所詮は子供
ダレスという名前のオーガの少年。
彼は俺が“人間だから”という理由で、喧嘩を売ってきた。
ほかの大人達と比べて危機管理ができているじゃないか。正直、ここまで何も言われて来なかったのは、奇跡だと思っている。
人間と亜人。
この2つの間にある溝は、おそらく俺が思っている以上に深い。
だが、この場ではエレノトと言うクッションが存在しており、オーガ達もう下手に手を出すことは無かったのだ。
エレノトが居なかったら、きっと俺はこの村に入る事すら出来ていない。
それどころか、村の場所を知ったとして口封じのために殺されていた可能性もあるだろう。
村の少し開けた場所。
ダレスと俺のやり取りを聞いていたオーガ達の多くが、集まって周りを囲んでくる。
元々注目を浴びやすい人間と言う立場で、こんな騒ぎを起こせばそりゃ誰もが見に来るだろう。
俺はいつの間にか、人気者になってしまっていたようだ。
「随分と人目が集まってきたな」
「人気者じゃない。良かったわね」
「若干敵意の混ざった視線を向けられることが人気者だとしたら、お前は世界中の人間から愛されているだろうよ。殺したいほどにな」
「私を殺してでも一緒になりたい人が多すぎて困るわ。私の好みの子ならともかく、枯れたジジィや汗臭いおっさんは勘弁よ」
注目の的となってしまった俺は、ナイフを間違って使ってしまわないようにエレノトにナイフを渡す。
子供同士の喧嘩に武器を持ち込むのは流石にダメだろう。殺し合いならともかく、今からやるのはただの喧嘩なのだ。
身体強化魔法は使うとしても、ほかの攻撃的な魔法は使わないでおくか。
怪我をさせてもあとが面倒だしな。
「準備は出来たか?」
「もちろんだ!!ここでお前を倒してやる!!」
「それは楽しみだ」
一丁前に構えを取るダレスと、自然体の俺。
人間は肉体的に大きくオーガに劣る。
しかし、人間はオーガに勝利してきた。それはなぜか?
多少の運もあるだろうが、オーガはそのにくたいに甘えた戦い方を好む傾向にある。
要は、力任せな一撃が全てなのだ。つまりは脳筋。
混戦となる戦争ならばその一撃は凄まじい脅威となりえる。しかし、1対1の状況尚且つ相手の先頭経験がほぼ無いならば俺でも勝ち目は十分に存在する。
「喰らえ!!」
ダレスはそう言うと、真っ直ぐ走って真っ直ぐ拳を突き出す。
あまりにも単調すぎる攻撃。しかし、その攻撃をオーガが行うとなれば、その威力と速さは凄まじい。
まぁ、来ると分かっていたら対処も簡単だが。
「帝国式無手格闘術二式“落石”」
「........へっ?ウガッ!!」
俺は突き出された拳を右足を引いて身体の外側に避けると、カウンター技を打ち込む。
頭を掴み、素早く足払い。
バランスが崩れた瞬間に体重を前にかけて相手を後ろに倒す。
怪我をさせないように、技は最後までかけず途中で辞めた為、ダレスは軽く背中を打ち付けるだけで済んだ。
“帝国式無手格闘術二式“落石”
俺が旅をしてきた中で立ち寄った帝国の軍人達が使っていた武術の一つであり、その基礎となる型である。
偶々その軍人の一人と仲良くなる機会があり、基礎だけ教えて貰ったのだ。
武器が自分の手元にない時に使う技であり、技を最後までかけると頭を強く地面に打ち付けて相手を気絶させることが出来る。
ちなみに、怪力のやつがこれをやると人の頭が潰れる。
俺にそんな力は無いが。
「ここまで綺麗に入るのも珍しいな。演武でもここまでは綺麗に入らないぞ」
「うっ........クソッ!!」
「元気だな」
久々に使ったが、どうやら武術に関しても忘れてないらしい。
強くなるために色々な武術の基礎を齧ってきたからな........本当に強いやつにはそのどれもが通用しないと分かるまでは、色々と試したものだ。
俺に倒されたダレスは悔しそうな顔をしながら立ち上がると、再び拳を構える。
丁度いい。手合わせする相手がいなくて武術の復習はできてないんだ。色々と試させてもらおう。
「来いよ。全力で殺しに来い」
ダレスには悪いが、記憶の整理に使わせてもらうぞ。
【ガナサ帝国式無手格闘術】
ガナサ帝国と呼ばれる大陸の南側に存在する帝国で採用されている武術。戦場で武器がない時を想定したものであり、カウンター系の技が多い。
相手の力を利用した合気道のようなものが多く、基礎だけならば誰でもできる事が魅力。尚、相手が本物の強者である場合はほぼ通用しない。
ダレスとノワールの喧嘩はオーガ達の関心を集め、気がつけば多くのオーガ達が自分たちの仕事を中断してその喧嘩を見に来ていた。
その中にはもちろんオーガの長であるアーノントの姿もあり、エレノトの横で観戦している。
「ほう。中々やるではないか。オーガと人の子供。どちらが肉体的に優れていると言えば、圧倒的に前者なのだがな」
「経験値が違いすぎるわ。力があろうとも、その使い方が分からない子供と比べたらダメよ。ノワールはその点、自分の力の使い方や実践経験が豊富よ。私を殺しただけはあるわ」
「なんと........!!エレノトを殺したのか」
アーノントはエレノトが不老不死の死ねない呪いを持っていることを知っている。
そして、エレノトの強さも知っていた。
実際にその目で強さを見た事は無いが、近くにいるだけでその強さを肌でひしひしと感じるぐらいには実力の差が明らかなのである。
だからこそ、エレノトを殺したという事実は言葉以上の意味を持つのだ。
「まぁ、私もかなり遊んでたし、向こうは入念な準備をした上で殺されたのだけれどね。だとしても、私を殺した事実は変わらないわ。なんでもありの殺し合いをやったら、今頃ダレスは血の池を作っていたでしょうね」
「なるほど。正直、そこまで強い子だとは見えなかったが、エレノトを殺したとなれば話は違うな」
「それにしても綺麗に技を決めるわね。一体どこで学んだのかしら?私の知る限り、ノワールはあの村以外の場所に出ていないはずなんだけどねぇ。ガナサ帝国の武術をなぜ?」
エレノトはその仕事の都合上、多くの国を行き来する。
その中には、ノワールが使っている武術を採用する国もあった。
武術、魔法についてはかなり見識の広いエレノトはそれがガナサ帝国のものであると見抜くと、疑問を口にする。
なぜ、ノワールがその武術を使っているのかと。
「一朝一夕で身につくような動きじゃないわよあれ。ちゃんと学んで、しっかりと実践を詰んだ者の動きだわ」
「エレノトでも分からぬのか。その理由が」
「分からないわね。私は彼が未来を見ることが出来る存在だと思っていたのだけれど、私の知らない何かをまだ隠しているわ」
エレノトはノワールが未来を見ることが出来ると思っている。しかし、それ以外に何かを隠しているのでは?と予想するようになった。
ノワールもまさか、遠く離れた異国の武術の存在を知っておりそこから、ノワール本来の力が別にあるのではと予想されるとは思っていなかっただろう。
「それにしても、ボッコボコね。何もさせて貰えてないわ」
「ハッハッハ。愚直に真っ直ぐ拳を振り下ろしても相手を粉砕できるだけの力が無いからな。オーガとは言えど、所詮は子供。出せる力はたかが知れている。まだ成長期なのだよ」
「その力に甘えすぎると、あんな風になるわよ」
「肝に命じておこう。さて、そろそろ止めるかの。ノワールは遊んでおるからまだしもこのまま行くと、ダレスが泣き出すわ」
アーノントはそう言うと、ノワールとダレスの喧嘩を止めるためにゆっくりと歩き始める。
「ガナサ帝国式無手格闘術。一体どこで知ったのかしらね?」
その背中を見送ったエレノトは、ポツリと呟くのであった。
後書き。
ノワール君勝てなくね?みたいなコメントが多かったですが、流石に同じ子供相手だと経験値が違いすぎて勝てます。
ノワール君、経験だけは豊富でそれを活かせる頭もあるからね。
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