亜人との食事
オーガの村長アーノントとの顔合わせを終えた俺は、その日村長の家にある空き部屋で一夜を過した。
オーガの体は大きく、その分ベッドも大きくなる。
あまりにも大きすぎるそのベッドは、あまり落ち着かなかった。
どんな状況でも寝られるようにはしてあるが、落ち着いて寝られるのと落ち着かずに寝るのは違う。
翌朝。俺は少し眠たい眼を擦りながら起き、身体をほぐす。
「おはようノワール。オーガのベッドの寝心地はどうだったかしら?」
「........なんで当たり前のように俺と同じベッドに潜り込んでんだ?違う部屋だっただろ」
寝た時は1人だったはずなのに、何故か起きると俺の横になエレノトがいた。
おそらく、俺が寝ている時に忍び込んだのだろう。
寝ている為周囲への警戒は緩くなってしまっていたのは確かだが、かなり周囲の気配には敏感なはず。
1人で山の中を生き抜くためには、寝ていてもなお気配を感じ取れる技量が必要だ。
そして、俺はその技量を持っている。
そんな俺の気配察知能力を当たり前のようにくぐり抜け、更には俺の真横で寝るとは。
流石は皇帝すらも殺した事のある化け物だ。潜伏能力が尋常ではない。
「ふふふっ、オーガの村に初めて来て怯えていた子を心配したのよ。震えて眠っていたから、私が優しく抱きしめて癒してあげてたの。可愛い寝顔だったわ」
「俺が震えながら寝ていたとしたら、それは間違いなく忍び込んできた殺人鬼が原因だろうな。何時寝首をかかれるのか分からず、可哀想に」
「あら、そんな怖い殺人鬼がいたの?今度から私が守ってあげるからね。今日も一緒に寝てあげるわ」
「お前の事だよ馬鹿」
今日も俺と一緒に寝る気満々のエレノト。
幾らエレノトが美人であったとしても、殺しあった仲のヤツを相手に喜べる程心が広い訳では無い。
こちとらお前に12回殺されてるんだよ。締め付けられて殺されるわ、首をへし折られて殺されるわで、死にまくってんだよ。
自分を易々と殺し、更には実際に殺したことがある相手と一緒に寝られるか?
少なくとも俺は嫌である。悲しい事に、俺に拒否権は無いので、強制的にこの女は俺の寝顔を見に来るだろうが。
「んっ........それで、今日はどうするんだ?オーガ達を説得でもするのか?」
「さすがに気が早すぎるわよ。私はともかく、貴方の事を怪しむ者は多くいるわ。先ずはオーガの事をよく知りなさい。そして、オーガに貴方と言う人間がどのような存在であるか知らしめなさい。兎にも角にも、信頼関係がないと始まらないわよ」
「まぁ、だろうな」
ここのオーガ達は貴重な戦力だ。肉弾戦に優れた彼らは、この国の亜人達を解放するのに欠かせない存在となるだろう。
しかし、危険を犯してまでそれをやるのかと言われれば、答えは否だ。
誰だって我が身が可愛く、今の平穏を脅かしてまで英雄になりたい訳じゃない。
そんな彼らを動かすには、信頼以上の何かが必要ななるだろう。
それを知るためにも、オーガ達との交流を深める必要があるわけだ。
「アーノントが既にノワールの存在を伝えているはずよ。昨日とは違って、ある程度は好き勝手に動いても問題ないはずだわ」
「そうか。なら村を見てくる。朝食を取った後にな」
「狩りにでも出かけるつもり?子供は元気でいいわね。私の分も頼もうかしら?」
「自分でやれ」
俺はそう言うと、部屋を出る。
とりあえず世話になっているアーノントには声をかけた方がいいかと思っていると、後ろから気配を感じた。
「む、起きたのだな。おはようノワール少年。いい朝だな」
「おはようアーノント。ちょっと村の外で飯を調達したいんだが、動物がいる場所は分かるか?」
「ん?朝食の話か?それなら既に用意してあるぞ」
「........?」
朝食を用意してある?何故?
純粋に意味がわからず首を傾げる俺と、そんな俺を見て首を傾げるアーノント。
ん?俺がおかしいのか?
「ノワール少年は客人だ。エレノトに連れられてやってきたな。となれば、その面倒を見るのは長である儂の役目だろう?」
「........人間の村では、余程高貴なお方でもない限りそんな対応はしないぞ。それに俺は人間だ」
客人に村長が朝食を用意するだなんて、人間の村じゃ有り得ない。
少なくとも、呼んでもない平民相手にそんな態度は取らないだろう。
ましてや俺は人間。
この部屋を貸して貰えた事ですら奇跡だと思っている。
「ハッハッハ!!人間だろうがなんだろうが構わんさ。独り身のジジィの寂しい食事に付き合うとでも思ってくれたまへ。妻が亡くなってからは、静かな部屋で飯を食っているのだからな」
「........ご好意に甘えさせてもらうとしよう」
「もちろん私の分もあるのよね?」
いつも間にか俺の後ろにいるエレノト。
全く気配に気がつけなかった。俺とこの殺人鬼との間にある実力差は、天と地ほどの差があると言うのが嫌でもわかる。
あの時は、本当にか細い勝ち筋を拾ったんだな。
相手が子供だと油断し、更には遊んでいたからこそ何とかなった。
まぁ、不死で当たり前のように生き返ってくる化け物が相手だとは思ってなかったが。
「もちろんだとも。今日は賑やかな食事になりそうだな!!」
“ハッハッハ!!”と機嫌良さそうに笑うアーノント。
人間だの亜人だの気にしているのは、俺の方なのかもしれない。そう、思わせてくれる豪快な笑いであった。
「ちょっと、朝から酒を飲む気?少しは体を気遣いなさいよ」
「一口だけしか飲まんわ。飲むと調子が上がるのだぞ。のぉ?ノワール」
「酒が飲めない子供相手に酒の話をされても困る。ところで、その酒はどうやって手に入れたんだ?明らかにここで作られた酒には見えないんだが」
場所を移動し、アーノントが作ってくれた朝食を食べる。
朝食は思っていたよりも豪華であり、麦の粉を生地にして焼いた物と香ばしい匂いがする肉。
オーガは元々かなり食べる種族であり、朝っぱらから肉を食べるらしい。
そりゃ、奴隷にされていたオーガが死んだような顔をしているわけだ。そこら辺の生ゴミとも変わらないような物を少ししか与えられてないような者が殆どだったからな。
オーガは都合のいい肉壁。死んでも困らないから、金をかける価値もない。
っと、話が逸れたな。
それよりも気になるのは、明らかに売り物である酒がこの場にあることだ。
「商人は金を払えば客を選ばんのだよノワール少年」
「なるほど。商人はあまり人を選ばないからな。信頼できるのか?そいつは」
「少なくとも、自分だけの稼ぎ口だ。金払いが悪くなれば別かもしれんが、それなりの量の金を使っている。儂らを売って一度に大金を手にするよりも、定期的に搾り取った方が稼ぎになるのだろうな」
「その金はどこから?」
「少し離れた場所にはなるが、悪に染った者たちが定期的にやってくるような使い勝手のいい洞窟があってな。儂らの身の安全の為にも、定期的に確認しては消しておるのだよ」
つまり、盗賊が住み着きやすい場所があるから、そこで小銭稼ぎをしていると言う訳か。
オーガも逞しいものだ。
盗賊を殺しても問題にはならないしな。
「盗賊から盗賊するオーガか。悪の悪は正義ってか?」
「フハハ!!儂らが正義か!!」
「世の中、勝ったやつが正義よ。その点で言えば、盗賊退治をしているオーガ達は正義なのかもしれないわね。金が目当てな俗物な正義だこと」
「正義なんてものはそんなものでは無いか?結局のところ、暴力や自身の正当化に使われる便利な言葉よ」
それは否定しない。
結局、大義を得るための便利な言葉なだけだ。
俺はそんな事を思いながら、麦を焼いたパンもどきを齧るのであった。
これ硬いな........
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