オーガの少年
オーガと共に食卓を囲むことなんて無かった。
そもそも人間は、亜人種をそこら辺の家畜と同じとしてしか見ていない。
家畜に同じ食事を与え、尚且つ同じ食卓を囲む人間が何処にいる?
少なくとも、俺が今まで見てきた人間達はそんな事をしようとはしていなかった。
かくいう俺も、亜人と同じ食卓を囲み、世間話やくだらない話をしながら飯を食べたことは無い。
いや、それどころか、亜人が作った料理自体を食べたことは無かった。
意外とオーガは料理が上手らしい。
麦を焼いて作った平らなパンが固く、食べるのに苦労したと言う所を除けばほかは店で出されても違和感がないほどには味がしっかりとしていたのだから。
多分、村で食っていた飯よりも豪華だ。村じゃ肉は貴重だったしな。
「改めて見ると、全体的に大きいな」
「オーガ自体が体の大きな種族だもの。必然的に周囲の建物や物も大きくなるのよ」
アーノントに朝食をご馳走になった俺は、オーガ達の生活がどのようなものなのかを知るために村の中を歩いていた。
視線は感じるが、昨日のような困惑した視線を向けられることは無い。
おそらく、アーノントが上手く説明してくれたのだろう。
お陰で、視線を気にしなくて済む。
「こうして見ると、ほとんど人間の村とやっていることは変わらないんだな。村を囲む柵がとても大きくて立派だから、下手をしたら人間の村よりも栄えてる」
「昨日も言ったけど、オーガは意外と建築が得意なのよ。あんなでかい図体をして、みみっちいことが得意なのよ。狩りの時は獰猛なくせにね」
「狩りも見てみたいな。オーガ達がどんなに狩りをするのか気になるし、何を食っているのかも気になる」
今朝の肉は鹿肉だったそうだ。
俺は舌に関してはかなり音痴なので、一定以上の美味しさがあると違いがわからなくなる。
さすがにゴブリンの肉と鹿肉を間違えることは無いが、ウサギ肉と鹿肉を間違えるなんて事は割とあった。
取り敢えず、体に害がなければ問題ないと言う姿勢で飯を食ってきてたからな。
味は二の次。この世界線に来る前の同じ時期だと、腐りかけたパンをゴミから漁って食ってた時もある。
それに比べれば、この生活はとても優雅で平和だと言えるだろう。
少なくとも今は命を狙われる心配もないし、誰かに殴られてその日の稼ぎを奪われることもない。
まぁ、今の俺は無一文なのでそこは同じなのだが。
冒険者と言う稼ぎ口がなくなってしまった以上、金を稼ぐ方法が今はない。
このままだと、エレノトの財布を頼るクズになってしまう。
うわぁ、こいつに借りを作りたくねぇ........
「急に嫌そうな顔をしてどうしたの?」
「なんでもない。ただ、嫌なことを思い出しただけだ」
「........そう。あまりにも辛かったら私に言うのよ?優しく優しく慰めてあげる」
「殺人鬼に慰められて治る心なら、もう治ってる。勘弁してくれ」
「それは残念。ノワールの柔らかい頬っぺたで遊べると思ったのに」
エレノトはそう言うと、つまらなさそうに口を尖らせる。
俺はエレノトの実年齢が少なくとも100を軽く超えていることを考え、そして人間き置き換えて思わず笑ってしまった。
100歳すぎの婆さんが、口を尖らせながら可愛子ぶっていると思うと、笑えてくるな。
そんな事を思っていると、ゴン!!と頭に衝撃が走る。
「いだっ!!何すんだよ」
「今、失礼なことを考えたでしょ。殺すわよ?」
「何も思ってないが?」
「女の勘よ。間違いないわ」
女の勘ってすげーな。
俺は殴られた場所を擦りながら、その勘の鋭さに驚く。
どうしてこんなにも非合理的な予測で、ここまで的確なことを当てられるのだろうか。
俺の能力を勘違いしているくせに。
そんなやり取りをしつつ、村をゆっくりと回りながら歩いていると、俺達の前に立ち塞がる1人のオーガが現れた。
身長が小さく、そしてどこか少年っぽさを感じる。
子供のオーガか。
「やい!!人間!!」
「あら、ダレスじゃない。相変わらず元気そうねー。妹はどうしたの?」
「ニーナは今家にいるよ........じゃなくて、やい!!人間!!」
ダレスと呼ばれた少年は、俺に指をビシッと突き刺す。
随分と敵意を感じるが、一体俺が何かやらかしたとでも言うのだろうか。
回答に困ったので、俺はとりあえず静かに待つ。
「とーちゃんとかーちゃんが言ってたぞ!!人間はオーガをさらって食っちまう化け物だってな!!俺が成敗してやる!!」
「親の教育が行き届いているようだな。食うってところ以外は大体あってる」
「感心しないでよ。そこは親の教育を批判するところでしょう?」
「事実じゃないかな。人間は同じ人間すらも食い物にする化け物だろう?」
「否定はしないけど、話を合わせてあげなさいよ。“グヘヘヘ、よく分かったな。お前も食ってやろうか?”ぐらい言ってあげないよ。子供の夢を壊してしまうの?」
「そんな夢壊れちまえ」
エレノト、意外とこう言うお約束と言うか、ノリがいいんだな。
子供に合わせて遊びに乗ってあげる優しさが若干垣間見えた瞬間である。
本人の顔が割と真面目だったのが驚きだ。冗談で言ってないのがなお怖い。
「で?俺を殺すのか?」
「こ、殺す分けないだろ!!僕は人間とは違うんだ!!」
「それじゃ、どうするんだ?」
「倒してやる!!この村から出ていけ!!」
ここでも同じようなことを言われるんだな。
しかし、嫌な気分はしない。
むしろ、俺はようやくこういう事を面と向かって言ってきてくれるダレスに感動すら覚えていた。
この村のオーガ達は、エレノトの連れという事で静かに俺を見守っている。
正直、村に入ることすら出来ないと思っていた俺からすれば、こっちの反応の方が自然なのだ。
“村から出て行け”“人間風情が死ね”と言われる方が新鮮だとは。この村のオーガ達はかなりお行儀がいい。
「ちょっとなんで感動してるのよ。ノワール、喧嘩を売られてるのよ?」
「いや、ようやく俺の予想通りなやつが出てきてくれたと思ってな。しかも、その相手は子供だ。感動しない方がおかしいだろ?」
「ノワールの頭がおかしいわよ?」
何を言っているんだお前はと言わんばかりにこちらを見るエレノトは一旦放置して、俺はダレスと話を続ける。
面白い子じゃないか。と言うか、1番危機意識があるんじゃないか?
「俺がオーガ達を食う存在に見えるのか?」
「見えない!!でも、人間だからな!!とーちゃんやかーちゃん、それにニーナを守るんだ!!」
ニーナってのは確か妹だって話だったよな?エレノトがそんなことを言ってたし。
かっこいいじゃないか。家族を守るために立ち向かう一人の英雄。
俺は割と典型的な英雄譚が好きである。俺にはできないことだし。
この少年は、27年間生きてきた俺が出来なかった事を今やっているのだ。
それだけで賞賛に値する。
しかし、世の中の厳しさを彼は知らない。
正義とは強さが伴わなければ名乗れない、強者にのみ許された綺麗事なのだ。
「それで、俺を倒すのか?」
「あ、当たり前だ!!僕を舐めるなよ!!」
「いいぜ。相手してやる」
俺はそう言うと、静かに拳を構える。
オーガの子供がどれほどの強さなのか、少し計ってみるとしよう。
死にはしないしな。痛い思いはするかもしれないが。
「手加減してあげなさいよノワール」
「わかってる。さすがに子供相手に本気になったりはしないって」
「いや貴方も十分子供だけれどね?可愛い子供同士の喧嘩だと思って私は観戦でもするわ」
「そうしてくれ」
コレで普通に負けたらクソダサいな。
流石に負けることは無いとは思うが。
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