オーガの村

向かう先は


 27歳の頃、俺は1度死んだ。


 その理由は未だに分かっていないが、俺は殺されたのだ。


 心臓に剣を突き立てられ、死に際にせめてもの抵抗として手に持っていた魔導書を使った。


 それが全ての始まり。


 俺は死ぬ事で一日を巻き戻す力を手に見れ、過去に戻って全てをやり直すことに決めたのである。


 当時世話になっていたギルドマスターと、心の支えになっていた女の子を助ける為。


 俺は21年間分の死を経験し過去へと遡ったのである。


 その結果がコレだ。


 俺は史上最悪の殺人鬼と共に、夜の空の元で焚き火を囲んでいる。


 村を滅ぼした張本人にして、決して死ねない不老不死者。


 竜人族としての特徴を持った亜人種エレノトと共に、夜を過ごしているのである。


 どうしてこうなった?


 いや、流れとしては仕方がない部分もあるのだ。一度殺したというのに当たり前のように復活して俺を捕まえてきたこの化け物相手に、どう足掻いても俺は勝てない。


 水の中に永遠に閉じ込めるとか、特殊な魔法で封印をするとか色々と考えたが、今の俺の実力ではそれが出来ないことも事実。


 よって、こうして彼女に従うのが最も事を終わらせるのに適していたのは言うまでもない。


 この選択が正しいのか、間違っているのか。


 俺は、間違っていたらやり直せばいいと気楽に考えながらエレノトに着いてきたのである。


「焼けたわよ。ほら、先に食べちゃいなさい」


 焚き火の近くで焼いていた肉が、茶色く染まり美味しそうな匂いを出す。


 ここは村から少し離れた街道もない林の中。エレノトについて行くことを決めたあと、荷物を纏めて移動した先だ。


 6年間世話になった洞窟と別れるのは少し寂しい気持ちもあったが、いづれは離れなければならなかった。


“世話になった”とだけ壁に書き残しておいたので、もしかしたら今頃冒険者達は俺が山を離れたのを知ったかもしれない。


 俺はエレノトに渡された肉を受け取り、早速かぶりつく。


 この6年間滅多に食べられなかった鹿の肉。しかも、塩のみならずそのほかの香辛料まで掛かっている肉は死に戻りを始めてから最も美味しい肉であった。


「美味い........」

「え?ただ肉を焼いて塩と胡椒をふりかけただけよ?」

「塩は貴重すぎてほぼ使えなかったし、胡椒なんて高級品が村にあると思うか?ましてや、俺の住んでいたあの洞窟のところで手に入れられるとでも?」

「あぁ、そういえばこう言う村では塩も貴重品として扱われるって話だったわね。亜人種達ですら手に入れる手段を持っていると言うのに。普段は何を食べていたの?」

「運がいい時は動物の肉が食えたが、基本は川魚だな。それだけじゃ足りないから、木の実も食べてた。あとは、そこら辺の食える雑草とか、少し運が良かったらゴブリンも食ってたよ」

「え"、ゴブリンも食べてたの?あんなの食えたもんじゃないでしょ........」


 ゴブリンまで食っていたと言う事を聞いて、顔を大きくゆがめるエレノト。


 流石の殺人鬼とは言えど、ゴブリンの肉は食べないらしい。


 口ぶりからして、食べたことはありそうだが。


 馬鹿野郎、ゴブリンを舐めるなよ?ゴブリンはあの山の中では貴重な肉だったんだぞ。


 牙は鏃になるし、骨は頑丈で鈍器にもなる。


 どうやって作ったのか分からない棍棒はそのまま使えるし、意外と有用なやつなのだ。


 しかも、気配察知にあまり優れておらず狩りやすい。


 唯一、群れで行動しているという点が欠点だが、それ以外はかなり助けとなるのだ。


 肉は食えたもんじゃないが、食えないことは無いからな。死ぬほど不味いけど。


「腹が減るよりはマシだった。それだけの話だ」

「........これも食べる?」

「気遣ってくれているのは有難いが、俺の胃袋は一つだけだ。食いすぎて動けなくなっても困るだろ?」


 俺の顔が真面目だった為か、エレノトが自分の分の肉も俺に食べさせようとしてくる。


 さすがに2つも食えるだけの胃袋は無い。


 食える時に食っておけが冒険者としての常識なのだが、動けないほどにまで食うのは三流以下だ。


「動けなくなっても私が守ってあげるわよ?せっかく見つけた人材だもの。そう易々と殺すような真似はしないわ」

「腹がはち切れて死ぬわ。その肉は自分で食ってくれ」

「そう?本当に要らない?欲しかったら言うのよ?私が沢山食べさせてあげるからね?」


 お前は俺の母親か。


 そう言いたくなるのをぐっと我慢しつつ、俺は鹿肉を食べ尽くす。


 ウサギ肉も悪くないが、鹿肉は鹿肉で美味いな。


 鹿は気配察知能力が高く、狩るのが結構難しい。


 力もあり、俺のような子供が鹿を狩ろうとして、大ケガを負うなんて話も聞いたことがある。


 動物だからといって舐めてはならない。奴らの力は、時として人間を大きく超える時があるのだ。


「それでエレノト。これからどこに向かうんだ?宛もなしに彷徨い続ける訳じゃないんだろ?」

「そうね。これから一緒に世界を変えるんだし、やるべきことを話しましょうか」


 肉を食べ終え、パチパチと燃え広がる焚き火を見ながらエレノトは今後の計画について語る。


 とは言っても、そこまでしっかりと計画がたっている訳では無い。


 その口振からして、必ずやらなくてはならない必要な事を口にしているようであった。


「1番やるべきなのは、組織を消す事ね。私が依頼を受けてやってきたと言うのは知っているでしょう?」

「口ぶりからしてそうだろうな」

死の音楽団アンサンブルと言う組織が私の所属している組織なの。殺し、誘拐、密売等、多くの犯罪に関しての事を引き受けている組織ね。知ってる?」


 ........マジか。


 知ってるも何も、世界的に超有名な裏社会の組織だろ。


 冒険者どころか、そこら辺の街の人々でも知っているような本当にやばい組織だ。


 流石に村のように情報がほぼ入ってこない場所だとあまりその名前を聞くことは無いが。


死の音楽団アンサンブル”。


 暗部組織は世界中にあれど、彼らほど有名な組織も無いだろう。


 エレノトが行った皇帝の殺害や、最も信仰されている宗教の聖女の殺害、更には街の住民を丸々一つ誘拐したなど、逸話が数多く残っている。


 どれが本当でどれが嘘なのかは知らないが、少なくともエレノトの行った事に関しては事実であり皇帝を殺すことぐらいはできてしまえるのがこの組織なのだ。


 その戦力だけで言えば、下手な国よりも大きい。


 そんな相手をエレノトは裏切ると言っているのだ。


 この女、さては頭のネジがぶっ飛んだヤベー奴だな?


死の音楽団アンサンブルとやり合うのか........?」

「えぇ。いつかはね。流石に二人だけじゃ厳しいだろうから、潰すための戦力が必要になるわ」

「宛はあるのか?」

「あるわよ。それも沢山。所詮奴らも人間至上主義者の集まりでしかないからね。人間の中では確かに強い部類の奴らかもしれないけど、真に強者たる亜人種と真っ向勝負したら勝てないわよ」

「つまり、亜人種達を味方につけて戦争を引き起こすわけだ」

「賢くて助かるわ。12歳の子供とは思えないほどに頭が回るわね」


 一応27年間生きてきたからな。いや、その後過去に戻って6年間生きてきたから、33年間か?


 そう考えると、俺の精神的な年齢はおっさんだな。なんだかちょっと悲しくなってきた。


「ま、とりあえずやるべき事は戦力集めね。この国に囚われている亜人達を解放するだけで、随分な数になると思わない?」

「........まさか、この国と戦争をするつもりか?」

「ふふっ、いつかはね。まだその時ではないわ。まずは仲間になってくれるであろう者達に会いに行きましょう。きっと大きな力を貸してくれるはずよ」


 ニィと笑ったエレノト。


 その笑顔は、俺の背筋が凍るほどにおぞましく美しかった。

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