亜人と人間


 数多くのことを経験してきた俺でも経験したことが無い物は多くある。


 その中の一つには、亜人種の村を訪れるという事ももちろん含まれていた。


 人間として生きていく以上、俺は人間の街や村、そして人間の物差しの中で生きていくしかない。


 そうなると、必然的に亜人と関わることも減ってくる。


 特に人々の目から逃れて静かに暮らす亜人の村なんて、訪れることも無いだろう。


 話を聞くことはもちろんあったが。


 その中には、人間から独立を守る数少ない国の話もあったし。


「人間?なんでこんなところに........」

「エレノトさんが連れてきたのでしょう?迷子かしら?」

「人間がどうしてここに」


 エレノトから離れないように歩いていると、俺を見たオーガ達の声が聞こえてくる。


 オーガの女性も人間と変わらず井戸端会議をするらしい。おばさんオーガ達が、俺を見てヒソヒソと話し合っている。


 しかし、その目には憎悪や嫌悪よりも先に困惑が来ていた。


 なぜこんな所に人間が?


 そんな素朴な疑問が頭をよぎるのだ。


 12歳の頃のこの時期に居たあの村よりはだいぶ居心地がいい。あっちは完全に俺の事を邪魔者扱いして、今向けられている視線よりも厳しい視線を向けられていたからな。


 人間よりも、亜人の方が俺に対して優しいと感じるとは。


 ろくに話したことも無く、彼らのことを良く知ろうともしなかったのが少し恥ずかしくなる。


 27年間、多くの国を見て世界を旅してきたが、世界には知らないことがまだまだ沢山あるようだ。


「随分と人気者じゃない。オーガ達の視線を独り占めしているわよ」

「その視線が困惑と疑心に染ってなかったら、純粋に喜べたかもな。エレノトが連れてきた子供。エレノトには世話になっているし、あの子供も所詮は子供だから問題ないだろうけど、人間だからなにかするかもしれない。そう思っているんだろ」

「否定はしないわ。人間が亜人を差別するように、亜人もまた人間に対していい感情を抱いていないもの。人間は悪人。悪い事をしたら人間たちに連れ去られて奴隷にされちゃうぞ。なんて話は、亜人達の中では鉄板だわ」

「結局、どちらも差別をしているわけだ。それが支配者であるかどうかの違いだけで」

「そうね。その通りよ。でも、考え方の柔軟性という点においては、亜人の方が優れているかしらね。人間のほとんどはどんなに心優しく恩を貰った亜人だろうが奴隷だと決めつけるけど、亜人達の多くはそこまでぶっ飛んではないわ」


 結局、亜人も人間を差別している。


 その事実は覆しようも無い。


 目には目を歯には歯をなんて言葉があるが、まさしくその通りだ。


 差別には差別を。


 エレノトはそれを理解している上で、俺を亜人達の王にして人間と戦争を引き起こそうとしている。


 エレノトは人間との共存を望んでいるわけじゃない。亜人種の地位向上のために戦うつもりなのだ。


「さて、着いたわよ。ここがこのオーガ達の長の家ね。村長と言えばわかるかしら?」


 オーガの村の中を暫く歩くと、他の家よりも少し大きめな家の前にやってくる。


 ここがオーガ達の長の住む家。


 確かに少し家がほかよりも大きいが、その他に変わった点は見られなかった。


 ロストの街の村長なんて、他の家がボロ屋の中ちょっとした屋敷のような家を建てていたというのに。


 まぁ、あれは街から来たお偉いさんを泊めるためにも使われるから、最低限の見栄えがいるという理由があるのだが。


「権力に染った俗物な人物でないことを祈るよ」

「安心なさい。この村の村長はかなり柔軟よ。そしてとても優しいわ。私のような外から来た亜人を快く受け入れてくれるぐらいにはね」

「人間は?」

「恨みが無かったら大丈夫なんじゃないかしら?」


 それ、恨みがあったらダメって事じゃねぇか。


 俺は知っている。多くの人達から“優しい”だの“心が広い”だの言われているやつがキレると、滅茶苦茶怖いのである。


 未来で俺とも仲良くしていた優しい冒険者の1人が、ブチ切れたことがある。


 原因は........なんだったか忘れてしまったが、その怒らせてしまった本人は翌日から姿を消して行方不明になってしまっていた。


 俺は“聞いたら次は自分だ”と分かっていたので何も聞かなかったが、間違いなく殺してどこかに埋めたのだろう。


 土を掘る魔法を教えてくれたやつだったからな。土葬はお手の物だ。


「不安だ........」

「未来が見えるのだから、そこまで怯える必要は無いんじゃないの?」

「誰が何時、未来が見えるなんて言った?」

「ふふっ、そうだったわね」


 何か勘違いしているエレノトに続き、俺は不安の中村長と顔を合わせするのであった。




【オーガ】

 緑色の肌と大きな巨体、屈強な肉体を持った亜人。別名、鬼のゴブリン。

 その力は人間とは比べ物にならないほどに強く頑丈で、戦争によく使われている。オーガに仲間を殺された者は多く、オーガを恨む者がかなりいる。

 しかし、基本的に性格は温厚であり、建築や畑仕事の方が好き。




 村長の住む家の扉をノックし、俺とエレノトは部屋へとはいる。


 オーガの大きな体格に合わせて作られた家は人間の家と比べて部屋の中も大きく、そして広かった。


 俺の体が子供であるが故に、さらにその部屋が広く感じる。


 初めてだな。亜人の住む家に入るなんて。そもそも、人間の街で亜人個人が家を持っていることなんて無いので当たり前なのだが。


「よく来たなエレノトよ。1ヶ月ぶりか?」

「えぇ、久しいわね。アーノント。この1ヶ月でくたばって無いようで何よりだわ」

「ハッハッハ!!幾ら儂がジジィだからと言っても、酷すぎやしないか?老人は労るものだぞ?」

「はっ、数十年程度しか生きていないガキを労る心なんてもちあわせていないわ。せめて、あと200年は生きてから言って頂戴」

「その時には儂は天に帰っておるわ。オーガは長寿種では無いのでな」


 部屋に入るなり出迎えてくれた老いたオーガ。白髪が生え、しわくちゃな顔をしつつもその肉体は衰えていない。


 あの肉体で拳を握られようものなら、俺は即座に頭を下げるだろう。


 それ程には、このご老人が強い事を俺は肌で感じとっていた。


「何よ情けない。あと数百年は生きてやるって気持ちでいなきゃ」

「無茶を言うな。儂はただのオーガだぞ。それで?お主の後ろに隠れている小さな人間は?」

「私の言っていた人物よ。確信を持って言えるわ」

「ほう。何かあると?」

「本人は認めてないけどね。それと、女の勘よ」


 出たよ。女の勘。


 根拠も合理性もないのに、何故か当ててくる摩訶不思議な力。


 もちろん間違っていることも多々あるが、何故か絶対に必要な時は必ず当たる謎原理。


 男には一生理解できないものである。


「出たよ。女の勘。もう少し合理性に基づいた判断をして欲しいものだ。だが、何故か鋭い。先に旅立った嫁もよくその勘で儂を痛めつけてたわ。酷いとは思わんか?酒は儂の楽しみだと言うのに」

「それだけ貴方には長生きして欲しかったと言う事でしょう?分かってるくせに素直じゃないわね」

「そんな儂を残して一人先に行くのだから、勝手なやつだと思わんか?」

「そんな奥さんに惚れたのはあんたでしょうが。ノロケ話がしたいなら、そこら辺の若いやつにでもさせなさい。私はもう聞き飽きたわ」

「ハッハッハ!!酒に酔って似たような話を何度もしたからな!!さてと.......放置してすまんかったな人の子よ」


 オーガの村長アーノントはそう言うと、俺と向き合う。


 俺を見定めるかのような視線。少なくとも、人間に対して憎悪などは無さそうで良かった。


「儂はアーノント。一先ずは歓迎しよう」

「ノワールだ。そこの頭のイカれた女に無理やり連れ去られた哀れな子供だよ」


 さて、俺はここから何をするべきか。


 まぁダメだった、やり直せばいい。とりあえずは気楽に行くとしよう。

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