小さな友情
やり過ぎた。
久々に技の試しをしてくれる相手ができたと言うのも相まって、俺は兎に角自身が学んだ技を掛けまくった。
ガナサ帝国式無手格闘術や、ズベル王国流格闘術等。
俺が死ぬ前の人生で学んだものの復習として色々と技を試していたのだが、途中から楽しくなりすぎて手加減を忘れてしまっていたのだ。
相手はオーガとは言えど子供であり、ここまでフルボッコにされてしまえば精神的に来るものもある。
アーノントが途中で止めてくれたが、その精神的な傷は子供には重く、やがてその傷は涙となって現れる。
つまり、やりすぎて泣かせてしまったのだ。
「うぅ........グスッ........」
「泣くなバカもん。どうせお前から喧嘩を吹っかけたのだろう?これほどまでコテンパンに負けておいて、更には泣きべそをかくなんぞみっともないにも程があるぞ」
「グスッ........」
大声を上げで号泣されるよりも、堪えてえ涙が溢れ出して泣かれた方がやった側としては心が痛む。
流石の俺も、こればかりは深く反省するしか無かった。
そして、反省したからには、誠意を見せるのが大人と言うものだ。
体は若返ったが、中身は大人。若干昔忘れていた少年の心が戻っていようとも、ここは1人の大人としてダレスに対して謝らなけれならない。
「すまない。いや、ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
俺が謝ったことに対して疑問を持つアーノント。
アーノントからすれば、喧嘩を吹っかけられただけの被害者に見えるだろう。
俺の中身は大人であるということを彼は知らない。
「いや、大人げなかった。途中から、技を掛けるのが楽しくなりすぎてダレスをしっかりと負けさせることをしなかった」
「弱いのが悪いのではないか?」
「それで言えば、亜人達が奴隷として扱われているのも弱いのが悪いという事になる。線引きは大事だ」
「........ふむ。儂に言わせれば、今回はダレスがみっともないだけで終わると思ったがな。それに、敗者に対して泥をかける行為にも見えるぞ?」
「否定はしないが、それは受け取る本人次第だ。外野が言うことじゃない」
勝ったのに敗者に対して頭を下げる。
これは、明らかな敗者への冒涜だろう。
負けた上に、“ごめん、お前がこんなに弱いとは思わなかった”と言われているようなものだ。
しかし、これは喧嘩だ。最後にはその喧嘩が良かったと思えるような終わり方が望ましい。
そもそも勝負じゃなくて喧嘩なのだ。仲直りの仕方は、本人同士の意思に委ねられる。
そこに他者か強制的に介入するものでは無い。
俺はアーノルトを黙らせると、ダレスに向かって手を差し伸べる。
えぇと、こういう時なんと言えばいいんだったかな。
世渡りの仕方だけを学んできたから、仲直りなんてほとんどやった事ないんだよ。
「悪かった。ちょっと、やりすぎた」
「グスッ........嫌味かお前は」
「違う。だが、そう捉えられのは仕方がない。暗に“お前は弱い”と言っているんだからな。だから、強くならないか?俺と一緒に」
「........?」
「俺がこの技を教えてやる。そしたら、力だけに頼らない戦士の出来上がりだ。両親も妹ももっと守れるようになる」
「人間に利益があるように見えない。とーちゃんが言ってたぞ、相手に利益のない交渉は危険だって」
お前のとーちゃんすげぇな。自分の子供にそんなことまで教えてるのかよ。
しかし、俺にも利益はある。
オーガの子供と一緒に遊ぶことで、村に溶け込みやすくなると言う利益が。
子供は良くも悪くも純粋だ。先ずは子供と仲良くなれば、その様子を見ていた大人も自然と俺の事を認めるようになる。
未来で出会った冒険者が副業の詐欺師が言ってた。信頼が欲しければ、子供を騙せと。
今回は詐欺が目的じゃないが、信頼関係を築く最も早い手段になるだろう。
「俺にも利益はある。だからどうだ?今日から俺達はダチになろうぜ」
「........ダチ?」
「友達だよ。人間と亜人の友情。ありえないと鼻で笑うか?」
「........なんの話ししてんだお前。まぁいいよ。これだけみっともなく負けた上に、その手まで振り払ったら本当にかっこ悪いからな」
お、中々話がわかるやつじゃないか。
ダレスはそう言うと俺の手を握って立ち上がる。
目元はまだ赤く腫れていたが、それでも少しばかり笑顔が見えていた。
「改めて。俺はノワール。そこの頭のイカれた女に連れ去られ、気がつけばこんな所で喧嘩していた哀れな子供さ」
「僕はダレス。ところで、ノワール。君、本当に子供?人間ってのはそんなに頭がいいのか?」
「ハハッ。俺は子供さ。ちょっと頭の出来が違うだけさ」
「........そういうことにしておくよ」
こうして、俺は人生で初めて亜人の友人を手に入れるのであった。
下心がありまくりだが、少なくとも俺がこの手を話すことは無いだろう。俺は知り合いが多くとも、友人は少なかったからな。
「いい話ね........なんだか泣けてきちゃうわ」
「一粒の涙も落とさずしてよくもまぁぬけぬけと。しかし、頭の良い少年だ。子供同士の友情に見せ掛けた、一種の政治活動だぞあれは」
「あら、さすがは村長。分かるのね」
「ただ、あの友情を本物にしようとしている心も事実。儂は何も言わんよ」
「意外ね。てっきり何か言うのかと思ったわ」
「儂も........いや、この世界もそろそろ変わるべき時が来たのかもしれん。そう思っただけだ」
「素直じゃないわね。私の語った未来が見たい。そうでしょう?」
「ふん。何の話だか」
友情が生まれたその横で、小さな声で話し合うエレノトとアーノントの会話は、誰の耳にも入ることは無かったのであった。
【身体強化魔法】
魔法の一種。その名の通り自身の肉体を強化し、本来以上の動きを再現させるための魔法。しかし、元となる肉体が弱いと強化に耐えられないため、強化する強さを抑えて使わなければならない。
ノワールの場合は約1.1倍の強化をしている。達人にもなると、5倍ぐらいの強化までは行ける。ノワール、弱い。
オーガの村から少し離れた場所には、人々が住む街がある。
そこは商人が多く集まる街であり、国内でも有数の大都市とも言える存在であった。
そんな街の片隅。きらびやかな街の中にある薄暗い場所に、1人の商人が連れ去られる。
彼は、オーガの村と取引をしていた商人であった。
「オーガの村?」
「そ、そうでございます!!オーガの村が存在するのです!!」
ココ最近、羽振りの良かった商人は新たな事業な手を出した。
しかし、彼に商人としての才覚はなく、事業は失敗。結果、領主と繋がっている裏の住民の手によって始末されそうになっていたところなのである。
彼は生き残るために最後のカードを切ったのだ。
「お、オーガの村を滅ぼしつつ、奴らを捕まえれば金になります!!領主様からの覚えも良くなることでしょう!!」
「へぇ。一体それはどこにあるんだ?」
「み、南に位置する森の中でございます!!」
「なるほどなるほど。こいつは生かす価値がありそうだな。おい、今から知ってることを全部吐いて貰うぞ。そしたら、命は助かるかもな」
「は、はい!!もちろんでございます!!」
その後、彼がどうなったのかは言うまでもない。
命だけは助けられた。とだけ言っておくとしよう。
「オーガとなれば、俺たちだけじゃ無理があるな。領主も巻き込んじまえ。金の成る木があれば育てるような人だ」
「畏まりました」
「それと、準備をしておくぞ。俺達も金の成る木を手放す理由はない」
オーガの村の位置が、人間達に知られた。
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