肉体的に優れた種族である。


 素早さはあまりないが、その筋骨隆々な肉体から放たれる一撃は確実に相手の息の根を止めると言っても過言では無い。


 獲物を囲み、その包囲網から逃げようとする相手に向かって拳を振り下ろせばあら不思議。


 殴られた動物や魔物はあっという間に絶命するのである。


「いつ見ても凄まじい筋肉ね。見なさいよノワール。鹿の首がへし折れているわ」

「一体どんな威力で殴ればあんな風になるんだ?オーガってすげーな」

「どの口が言ってんすか姐さん。姐さんがその気になれば、同じことが出来るでしょう?」

「あら、私はか弱い女の子よ?無理に決まってるじゃない」


 囲んで殴る。


 単純だが、単純が故に変な失敗もしない。


 オーガと言う優れた肉体にのみ許された、その一撃はあまりにも強大で強靭。


 動物の首をへし折るなど訳もなく、あっという間に狩りを終えてしまった。


 俺が鹿を捕まえるなら、罠をしかけて根気強く待つ必要があると言うのに。


 しかも、罠に掛かっても殺す手段まで用意しなくてはならない。


 いいなぁ。俺も1発殴ってはい終わりみたいな力が欲しいよ。


 その力があれば俺の隣で、か弱い女の子とか面白くも無い冗談を言う殺人鬼を相手にもっと楽な戦いが出来ただろう。


 ところで、オーガに“姐さん”と呼ばれ、尊敬の眼差しを向けられるとかエレノトは一体何をやったんだ?


「何を言ってんすか姐さん。オグスの一撃を易々と受け止めて、欠伸混じりにボッコボコにしたくせに」

「あれはオグスが弱いだけよ」

「ハッハッハ!!オグスが弱かったら、それよりも弱い俺達は雑魚以下になっちまいますよ!!」

「それもそうね」


 エレノトに弱いと言われて、大きく笑う若者のオーガ。


 名前は確か、ザングだったはずだ。


 若いからか、外の世界に興味を持っているものの、自分の立場を理解しているやつである。


 外からやってきた俺やエレノトに色々と話を聞いてくるのだ。


 人間の生活や、どんな人間がいるのか等。


 俺は身の上話をしてお涙頂戴が欲しい訳では無いので、ごく一般的な人間の街や暮らしの事を教えてあげていた。


「あとはこれは数度繰り返すだけっす。ノワールくん、どう?」

「オーガって強いんだなと言うのを改めて認識したよ。人間の多くは鹿を殴っても首をへし折れない」

「人間の多くは武器を使うらしいっすからね。俺達もナイフを使ったりすることはあるっすけど、基本的に建築に使うだけっすからね」

「オーガがナイフを持ってちまちまと木を削る姿は笑えるわよ。あまりにも似合わなさ過ぎて」

「この村を維持するためには必須の技能っすよ。俺も小さい頃にやらされましたし」


 そんな事を話しながら、倒れた鹿を担ぎ上げて狩りを続けようとしたその時であった。


 エレノトが、否、その場にいる全員が足を止め、一気に警戒態勢に入る。


 気配を感じる。


 それも、こちらを敵視した視線だ。


「........不味ったわね。人間に囲まれたわ」

「油断してたな。それにしても数が多い........やばいぞエレノト。恐らくだが村が........」

「分かっているわ。でも易々と死ぬような連中ではないわよ。今はとりあえず、こいつらを始末する事だけを考えなさい」


 人も入らぬ秘境に、数多くの人の気配。


 そこから考えられることはただ一つ。オーガの村の存在がバレたのだ。


 多分、この村にやってきていたと言う商人が情報を漏らしたのだろう。


 面倒な事になったものだ。


「ノワールくん、君は真ん中に」

「必要ない。戦場で生き残る方法は知っている」


 サラッと俺を守ろうとしてくれているザングの優しさは有難いが、俺が足を引っ張る訳にも行かない。


 大丈夫だ。逃げるだけならなんとでもなる。


 三度の戦争を生き抜き、更には当時の国の英雄の剣が迫ってきてもなお俺は何とか生き延びてたからな。


 生き残るという点に関しては、俺の得意分野だ。


 最近は死ぬ回数の方が多いのが悩みである。


「矢か」


 ふと上を見あげると、空から矢の雨が降り注ぐ。


 俺はザングが地面に落とした鹿の死体を無理矢理持ち上げると、鹿を盾にして矢を防いだ。


「っぐ!!」

「ザング!!」


 雨のように降り注ぐ矢が、オーガ達に突き刺さる。


 オーガ達は遠距離武器に対して理解が浅い。基本的に殴れば解決するみたいな思考をしているため、自分達が弓を持ったり作ったりすくことがないのだ。


 存在としては知っていても、その驚異を知らない。


 ここでその弱点が露呈した。


 一応腕で矢を防いでいるためか、死者は出していない。


 しかし、あの矢に毒が塗られていたら........


「チッ、全く世話がやけるわね。ノワール、ちょっとそのまま隠れてなさい」


 オーガ達が怪我を負ったのを見たエレノトが、舌打ちをしながら姿を消す。


 一瞬、魔法で姿を消したのかと錯覚したが、そうでは無い。


 目にも止まらぬ早さで動いたのだ。


 俺と鬼ごっこをしていた時のエレノトが、どれほど遊んでいたのかがそれだけでわかる。


 エレノトが消えてから数秒後。


 森は一斉に沈黙した。


「終わったわよ。この紋章はレパノンの街の兵士ね。指揮を取っていたやつだけは生かしておいたから、お話が聞けるわよ」

「う、嘘だろ。あの一瞬で全員を殺したのか?」

「姐さん。相変わらず化け物じみてるなぁ........いてて」

「無理するなザング。今矢を抜いてやる。このぐらいの傷なら回復魔法をかければなんとかなるだろ」

「回復魔法も使えるの?」

「基礎だけな。神官が使うような奇跡は無理だ」


 俺が回復魔法を使えることに驚くエレノト。


 回復魔法。


 その名の通り、回復をする魔法である。


 この魔法は習得するために教会の所属にならなければならないという決まりがあり、習得するのは極めた困難である。


 主に、教会に所属するという事が。


 様々な宗教がこの世界には存在しているが、そのどれもが回復魔法を神の奇跡として扱いその技術を秘匿するのだ。


 ちなみに、教会所属では無いものが回復魔法を使った場合は強引に教会に引き入れられるか、処分される。


 俺は未来で闇医者をやっていた元神官と出会い、その基礎だけは教わった事がある。


 肉がえぐれる程の怪我を直すのは無理だが、矢に刺されて身体に少し穴が空いた程度の怪我ならば何とか治せるのだ。


 オーガの体が頑丈でよかった。


 これ以上深い傷を負ったら、俺でも直せない。


「つくづく不思議な子ね。ノワールは怪我を治してあげなさい。私はその間に情報を聞き出してくるわ」

「村はいいのか?」

「相手の戦力を把握せずに突っ込むのは自殺行為よ。安心して、5分もあれば終わるわ」


 エレノトはそう言うと、森の中へと消えていく。


 多分というか、間違いなく拷問されることだろう。素直に吐けば楽になれるのだが........


「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あぁ。爪でも剥がされたか?」


 どうやら素直に吐く気はなかったらしい。


 拷問かぁ。懐かしいな。


 戦争中に敵国の指揮官を捕まえて拷問していた様子を見たことがある。


 どうせだしお前もやってみるか?とか言われ、何故か拷問の練習か始まったのはいい思い出だ。


 おかげで、俺は拷問だってできる。人の爪を綺麗に剥がすのは割と得意だった。


 っと、未来の昔話に浸っている場合じゃない。


 村が危ないのだ。


「これでよし。痛みは?」

「おぉ、ほとんど無いぞ。助かった」

「俺はほかのオーガ達の治療をするから、ザングはすぐに動けるように準備しておいてくれ。村が危ない」

「わかってる」


 また村を守る戦いが始まるのか。


 しかし、その村はまだ残っているのか?


 俺は最悪の想定が頭によぎり、顔を歪めるのであった。

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